第33話 狂乱の侯女

「お爺様がお城に来られているの?」

 久々に与えられた課題を行うために神殿へと向かっている途中、私の護衛をしてくれている見習い騎士のディアンが、今日の予定を教えてくれる途中でそんな事を言ってきた。


「今は聖女様とお会いされているみたいですね、この後神殿へ来られるとの事ですので、課題をしながらお待ちくださいと言伝をお預かりしております」

 お爺様が聖女様に? そう言えばバタバタしていて忘れていたけど、お爺様って聖女様の弟なのよね、だったらたまに会ったりするのは別に変じゃないか。


「分かったわ、ありがとうディアン」

 神殿の入り口でディアンにお礼を言って中へと入ろうとする。

 護衛の騎士様は神殿の中までは入ることが許されていないからね。


「あ、あのティナ様」

「ん?」

「その、お誕生日おめでとうございます」

 扉に手を掛けたところで後ろからディアンが話しかけてきて、顔を真っ赤にしながら手に持った小さな小箱を差し出してくる。

 誕生日? あぁ、そういえば今日は私の17歳の誕生日だったわね。すっかりわすれていたわ。


「ありがとう。これ、貰っていいの?」

「あ、はい。その、大したものではないんですが」

 念のために他の騎士達様子を伺うが、ディアンから事前に聞かされていたのだろう、軽く頷いて合図を送ってくださるので受け取っても問題ないということだ。

 別にディアンを疑っているわけではないが、レクセルから「全くお前はもう少し自分の立場をわきまえろよ」とのお小言が日々絶えないのだから仕方がない。

 この場合、第三者のチェックが無いと受け取っていけないらしいと、先日ラッテに頼んで買ってきてもらった、『サルでもわかる淑女のご令嬢 これであなたも優良物件だぞ』って本に書かれていた。

 うん、私立派に成長してる。



 ディアンにお礼を言いながら小箱を受け取りその場で中身を確かめる。

「ペンダント?」

 入っていたのは小さなクリスタルが付いた可愛いペンダント。

「はい、その、に、似合うと思いましたので」

 完全に緊張しきっているディアンの前でペンダントをつけてみせる。

 今までは年が同じで平民同士という事もあって、結構親しくなれたと思っていたんだけれど、私が侯爵家の人間だと城中に知れ渡ってからは、急に畏まられるようになってしまった。


「そうだ、今度何かお礼をしなくちゃね」

「お、お礼ですか! い、いえ、これは僕が勝手にした事なのでお礼などとは」

「あぁ、そんなに期待はしないでよね、私そんなにお金を持っていないから」

 侯爵家の人間とはいえそれほど自由につかってよいお金は持ち合わせていない。

 一応お爺様達からはプレゼントとして色んな物を貰うことはあるが、お金自体は聖女候補生としてのお給料が少々のみ。それらも半分はリィナの養育費としてエステラ様にお送りしているし、残りは日々の生活費として使わせてもらっている。

 まぁ、必要な物は全て揃っているのでほとんどは貯金になっているのだけれど、お給料自体がまだ3回しか貰っていないのでたいして溜まってはいない。


「そうね、クッキーとかどうかしら? 甘いものって食べれる?」

 お菓子なら材料だけ揃えれば最近部屋に取り付けられた簡易石窯で焼くことが出来るだろう。お金もそれほど掛からないし、多めにつくればラッテとのティータイムで食べることも出来る。

 リィナにキッチンに立つなとは言われているが、まぁ別にいいわよね。

「て、手作りですか!」

「えぇ、もちろん」

 私の言葉を聞いたディアンは目を輝かせて喜ぶが、何故か他の騎士様達は可哀想な子を見るような目でディアンを見つめる。

 そういえばこの人たちって以前ソルティアルへ里帰りした時に護衛してくれたのよね、あの時リィナに内緒で破棄されようしていた塩入りの生地で、こんがり真っ黒に焼きあがったクッキーを差し入れしたんだっけ。

 みんな引きつった顔をしながら喜んで食べてくれたのよねー、よし。 


「ついでにみんなの分も用意するわね」

「「「えっ!?」」」

 この後何故か必死になって全員からお断りされちゃいました。

 我らの下の者には勿体ない行為なんだって、そんなの気にしなくてもいいのに。でも何でディアンの分だけは許して貰えたのだろう?






 ディアン達に見送られながら神殿の中に入ってきた私。ここはこのお城の中でも特別な建物で、騎士様はおろか国王様か聖女様のお許しが出た者しか立ち入る事が出来ない神聖な場所。

 それなのにレジーナ達ってここでお茶をする為にテーブルを持ち込んだ上に、メイドさん達を無断で入れたんだから大した者よね。それも王妃様の雷の原因になったんだから自業自得なんだけど。

 

「それにしても不思議な建物よね」

 この神殿、建物自体は円形をしており、中央部を緑あふれる大きな部屋が設けられ、廊下を挟んで外回りを各仕様に別れた部屋が取り囲み。本当なら外へと一切繋がらない中央部の部屋だが、天井に陽の光が降り注ぐように所々ガラスが嵌められているため、室内の中だというのに非常に明るい。


「そうなんですか?」

 ライムがポケットから飛び出し、私の肩に座りながら訪ねてくる。

「ん〜、まぁ、私自身神殿を見るのはここが初めてなんだけれど、円形の建物って今まで見た事がないのよね。この部屋自体も円形だし、扉こそ東西南北に一つづつ設けられているけど、周りを取り囲むように別の部屋があるでしょ? 普通に考えれば外敵から守るように作られているって思うんだけれど、どうしても納得ができないのよね」

 国王様がおられれ玉座の間って、天窓はあるが周りを色んな部屋が取り囲んでいる、いわばお城で最も強固な場所。

 聖女様の重要性を考えればこのような作りになるのはわかるが、どうしても別の要因があるんじゃないかと思えて仕方がない。


「ワンちゃんから聞いたんですが、歴代の聖女様や候補生の方がこの部屋でお祈りをされていたそうですよ」

「歴代の候補生の方も?」

 たまに聖女様がこの部屋で祈りを捧げておられる姿は見たが、私たち聖女候補生がこの部屋でお祈りを捧げた事は一度もない。

 確かに私は今日この部屋で聖女様からお祈りをするよう仰せつかっている。だけどレジーナや他の候補生たちは通称祈りの部屋という場所で今日も祈りを捧げている筈だ。これって何か別の意味があるのだろうか?


 言われてみればこの空間に漂うマナって、色んな種類の気配が混ざっているのよね。どう説明していいのか分からないけれど、沢山の人の意思と言うか人の心と言うか、まるでこの部屋に留まり、私たち新人を見守ってくれているような暖かな想いが伝わって来る。

 もしかしてこの建物の作りって外敵から守る為じゃなくて、このマナを留めさせるための構造ではないだろうか。




「まぁいいわ。早速始めましょ」

 持ってきた膝をつく際に汚れを防ぐ当て布を敷きお祈りの準備をしている時に、先ほど入ってきた扉の方から複数の女性の声が聞こえてくる。

 この声はレジーナ? でも何だろう何時もの我儘全開の口調に覇気が感じられない。

 一応聖女候補生は神殿内のほとんどの場所への立ち入りが許されている。それはこの場所も例外ではなく、真面目に聖女の修行に勤しむなら王妃様からも叱られる事はないだろうが。



「ここにいるのね」

「あ、あのルキナ様、今日はこの部屋への立ち入りが……」

「どきなさい」

 バンッ!


 勢いよく扉が開かれたかと思うと、そこに立っていたのはルキナさんを含む四人の聖女候補生、その後ろには見知らぬメイド服を着た女性が一人立っている。


「ようやく会えたわね」

「何の御用でしょうかルキナさん」

 レジーナ達が止める間もなく私の前までやってきたルキナさん。他のメンバーもどうしていいのか分からないという様子でこちらを見つめてくる。

 さっきチラッと聞こえたけど、今日この部屋への立ち入りが禁止されていたのなら、やはり聖女様や国王様は私とルキナさんを引き合わせる事を嫌がっているのだろう。


「随分とこの時を待たされたわ、よくもまぁ散々と逃げ回ってくれたわね」

「別に、逃げ回ったつもりはございませんが」

 不敵な笑みを浮かべてワザと対立するような態度を見せるところからすると、ずっと私との接触が出来る機会を待っていたのだろう。

 私としては逃げ回ったつもりはないが、向こうからすればそう見えるのかもしれない。だがルキナさんにとって私のこの態度が気に入らなかったのか、みるみる顔が強張っていき


「調子に乗るんじゃないわよ小娘が!」

 神殿内響き渡るほど大声で私を威嚇する。

「ここは神聖なる聖女様の聖域です。そんなに大声を出さずとも聞こえております」

 ユフィから話を聞かされたからだろう、この人には一歩も引きたくないと言っている自分がいる。

 私だって聞かされた話が全て本当だとは思ってはいない。だけど母親であるアリアナ様の所業と、パーティーでの態度は間違いなく実際に起こったこと。それだけでも十分に対立する理由に値するだろう。


「ご存知かと思いますが私はあなたと同じ侯爵家の人間、更にはこの国の二大公爵でもあるお二人からも守られております。この意味が分からない訳ではございませんよね?」

 別に公爵様からその様に言われた訳ではない、だけどあのパーティーの真意は間違ってはいないはずだ。

 あれは私を聖女の代行にするために貴族達へ見せつける為の意味と、アリアナ様とルキナさんへの警告、いや宣戦布告だったのかもしれない。


 もし私が現れなければルキナさんしかユフィの代行を出来る者がいなかった。それが分かっていたからこそ敢えて聖女候補生には参加せず、泣きついてくるのを待っていた。

 だけど結果は私が現れ、聖女の座が奪われそうになったので慌てて出てきたといったところではないだろうか。

 国王様や公爵様もこうなる事が分かっていたから、あのパーティーで私の出身を大げさにバラし、さも二大公爵家の恩恵があるように見せかける必要があったと考えれば、あの茶番劇やワザワザ国の一大イベントの中で伯母への断罪も納得が出来る。


「ちっ、小娘が、要らぬ知恵を持ちやがって」

 どうやら正解だったようだ。

 人の事は言えないが、良家のご令嬢とも思えぬ態度で舌打ちをしてくる。

 やはり今この場で公爵様の名前は絶大なんだろう、アリアナ様は元王女だから親族という甘えで、国王様や王妃様に対してでも強気に出れるかもしれないが、生まれた時から侯爵家であるルキナさんにとっては、最上級貴族でもある公爵様や王族には大きな態度をとる事ができない。もしそんな事をすれば強制的に候補生から追い出されるだろう。


「セイラ!」

「は、はい。お嬢様」

 ルキナさんの一声で後ろに控えていたメイド、セイラさんから何か棒のような物を受け取る。


(短剣?)

 ルキナさんが受け取ったそれを見た瞬間、レジーナ達が慌てて後ろへと下がろうとすると「勝手に動くんじゃないわよ!」と、怒気を含んだ一言で一括。

「あなたがいいわね」

 そう言いながら短剣を一番震えていたシャーロットに向けて山なりに放り投げる。

「な、な、何を……」

 反射的に短剣を受け取ったシャーロットの怯える姿を見て、自分のメイド、セイラさんを指差しながら

「刺しなさい」


「……えっ?」

 一瞬何を言っているのかが分からなかった。

 刺しなさい? 短剣で自分に仕えているであろうメイドを刺す? しかも全く関係のないシャーロットが?

 徐々に言葉の意味が理解出来ていくにつれ、セイラさんとシャーロットの顔が見る見る青ざめていくのがわかる。

 私はユフィからアリアナ様の話を聞かされていたから、すぐに言葉の意味を理解できたけど、他のメンバーは完全に固まってしまっている。



「……い、いや。いやよ、そんなの出来ません」

 ようやくシャーロットが口を開き、目に涙を溜めながら手に持っていた短剣をその場から、誰もいない方へと向けて放り投げる。


「全く、使えないわね」

 ルキナさんがセイラさんに命じて短剣を拾うように指示するが、本人は自分を傷つけるかもしれない短剣をなかなか拾えない。

「やめなさい、何を考えているのよあなたは!」

 余りにも理不尽な命令に思わず口を挟み、シャーロット達を庇うよう間に入る。


「分からない? これは私とあなたとの勝負よ」

「勝負?」

 この人、一体何を言って……

「お互いの力を見せ合いをするにはこれが一番でしょ? もちろん嫌とは言わせない、あなたに公爵家の加護があるというのならこの勝負、受けてもらうわよ」

「バカバカしい、聖女の力で勝負する事もだけど、そのために関係のない人を傷つける? ふざけないで!」

 私は今日ルキナさんに会うまで、もしかしてユフィやマルシアと同じように仲良くできるのではないかと僅かに希望を抱いていた。だけどもう無理だ、私はこの人を許せない。


「逃げる気? だったらこの勝負私の勝ちね」

 そう言ってようやくセイラさんが拾った短剣を奪い取り、そのままセイラさんの胸に突き刺したのだった。

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