ストーカー女のストーカー(3)◯良いこと考えた♪◯

◯良いこと考えた♪◯ Side : 空乃 ひとみ



 あー、おわったおわった。

 やっとおわったー。


 喫茶店のバイトが終わり、私は駅ホームの椅子に座りながら帰りの電車を待っていた。

 

 はやく帰って、キリヤくんのところに行きたいなぁ。


 椅子の背もたれに体重を預け、彼に会えない寂しさからバイト中もずっと同じことを考えている。

 というより、彼に会えない時間はいつも同じことを考えているのだけど。

 そんな寂しさを紛らわせるために、私は鞄の中からスマホを取り出して、保存している写真を映し出す。

 映し出される写真は、当然キリヤくん。

 学校の教室で、友達のお喋りを彼がつまらなそうに聞いている時の写真だ。

 写真に映るキリヤくんを堪能した後、次の写真を映し出す。

 学校がない休日に、彼が私服姿で街中を歩いている時の

写真だ。

 キリヤくんの私服姿かっこいいなぁと思いながら、満足した私は次の写真を映し出す。

 キリヤくんが住むアパートの201号室の部屋で、寝起きの彼がカーテンを開けている時の写真だ。

 寝癖で髪が跳ねているところをかわいいと感じ、いつまでも見ているとニヤけて変な顔になりそうだったので、私は次の写真を映し出す。

 そうやって、キリヤくんの日常の一部を切り取った写真を次々と鑑賞していく。

 ご覧の通りスマホに保存されている写真は、ほとんどがキリヤくんだ。

 しっかりとフォルダ分けをして、その時の気分で見たいものを見れるようちゃんと管理している。

 会いたいと思う時、思い出したいと思う時、心を安らげたい時など、いろいろだ。


 できれば、スマホの壁紙もキリヤくんの写真にして、起動させればいち早くキリヤくんの顔を見ることができ、すぐさま寂しい心を癒すことを可能にしたい。

 けれど、それをすると周りの友達に私がキリヤくんのことを好きなのがバレてしまうため、そこだけは自重している。


 変な噂とか立ったたら、めんどうだしね。

 

 引き続き私がキリヤくんの写真をじっくり眺めながら目の保養をしていると、誰かの視線が私に刺さる。

 見られてる、のはいつものことだ。

 私は自分が可愛くて人の目を引きやすい容姿をしていることを知っている。

 それをちゃんと自覚したのは中学生の時からだけど、その前から周りの人からよく見られていることには気付いていた。

 その目のほとんどが私を好奇の目で見てくる。

 そして、そんな目を向けてくる人を私が見れば、見られた相手は大抵恥ずかしがって目を逸らすか、やましいことがあるかのように慌てて目を逸らすか、逆に目を逸らすことを忘れて惚けるように見続けてくるかだ。

 そんな相手の反応を見るのを、私はいつのまにか楽しんでいた。

 それが普通になり、当たり前になり、嫌いではなかった。


 でも、キリヤくんだけは違ったんだよね。


。。。


 あれは高校に入学して間もない放課後のこと。

 クラスの人達からアンケートのプリントを集めることを先生に頼まれた私はそれを職員室に届けた後、友達が待つ教室に戻るため誰もいない廊下を一人歩いていた。

 プリントを渡した時の先生の反応を思い出しながら。


 ふふっ、プリントを届けるのって面倒だと思ってたけど、あの先生の反応が見れただけで帳消しだなぁ。

 まさか先生が生徒に欲情するなんて、まるで漫画みたい。

 あぁ、おもしろい。


 欲情といっても、先生は私に対して多少の気遣いをしてくれただけ。

 周りの人がその状況を見て聞いても、特におかしいところはないと感じるだろう。

 だけど、私には分かった。

 目の色から滲み出る私に対しての欲という欲の願望が。

 

 ま、顔は悪くないけど私にはどうでもいいかなぁ。

 今のままで十分楽しいし。


 そんなことを考えていると、自分よりも少し身長が高いショートヘアの男子生徒が前方から歩いてきた。

 目付き悪いなぁと思って見ていると、男子生徒が私の視線に気付いたのかこちらに目を合わせてきた。

 

 瞬間、むふ、と私の中の悪戯心に火が灯る。

 そのことを相手に悟られないよう表情を取り繕い、そして、相手の反応を楽しみにしつつ、私はニコッと笑顔を見せてあげた。

 今までの経験上、男の子にこのような一対一の状況で目を合わし、そして笑顔まで見せてあげれば、ほとんど決まった反応を示す。

 大抵、恥ずかしげに目を逸らすか、惚けて固まってしまうか。

 そんな反応をする相手を見るのを私は面白がってしまう。

 目の前の男子生徒はどっちの反応を見せてくれるかな。

 楽しみにしながら、相手の反応を待つ。

 そして……、


「……!?」


 私は驚きで立ち止まってしまった。

 普通は、目の前の相手が急に足を止めれば、驚くか不審に思うかで何らかの反応をしてもいいとは思う。

 しかし、男子生徒は立ち止まった私を気にも止めず、まるで地べたの石ころを見た後のように特に意識もしないで、私から目を逸らして通り過ぎて行った。


 予想通り、あの男子生徒は私から目を逸らした。

 予想に反して、あの男子生徒は私に対して無反応だった。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。

 そんなことよりも、私はのその鋭い目付きの奥にある瞳に驚いていた。

 今まで私が見てきた人達の瞳には、感情という色があった。

 赤、青、黄、緑、橙、紫、白、灰、黒、などなど様々だ。

 しかし、彼の瞳は違った。


 私は後ろを振り向くと、先には今しがた自分とすれ違った彼の背中が見える。

 その背中を見ながら、私の頭の中には先ほどすれ違った時に見た彼の瞳が焼きついていた。

 彼の瞳には感情の色が全く映し出されていなかった。

 そんな感情のない瞳に、私はとても惹きつけられていた。


 まさに、一目惚れというやつだ。


 これが、私が八切キリヤくんと初めて出会った出来事だ。


。。。


 それから私のアプローチのおかげで、キリヤくんと今の間柄になれたわけだが、それはまた別の話だ。


 ……それにしても、しつこい視線だな。


 私はいくつかの視線を受けながら、一つだけ異様に執拗な視線を送っている人がいることに気付いていた。

 というか、バイトをしている時からその視線を受けてたから、誰の視線かも分かっている。

 それに今日が初めてってわけでもない。

 私がバイトを始めて少しした時から、この視線を受けていた。

 多分、いや間違いなくこの視線を向けてくる人は私のストーカーだ。

 私はバイト先で見た眼鏡をかけた男を思い出す。

 いつも一人で来店してはコーヒーを頼み、タブレットで何かを見ているその人は、時たま私のことを見てくる。

 初めは気にすることなく、ちょっと面白半分で目を合わせたりしていたけど、面倒になってきて最近は意識して目を合わせないようにしたり、注文を取るときは他のバイトの子に頼んだりしていた。

 だけど、まさかバイト帰りをつけられるようになるとは。

 家の場所はバレないようにいつも撒いてはいるが、そろそろ何とかしなければ後々めんどうなことになりそうだ。

 ストーカーがストーカーに追われるとは、なんとも珍妙な話である。

 漫画みたい。


 どーしよーかなー。

 

 足をぶらぶらさせながら考えていると、自分が乗る電車がやってきた。

 

 ――そうだ良いこと考えた ♪

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