第35話 封呪の言霊

『させん!』

「ギャーーッ」

 頭に直接響きわたる声と同時にルキナさんの悲鳴が遠ざかっていく。


 え、なに?

 何時まで経っても来ない衝撃に、恐る恐る閉じていた瞳を開ける。


 見れば少し離れた場所に背中から倒れこむルキナさんの姿。

 そして背後には私と同じように両目を閉じ震えあがっているレジーナ達。

 何が起こったの?


『この、バカ者が!!!』

 キャッ

 突如頭の中に大音量で響き渡る御影みかげの声。

 反射的に両手で耳を塞ぐが、この動作が何の意味もなさない事は既に実証済み。


『簡単に諦めてどうする! クラリスの娘なら最期まで足掻あがいてみせよ』

(ちょ、いきなり大声で叫ばないでよっ!!)

『えっ、あ、いや、すまない、つい……』

 逆ギレしたら素直に謝ってくれる御影みかげ君。

『って、オイ! 何で私が怒られなけれなならない』

(まぁ、そこはお約束ってことで)

『はぁ……まぁ良い、怪我はないか?』

(大丈夫よ、ありがとう)

 未だ透明化を解かない御影みかげは、この場にいる私以外には気づいていない。

 ルキナさんも何故自分が吹き飛ばされたのかが分からないのだろう、明らかにこちらを警戒している。


 先ほどプライドの塊ともいえるルキナさんの理性が限界を超え、手にした短剣を鞘から抜き出して私に襲い掛かってきた。

 私はこの時避けられない事を理解してしまい目を閉じてしまったが、恐らく異変を感じた御影みかげが神殿の壁をすり抜けて飛び込んで来た。そして私に短剣が突き刺さろうとした時、ルキナさんに体当たりでも仕掛けたのだろう。

 吹き飛ばされたルキナさんにすれば、自分が何故吹き飛ばされたのかも分からないはずだ。

 ここで「ハンドパワーです」と言って笑いを取りたい気持ちを必死に抑え、近くに飛ばされていた短剣に聖女の力を使い、草木の蔦でその場に食い止める。私が力を使い続けなければ容易に剥ぎ取れるだろうが、それでも短剣を手に取られるまでには多少のロスが出来るはずだ。


(聖女様は?)

『今こちらに向かっている』

(分かった、それまでルキナさんをこの場につなぎ留めておくわ)

 こういう時、言葉に出さずに会話出来るって便利よね。ただ私の思考がだだ漏れなのは恥ずかしいけど。

『だったら恥ずかしい事を考えるな』

(ちょ、変な事言わないでよ。意識しちゃうでしょ)

 思わずリィナにリスの着ぐるみパジャマを着せて、ベットの中で一人独占する想像をしてしまい、慌てて消去する。

『……それは確かにはずかしいな』

(ほっとけ!)

 何も知らない人が見れば、私は何もないところで一人顔を真っ赤にしてもじもじしている変な人に見えるのかもしれないが、これも全て煽った御影みかげが悪い。

『……』

 御影みかげの表情はわからないが、何故か冷たい視線を感じるがこの際無視。私は気分を入れ替え意識を集中する。


「ルキナさん、あなたを拘束します」

「な、何を。きゃ」

 今なお倒れているルキナさんの周りから植物の蔦が伸び地面に繋ぎとめる。

 っと、さっき自分に持てる以上の力を使ってしまった関係で足元がフラつく。でもまだ大丈夫、ここは聖域、歴代の聖女や候補生達のマナが私を助けてくれる。

 ルキナさんを拘束しているのは所詮植物の蔦。私が力の発動を止めれば容易に引きちぎって逃げられるだろうが、逆を言えば力を使い続けている限りは絶対に逃げられない。まぁ、私以上の力があれば話は別だが、今のルキナさんではまず望めないだろう。


「何なのこれは、放しなさい!」

 蔦に絡まりながらも必死にもがくが、精霊の力で強化され続けている蔦は容易には引き千切れない。私が本気になれば暴走する馬車ですら繋ぎとめる事ができるんだから、人間一人の力などでは抵抗でききる筈がない。

「もうすぐ聖女様が来られます。あなたの所業はここにいる全員が見ているんです。言い逃れは出来ないと思ってください」

 この場には私たちしかいないからレジーナ達を言いくるめ、自分の付き人でもあるセイラさんには私に刺されたとでも言わす気だったんだろうが、生憎今のこの状況は証拠だらけ、おまけに聖女様から最も信頼されている御影みかげまでもが現場を見ているのだ。今更どんな言い訳しても無駄だろう。


「ふざけないで、こんなところで捕まってたまるもんですか!」

 ようやく今置かれた状況が分かったのか、先ほどよりも激しく抵抗してくる。だけど

「無駄です」

「い、痛い!」

 力を更に強め、地面にキツく縫いとめる。

 ルキナさんにとっては屈辱の状況だろう。私に見下ろされ尚且つ惨めな姿で地面に縫い付けられているのだ、痛い、苦しいと叫んだところで今の私は許すつもりなど毛頭ない。



「ティナ、皆んなも、これはどういう状況?」

 しばらくして聖女様がお爺様と二人の巫女様を従えやって来られる。

 どうやら御影みかげの話では、お爺様と聖女様が会われている時に、神殿の方から精霊達が異常に集まっている気配を感じたんだそうだ。最初こそはどうせ私が何かやらかしたんだと思っていたらしいのだが、何処となく懐かしいマナが語りかけて来たかと思ったら、慌てて聖女様に断りを入れて飛び出して来たんだとか。

 そのマナってやっぱりお母さん、なんだよね。ありがとうお母さん。




「そう、それでこの状況なのね」

「何という、聖女の聖域を血で汚すとは」

 一通りの説明を聞き終えた聖女様とお爺様は、ひとつ重いため息をつきながら言葉を出される。

 気を失っていたセイラさんは駆けつけた騎士様と巫女様によって医務室の方へ運ばれていった。今ここにいるのは聖女様とお爺様、私と証言をしてもらう為に残ったレジーナ達候補生、あとは姿を消している御影みかげのみ。ライムは念のためにセイラさんに付いて行ってもらった。

 本当は騎士様の護衛もと思ったのだけれど、相手はルキナさんただ一人の上現在身動きが取れない。ならば神殿の外を警戒しておいた方がいいだろうとのお爺様の判断だ。護衛は御影みかげ一人だけでも十分だしね。


「ルキナ、何か言いたいことはあるかしら」

 聖女様が確認の為にルキナさんに問いただす。今の説明はあくまでもこちら側の言い分であって、ルキナさんにも同じ問いかけをしないと公平ではない。

 とは言え、今回ばかりはレジーナ達も私と全く同じ証言をしているので言い逃れは出来ないだろう。


「私が何をしたって言うのよ、そんなの全員が私を落としいれようとしているだけじゃない。こっちは被害者なのよ、早くこの拘束を解きなさいよ」

「此の期に及んで言い逃れか」

 お爺様が救いようがないという風に首を左右に振られる。恐らく聖女様も同じ意見なのだろう、重い溜息をついて今なお地面に繋ぎ止められているルキナさんに対して。

「仕方ありません。ルキナ、あなたの力を封印します」

「えっ、封印?」

 何それ、聖女の力って封印できるの?

 頭に疑問が走る前に聖女様がルキナさんに向かって両手を向けたかと思うと

「ふざけないで、そんなの出来るわけっ……ギャーーッ!」

 突然苦しみだすルキナさん。一体今聖女様は何をされているの?


『封呪の言霊だ』

(封呪の言霊?) 

 私の疑問に答えてくれたのは今も思考を読み取っていたであろう聖獣の御影みかげ。常に歴代の聖女様に仕えていたのなら知っていても不思議ではないんだろうが。

(なんなのそれ?)

『聖痕を受け継ぎし聖女のみに与えられた力のひとつ。聖女の力が禁忌に抵触した場合、その力を封印する為の力だ』

(聖痕? 封印の力? 受け継ぎし聖女に与えられた力? 一体何を言ってるのよ)

 御影みかげの言っている意味は理解できる。つまりは聖女様しか使えない力でルキナさんの聖女の力を封印しようとしている事は。だけど聖痕や受け継ぎし力って何なの? 聖女ってただその役職に就くだけの存在じゃないって言うの?


『それはこの後アリアンロッドが説明を……』

「ごほっごほっ」

「姉上!」

『アリアンロッド!』

 えっ、血?

 聖女様がルキナさんの力を封印している途中、突然咳き込んだかと思えば口から血が……そういえば前に一度同じような状況でユフィが慌てて……まさか!


「聖女様!」

「大丈夫よティナ、私ももう年ね。少し休めば良くなるから」

 慌てて聖女様に近寄るが何もないという様子で笑顔を返してこられる。だけどとてもそうは見えない。お爺様の慌てぶり、口からの吐血、これってどこかお体でも……


「はぁ、はぁ、よくもこの私を……このままでは済まさないわよ」

「貴様、いつの間に!」

 しまった、聖女様の容態に気を取られ力を解除してしまっている。

 すぐに力を使い再び拘束しようとするが、ルキナさんは神殿の外へと向かって走り出された。

『逃がすか!』

「ダメよ! 御影みかげは聖女様の元を離れないで。この状況で何かあれば取り返しがつかなくなるわ。お爺爺様」

「分かった、今なら騎士達に命じれば捉えられるはずだ。あの娘は任しておけ」

 御影みかげは聖女様の守護者である。ユフィの暗殺未遂の事もあるから遠ざけるのは危険すぎる。

 幸いここはお城の一角、女性の身であるルキナさんが走って逃げたとしても、城門にたどり着くまでにはかなりの距離がある。それまでに騎士様が追いつき捉えてくれる筈だ。でも何故だろう、いやな予感がするのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る