ストーカー女のストーカー(4)◯朝寝坊◯

◯朝寝坊◯ Side : 八切 キリヤ



 窓の外から入る朝の日差しが、六畳一間の部屋の中を照らし明るくする。

 朝の静かな部屋に流れるテレビの音が、まだ寝ぼけている頭を目覚めさせるにはちょうどいい。

 俺はテレビに映るニュースを見ながら、朝食を済ませていた。

 朝食はバナナヨーグルト味の飲料ゼリーだけ。

 朝起きてすぐはそこまで腹が空かないので、いつもこれで朝飯を済ませている。


「朝それだけしか食べないで、元気出るの?」


 折りたたみ式の座卓に肘を付く『幽霊女』ことユウノが、俺の飲む飲料ゼリーを見ながらそう聞いてくる。


「出るよ。十分な」


「ふーん。おにいさんは朝にご飯とかパンとかシリアルとか、他に食べたいと思わないの?」


「別に。お前はどれ食べてたんだ?」


「わたしは全部食べたよ。いつもはご飯だったけど、時間がなかったらパンかシリアルだった。でも、おにいさんみたいな朝ごはんはしたことなかったや」


「そもそも、お前が生きてた時ってこんな飲料ゼリーとかあったのか?」


「うーん、分かんない。私がお母さんと一緒にコンビニとかスーパーに行っても、だいたいお菓子コーナーしか見てなかったから」


「そうか」


 まぁ、コンビニやスーパーで子供が目を引かれる売り物なんてそんなもんだろ。

 

 俺は大して興味もなさげに、ユウノの答えを聞いて朝食を食べ終える。

 すると、ゴソゴソと小さな物音が隣の壁から聞こえてきた。

 そちらに顔を向けると、釣られてユウノも顔を向ける。

 音がした壁の向こうは、202号室の部屋がある。

 つまり『ゴミ拾い女』こと夢島チリノが住む部屋だ。

 このアパートの壁は薄いため、隣の部屋からの物音がよく聞こえてくる。

 先程まで物音がしていなかったことを考えると、今ごろ目が覚めたのだろうか。

 そろそろしたら、一緒に学校へ向かう時間が来てしまうというのに。


「おとなりさん、今日は起きてくるの遅いね。そういえば、昨日の夜中に帰ってきたと思ったら、またすぐ部屋から出て行ってたし。夜ふかしでもしてたのかな?」


「かもな」


 ユウノの問いに適当に答えながら、夜中に部屋を出たと言うことは、バイトでもあったのだろう。

 それは良いのだが、一抹の不安を覚えてしまう。

 いつも余裕を持った時間にチリノと一緒に学校へ向かうため、多少遅れる程度なら距離的に遅刻の心配はない。

 だがいつも時間に余裕を持っているのは、チリノのゴミ拾いの時間を考慮してのことだ。

 

 ……。


 とりあえず、覚えた一抹の不安は置いとくことにした。

 身支度を整えて家を出ようとすると、何かを思い出したように「あっ」とユウノが声を出した。


「今日は燃えないゴミの日だよ、おにいさん。ゴミ持って行かないと」


 燃えないゴミが入った袋を指差す、ユウノ。

 今日が燃えないゴミの日なのは分かっていたが、まだ入るだろうと思って放置していた。

 だが、ユウノが指摘するということは、彼女の基準では持っていくべきだと思うゴミの量なのだろう。

 幽霊の言うことなんて聞かなくてもいいかもしれないが、幽霊だろうと一応の同居人だ。

 俺は考えを改めることにし、燃えないゴミを持って行くことにした。


「いってらしゃーい」


 ユウノの見送りの言葉をいつものように聞き流し、俺は家のドアを閉めて鍵をかける。

 確かめるように隣を見るがそこには誰も立っておらず、アパートの一階付近も一応確認してみるがそこにも目当ての人物はいない。

 いつもなら先にチリノが待っているのだが、珍しく今日は俺が待つことになりそうだ。


 スマホをいじりながらチリノが部屋から出てくるの待ってみるが、10分経っても出てこない。

 このまま時間が過ぎれば、学校まで走っていかなければならなくなる。

 それは御免被りたい。

 ドアノックでもしてみるかと考えていた所で202号室のドアが開き、中からチリノが出てきた。


「……おはよう」


「おそよう」


 少し上擦った声のチリノも珍しいと感じながら、ちょっと非難気味に挨拶を返す。

 そんな俺の挨拶に申し訳なさそうに、「……ごめん」と謝罪をするチリノ。

 別に怒ってはいないので、簡単に「いいよ」と許す。

 いつものように時間に余裕がある訳ではないので、燃えないごみを持って早速出発しようとし、あることに気づく。


「今日は燃えないゴミの日だろ。チリノは持っていくゴミは無いのか?」


「……ない」


「そうなのか。珍しいな」


 チリノは毎日のように所構わず落ちているゴミを拾い続けているため、ゴミが溜まるのが早い。

 そのため、ゴミの収集日には大抵その日に出すゴミ袋を持って部屋から出てくる。

 特に今日の燃えないゴミの日は週に一回しか来ないので、チリノがゴミ集積場に持って行くゴミがないのは、珍しいことだ。

 

 まあ、そんな日もあるか。


 俺が持つ燃えないゴミを処理するために、一度ゴミ集積場に寄ってから俺たちは学校へ向けて歩き出した。


「珍しく遅かったけど、やっぱり寝坊か?」


「……うん。……昨日帰ったの……遅かったから」


「バイトの依頼でもあったか?」


「……あった」


 そう言って、ふわぁと眠そうに欠伸をするチリノ。

 眠そうなチリノの姿を見て、不思議に思う。

 俺はチリノと同じバイトをしているから、彼女が昨日どんな仕事をしてきたのかは知っている。

 基本深夜バイト、始業終業時間もスケジュールも決まっておらず、何の前触れもなくスマホに仕事の依頼が飛んでくる。

 非常識、労働基準法も知ったことではないと言ったバイトの仕事内容はさておいて、給料だけは素晴らしいため辞めようとは思えない。

 そんな通常なら寝不足になっても仕方ないバイトだが、チリノは睡眠時間が普通の人より短くても問題ない体質だった筈だ。

 以前、彼女からそう聞いたことがある。

 ちなみに、俺も同体質だ。

 なのに、寝坊するとは。

 よっぽど、今回のバイトは大変だったのだろうか。


「家に帰るのが遅くなるくらい大変だったなら、ヘルプを呼べばよかったろ。連絡くれれば手伝ったぞ」


「……別に……大変じゃなかった」


「そうなのか?」


「……そう、いつも通り」


 なら何故、家に帰るのは遅くなったのだろうか。

 疑問に思いつつ、別にいいかと考えるのを止める。

 歩きながら、今日はいつもより遅めの登校のためか、俺たちと同じように登校中の生徒を見かけることが多いなと感じつつ、学校への道のりは久々に寄り道ゴミ拾いなくスムーズに進んでいた。

 これもまた珍しい出来事だ。

 朝からこれだけ珍しいことが続くと、不審に思えてくる。

 しかも、珍しい出来事が全てチリノに関したことばかりだ。


「……」


 俺は少し考えて、一つの簡単な見当をつける。

 たまたま珍しいことが続いただけで、見当違いの可能性もあり得るが、一応確認してみることにする。


「チリノ、今日は珍しくゴミが全然落ちてないよな」


「……当然」


「……」


 一度間を置いてから問い質すつもりだったのだが、今の答えで十分である。

 大体、自分の見当通りのようだ。


「昨日の夜中、バイトが終わった後にゴミ拾いしたから、帰るのが遅くなったのか」


「……そう」


 その後、眠たげなチリノにいくつか質問しながら、今日の珍しい出来事についての確認作業を行う。

 珍しく、道に全くゴミが落ちていないのは、昨日の夜中チリノがすでにゴミ拾いをした後だから。


 だから、学校への道のりから外れたところにも、ゴミが落ちてなかったわけだ。


 そして珍しく、チリノが燃えないゴミ日なのに捨てるゴミを持っていなかったのは、昨日の夜中にゴミ拾いが終わった後、すでに集積場に持って行ったから。 

 

 朝にユウノが言っていたチリノが『昨日の夜中に帰ってきたと思ったら、またすぐ部屋から出て行ってた』っていうのは、バイトに向かうために部屋を出たのではなく、部屋の燃えないゴミをゴミ集積所に持っていくためだったからか。


 これらの理由で帰りの時間が遅くなり、寝る時間がほとんどなくなくなったことで、朝寝坊をすることになったということだ。


「授業中に寝ないよう頑張れよ」


「……うん」


 俺たちは遅刻することなく、学校に辿り着いた。 

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