第44話 王妃の心
会議より10日後、ガーランドから今回の首謀者である第三王子と数名の貴族が拘束されて送り届けられた。現在ガーランド側ではヴィクトーリア様の殺害に関与した疑いで、前宰相とその娘の一人であるガーランド国王の側室を、騎士団による取り調べを行っているとの連絡を添えて。
どうも一連の事件はガーランド国王は一切関与しておらず、今回は第三王子であるヴェルナー王子が、数名の貴族に命じて影の憲兵と呼ばれる黒ずくめを独断で動かしたんだとか。
理由は兄である第一王子を差し置いて自分が次期国王に選ばれる為、アルタイルから聖女の力を手にしたルキナさんを妻に迎える事によって、自分の地位を確実なものにしようと目論んでいたらしい。
ガーランド国王は全てを認め謝罪されてきた。
わざわざ後継者である第一王子を使者に立ててこられたのだから、その信憑性は確かなものだろう。
この事によって逃げられないと悟ったアリアナ様はユースランド家から逃亡。だが騎士団の監視下にあった状態では逃げ出せるわけもなく、拘束のうえ城の地下にて投獄。
そして現在、体を縛られた状態で私たち最強軍団の目の前にいる。
「覚悟は出来ておろうな」
そう言いながら陛下が装飾の施された剣を鞘から抜き去る。
「な、何よ覚悟って。まさか本気で斬る訳じゃないわよね? これは私を助けてくれる為の演出なんでしょ。貴族たちの建前上仕方なく……ひぃ」
アリアナ様が最後まで喋り切る前に、横から細い刀身の振り下ろされ髪の一房がパラパラと絨毯の上へと落ちる。
「陛下、アリアナの処分は私がいたします。ヴィクトーリアの無念、許すわけにはいきません」
そう言って前へと出てこられたのは王妃様。
って、王妃様、剣も使えたの!?
「ラーナはヴィクトーリアの死をキッカケに剣の道に走ったのよ。あの子なりに助けられなかった事を苦しんでいたのね」
隣にいるアミーテ様が私の心を読んだかのように教えてくれる。
三人はとても仲が良かったって聞いているから、王妃様も一人苦しんでおられたのだろう。
「ひ、控えなさい! 私が傷ついたらどうするつもり! 兄様、早くラーナを止めてください」
「……答えろ、何故ティナを、ユフィの殺そうとした」
アリアナ様が兄である陛下に救いを求めるが、陛下も同じように剣を突きつけ冷たく言い放つ
「し、知らないわ。あれはルキナが勝手に……」
「なら質問を変えるわ、何故ヴィクトーリアを殺したの?」
剣を突きつけられ、二人の只ならぬ気配に徐々に余裕をなくしていくアリアナ様。そこへ王妃様が重ねるよう質問を繰り出す。
「わ、私じゃないわ。あれは誰かが勝手に……ギャーーッ!」
尚も言い訳をしようとするアリアナ様の肩へ、王妃様の剣が容赦なく突き刺さる。
「もう一度聞くわ、何故ヴィクトーリアを殺した」
「ち、違う。私じゃ……い、痛い! ま、まって。わ、分かったわ。話すから、剣を、剣を抜いて」
王妃様の本気が分かったのだろう、アリアナ様は怯えながら少しずつ語り出す。
内容はこうだ。
今のままでは優秀な姉が次期聖女になってしまう、兼ねてより姉に劣等感を抱いていたアリアナ様は、聖女の力を更に強くする為に人を傷つけ続けた。
やがてアリアンロッド様が知ることとなり軟禁状態にされるが、当時まだ爵位を継いでいないユースランド家の次期当主が接触してきたらしい。
「自由になりたければ私に力を貸さないか」と。
これは今回ガーランド王国からの報告書に書かれていた内容なのだが、その頃ガーランド王国では前宰相が王家を乗っ取る計画を進めていたらしく、自分の娘を国王の側室に迎えさせ、その子供に王位を継がす為に聖女の力を求めた。
元々側室の子というだけで王位には遠い存在だが、隣国から聖女を連れてこられれば娘の存在価値は一気に上がる。そこで話を持ちかけたのが古くからの友人であり、アルタイル王国の侯爵であるユースランド家。
当時の当主もガーランド王国で地位を約束するとの条件で、軟禁されていると噂をされているアリアナ様に息子を接触させた。
やがて息子に嫁がせるという形でアリアナ様を手に入れたユースランド家であったが、アリアナ様が抱えている闇の部分は想像以上に深かったようで、当主が気づいた時にはヴィクトーリア様の殺害に及んでしまっていたらしい。
現状を知らされた当時の侯爵は相当焦ったらしい。ガーランドとアルタイルと、自身の手を汚さず両国で確かな地位を手にいれる予定が、一気に反逆者となってしまったのだ。
元より当主はアルタイル王国に反旗を
その後は娘であるルキナさんが生まれると、侯爵の爵位を継いだばかりの夫が謎の失踪。アリアナ様は空白となった侯爵の座に着いたという事だった。
もちろん当時はいろんな噂が飛び交っていたそうだが、確かなる証拠が見つからなかった事と、貴族間では他家のお家騒動には口を挟まないという暗黙のルールが邪魔をして事件にまで発展せず、人知れずユースランド家で働いていた使用人は徐々に辞めていき、人手不足を補う為に孤児達を集めては働かせていた、ということだったそうだ。
アルタイル側の状況を察したガーランドの元宰相は、すぐにユースランド家が関わっていると考えたらしい。聖女の秘密を探るという条件で貸し出した自国の影の憲兵を暗殺に使われてしまったのだ。
危険を察した元宰相は、それ以来ユースランド家とは接触していなかったらしいが、知らぬ間に今度は第三王子が暴走してしまった。というわけだ。
今回の件に関しては第三王子であるヴェルナー王子がユースランド家に接触、アリアナ様とルキナさんと結託して聖女の力を手にいれようとしていたらしい。
アリアナ様にとっては聖女の力と言うより、陛下やアリアンロッド様への復讐心が強かったようだが、ルキナさんはガーランドで聖女になる事を求めていた。
これがユフィの殺害未遂から始まった一連の事件の真相だ。
「救いようがないわね」
「お願い、助けて。二度と逆らわないと誓うわ。だから、命だけは」
アリアナ様に話を聞く前からおおよその真相は分かっていた。
本人が語り出した内容に補足するよう王妃様が告げると、見る見る顔が真っ青になり今は見る影もなく必死に命乞いをしている。
「これが最後の質問よ、ルキナはどこ」
冷たい声で王妃様が告げる。
アリアナ様の返答次第では突きつけられた剣がそのまま体を貫くだろうと、この場にいる全員が感じていた。
「し、知らないのよ。ほ、本当よ。城で騒ぎを起こしてからは屋敷には一度も戻ってきていないの。幾つか隠れ家的な屋敷があるから、その何処かに隠れているはずよ」
「ならその隠れ家とやらを全て話しなさい」
「そ、それは……ギャーー。辞めて、話す、話すから、もう刺さないで」
その後アリアナ様は顔いっぱいに涙で濡らし、全ての隠れ家の場所を喋った後、騎士達に引きずられように地下牢へと運ばれていった。
「ラーナよ、気持ちは分かるがルキナを捕まえない事には……」
「分かっております陛下、まだアリアナを殺すわけにはいきませんわ」
王妃様は何処まで本気だったのだろう。当初の予定ではアリアナ様からルキナさんの居場所を聞き出すためと、ガーランドから受けた内容を照らし合わすための尋問をするだけだった。
剣でアリアナ様を傷つける事までは予定になかったのだ。
「どうせアリアナとルキナには未来はないわ。良くて一生軟禁、悪くて断頭台ってところでしょ。あなたが手を汚す必要はない、そんな事ヴィクトーリアもクラリスも願っていないわよ」
アミーテ様の言葉で暗い影を落とされる王妃様。
うん、そうだね。アミーテ様の言う通り、お母さん達は決してそんな事は望んでいない。
「……そうです、私もそう思います。お母さんは王妃様のそんな顔を見たいはずがありません」
「お母様、私も、お母様のそんな顔見たくありません」
「ティナ、ユフィ……そうね、こんな姿ヴィクトーリアやクラリスに見せられないわね。ありがとう」
そう言いながら私とユフィを強く抱きしめるのだった。
「なんで、なんでこの私がこんなにみっともなく逃げ回らなければならないの」
隠れ家として使っていた屋敷に大勢の騎士が踏み込んできた。
寸前のところで逃げ出す事は出来たが、誰一人として私を助けようとする者はおらず、私が隠れていた隠し部屋まであっさりと告げられた。
所詮はスラム街から拾ってきた連中ってわけね、服と食べ物を与えてやったと言うのに私を差し出そうとするなんて。
これも全てあの小娘のせい。
だけど戻ってきた黒ずくめの話では、虎のような生き物がティナを守っていたと言う事だった。もしかして私が以前突き飛ばされたのもその虎のせい?
それだけでも厄介なのに、今や聖女の力はティナの元へと渡ってしまった。あの力がどの様なものかは分からないが、少なくとも私の力を封じる事ができるあの力は危険だ。ならばどうする?
このまま泣き寝入りする事だけは絶対にできない。私のプライドが許さない。
何としてでもあのティナの悲しむ姿を、苦痛に歪む姿を見ない事には気が収まらない。
ティナを狙う事が難しいならユフィーリアは? あの子はティナの事を姉の慕い、ティナもずいぶん可愛がっていた。
城への隠し通路はまだ幾つか知っているが、何処に繋がっているか分からないものばかり。誰か別の者を使って行かせればいいが、もうガーランドの憲兵は使えない。
それに聖女が暗殺された事で騎士団は汚名を挽回するために躍起になっていると聞いているので、今城へと潜入するのは難しいだろう。
姉と妹……
「ふ、ふふふ、いるじゃない。あの小娘が一番大事にしていて、最大の弱点が」
聖女の力に固執していたために放置していたが、確かソルティアルに居るんだったわよね。
まさかこんな所で役に立つなんてね。侯爵家の娘だと分かった時点で調べさせといてよかったわ。
見ていなさい、あなたの苦痛に歪む姿が今から楽しみだわ。
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