第45話 悲しみの刃

「何だこれ、聞いてねぇぞ!」

「捕らえろ! 一人たりとも逃がすな!」

 ゴロツキ風の男たちが次から次へと騎士たちによって捕らえられていく。


「大した事はなかったな」

「そう見たいね、流石にガーランドの憲兵はもう使えないって事でしょ」

 レクセルの呟きに、隣に来た私が言葉をつなげる。


 ここはソルティアル領にあるクラウス様のお屋敷。

 

 ルキナさんが隠れていたとされる屋敷を押さえてから3日目、現在逃亡中の彼女が次に考える可能性があるのは私への復讐。

 これは捕らえた黒ずくめ達が漏らした話しだが、ルキナさんは相当私への恨みを溜め込んでいる事が分かっている。

 流石にもう一度城への強襲は考えられないだろうとの事から、直接私やユフィへの暗殺はほぼゼロに近い。ならば次に私が一番苦しむのは何? と皆んなに尋ねれば、全員一致でリィナと答えられた。

 うん、否定しようもく間違いなく私の弱点だ。こりゃ盲点だったね。


 そこで周りが止めるのも全てを跳ね除け、私自身がリィナを守る為にソルティアルへとやってきた。

 ルキナさんには気付かれないようソルティアルに入った為、護衛の騎士はほんの僅かだが、相手は恐らく雇われ傭兵か街のゴロツキ程度。突然の逃走の為に大した持ち合わせもないだろうから、この一回に全てを賭けてくるはず。

 そう思い罠を張って待ち構えていたと言うわけだ。

 本当はここでルキナさんを捕らえるつもりだったが、どうやら現場には顔を出していないみたいで捕縛には至らなかった。


「ってもな、ワザワザ聖女であるお前が出てくる必要あるか? もう少し俺らを信用しろや」

 今回の指揮を任されているレクセルが私対して愚痴を言う。

「信用してるわよ、でもね私はリィナのお姉ちゃんなの。怖がっている妹のそばに居てあげれなくて何が姉なのよ」

 リィナを安全な場所へ移す案も考えたが、移動中に狙われる事を考えればこちらの方が余程安全だろうと、レクセルに止められた。


 結果はご覧の通り、屋敷の中に入る前に全員捕縛、ルキナさんも大したお金を持ち出せなかったのだろう、雇ったゴロツキはたったの3人。後続部隊も他に隠れている様子も全く感じられないので、これで本当に終了だろう。

 聖痕を受け継いだ私には、集中すれば精霊を通して半径数数十メートル程度なら人の気配を感じる事が出来る。これで近くに隠れているだろうルキナさんを探すつもりだったが、生憎近くに隠れている気配は全く感じられない。


「これからどうすんだ?」

「一旦王都へ戻るわ。今回の事でルキナさんの懐具合も分かったから、見つかるのも時間の問題でしょ」

 今回の事で、リィナは一旦フランシュヴェルグ家に行く事に決まっている。エステラ様には申し訳ないが、事情が事情なのでご理解いただいた。

 代わりにラッテを戻す話をしたのだが、本人の希望で正式に私に仕えたいと言ってくれ、今は私が留守中のフランシュヴェルグ家でメイドのお仕事に就いてもらっている。


 そしてルキナさんだが、現在アリアンロッド様の殺害に関与したとして、国中に人相書きが出回っており、国民全員から標的とされている。

 お金がないと王都からそう遠くへは行けない事は私自身が身をもって体験しているので、今回捕らえたゴロツキを取り調べ、何処で雇われたかを聞き出せれば自ずと隠れている場所が絞れるだろう。

 国から標的とされているルキナさんを助けようとする貴族もいないだろうし、ガーランドからの救援もない事が今回分かった。

 あのプライドの絡まりともいえるルキナさんが、いつまでも惨めな生活に耐えられないだろうから、見つかるまでそう時間は掛からないのではないだろうか。


 ただ一つ気がかりなのは、アリアンロッド様の殺害にルキナさんが関わったと発表してしまった事。これは彼女を一刻も早く捕らえる処置としては仕方なかったのだが、もし国民感情が一気にルキナさんに向かえば最悪の事態になる恐れがある。

 一応王都の警ら隊が国民に注意する旨を言い回っているが、どうもまだ不安が拭えず仕方がない。

 何とか国民より先に見つけられればいいのだけれど……






「いたぞ! 聖女殺しの魔女だ」

「殺すなよ、騎士団に差し出すんだ」

「分かっている、俺たちは悪魔じゃない。聖女様が悲しむ事はしちゃいけねぇ」

 夕闇が迫る王都の細い路地裏、そこをボロボロのフードを被り無作為に走り回る一人の女性。


「はぁ、はぁ、はぁ」

 なんで、なんで私が。


 ティナの妹を襲撃させたが、雇ったゴロツキはあっさりと捕まり私の居所まで簡単にバラされてしまった。

 しばらくは持っていた装飾品を売却した金で宿に隠れていたが、それもとうとう底を尽き、空腹の余り露天の香草焼きを盗んだ事で見つかってしまった。


 私が聖女殺しの魔女ですって、この私が指名手配ですって、許せない、絶対に許せない。


「こっちだ!」

「っ!」

 

 はぁ、はぁ、はぁ

 路地裏に置かれたゴミが詰まった木箱の中へと身を隠す。

 この私がゴミまみれ……なんで、なんでこんな事に。


「いたか?」

「こっちにはいない」

「向こうを探すぞ、絶対逃がすな」


 声が遠ざかって行くのを待ってから、ゴミが入った木箱から音を立てずに抜け出す。逃亡の際に着ていたのはブルーの装飾が施された綺麗なドレスだったのに、今や裾は破け、鮮やかなブルーは見る影もなく薄汚れたボロ雑巾のような状態に変わっている。

 服についた生ゴミを路地に払い落とすが、染み付いた汚れや匂いはどうしようもない。


 一人悲しみにくれ、路地裏を力なく進むと窓ガラスに映る自分の姿に愕然とする。

 綺麗だったブロンドの髪は乱れ、肌はうす汚れた状態でピンクの唇は今や紫色に変わっている。これが私? 数々の小娘たちを見下し、多くの男どもから持てはやされていた私の美貌がこのガラスに映る者だというの? これじゃまるで物語に出てくる魔女……


 ガタッ!

 はっ!

 ガラスに映る自分の姿に気をとられ、すっかり周りへの注意がおろそかになっていた。だけど大丈夫だ、フードを被っているからすぐには私だとは分からないはず。このまま何もなかったかのようにこの場を立ち去れば。


「ルキナ……さま?」

 突然名前を呼ばれ思わず小さく反応してしまうが、声の様子から相手は女性で私だと言う確証はまだ出来ていないのだろう。一瞬このまま気づかないふりをして立ち去ろうと考えるが、女性が持つ籠から美味しそうなパンの香りが漂ってくる。


 どうする? フードのせいで顔を上げる事が出来ないが足元を見れば相手は小娘一人、騒がれると面倒だが襲いかかってパンの入った籠を奪って逃げる事も出来るだろう。

 色んな事が頭に浮かぶが、今何かが引っかかった。この女性、今なんて言った? ルキナ


「セ……イラ?」

 あぁ、町娘の服を着ているが、嘗てユースランド家で雇っていたメイドの一人だ。

「やはりルキナ様でしたか」

「セイラ、セイラなのね」

 よかった、セイラは確かスラム孤児だったのを拾い、食べ物を与えるという条件で私の世話をさせていた記憶がある。ここに居るという事は暮らしている家はそれほど遠くはないのだろう。このままセイラの家にかくまってもらえればまだ逃げ出すチャンスは……


「セイラ、お願いがあるの。しばらくでいいから私を匿ってもらえないかしら」

「匿う? ………………分かりました」

「あ、ありがとう、この恩は一生忘れないわ」

 嘗ての私が見たらどう思うだろうか、他人に恩を忘れないなどという言葉は一生出なかっただろう。自分でも思っていた以上に絶望の中で心が弱っている、もしこのまま逃げきる事ができれば……

 とにかく今はこの偶然に感謝しよう、これで空腹を満たす事が出来る。もしかしてお風呂に入る事も出来るかもしれない。

 あとはセイラにお願いしてガーランドに手紙を……いや、今は匿ってもらえるだけでいい。あとの事はゆっくり考えればいいんだ。


「こっちです……」

 セイラの先導の元、入り組んだ路地裏を二人で進む。


「こっちです……」

 幾つ目かの角を曲がり、目の先から光が差し込んでくる。

「待ってセイラ、出来れば路地裏を、余り大通りには出たくないの」

 大通りの目前で足を止め、前を行くセイラに声をかける。

 フードで顔を隠しているからそう簡単にはバレないだろうが、今の見すぼらしい姿を他人に見られるのはどうしても耐えられない。


「……ルキナ様、私に何かおっしゃりたい事はございませんか?」

「えっ」

 セイラに言いたいこと? もちろん思いつく範囲では幾らでもある。籠の中のパンが欲しいとか、家に着いたら顔の汚れを落とすためにタオルが欲しいとか、出来れば着ている服を洗いたとか。でもそれは今話すべき事ではないだろう、今は一刻も早くセイラの家に辿り着く事が優先だ。


「いえ、何もないわ」

「………………そうですか」

 ? セイラが顔を反らしたせいで表情は汲み取れないが、何処か悲しそうな雰囲気が伝わって来る。


「私の家にはこの大通りを越えたところです」

「……そう、ならここを通らなければ行けないのね」

 覚悟を決め、セイラの後ろで気づかれないよう下を向きながら大通りを横切る。


 ドン

 大通りの途中、突然前を行くセイラの背中にぶつかる。

「どうしたのセイラ? 早く路地裏に」

「……残念です。もしあなたが一言謝ってくだされば……いえ、ティナ様を殺そうなどと考えなければお助けしたのに」

「えっ? 謝る? ティナ、?」

 あ、あぁ……忘れていたあの日の出来事が鮮明に浮かび上がる。そうだ、セイラは私が……

「待って、違うの、逃げるのに必死ですっかり忘れていて……」

「……そうですか、道理でおかしいと思っていたんです。あなたにとって私へした行為は簡単に忘れられる程度の事。弟を、エリクを殺した事もそうやって忘れたんでしょ!」

 大通りに響くセイラの声で多くの人たちが私たちの方へとを視線を移す。


「人殺し! たった一人の弟を、聖女様を殺した魔女がここにいます!」

 ザワザワザ


「ち、違う。私じゃない、いや、いやーーー」

「逃げるな人殺し!」

 背後からセイラの悲痛とも言える声が聞こえるが、視線が私へをそそがれたと同時に元いた路地裏へと走り出している。

 弟……そうだ、セイラには弟がいたんだった。その弟はどうしたんだっけ? 殺した? この私が? あ、あぁ、そうだ。私が別の孤児に言いつけて短剣で切りつけさせたんだ。あの時は偶々刺さった場所が悪くて……

 今まで忘れていた事が、忘れようとしていた事が次から次へと浮かび上がってくる。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ今度は私が殺される。

 

「きゃっ」

 大通りを走って戻る途中、誰かに腕を握られバランス崩してその場に倒れ込む。

「逃がすかよ、この魔女め」

「おい、誰か警ら兵を呼んでこい!」

「縛るロープもだ」


「いや、放して、放しなさい、この悪魔!」

 地面に這いつくばるよう男たちに押さえつけられ身動きが取れない。転けた際に打ち付けた膝や腕が痛みを訴えているが、そんなものが気にならないほど心が痛い。


「ティナ様に感謝してください。あの方は私たちにあなたを殺してはならないと仰ったんです。しっかり罪を認めさせてから刑に掛けなければならないと。

 だから私たちは悪魔なんかじゃない、悪魔はあなたの方です!」

「……」


 この日、逃亡中であったルキナ・ユースランドが、王都民達の手によって捕らえられたと報告が入った。

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