第8話 眠れる王女様

 バタバタバタ

 城内を多種多彩な職業服を着た人たちが慌てて走り回る。


 私たちの前を行く騎士様が、早足で向かう先はこの国の王女様の部屋。

 先ほど目の前の騎士様が私たち聖女候補生の前に来てこう告げられた。


「王女様が何者かに刺されました、今すぐ治療をしないと命の危険が」

 どう言う状況で刺されたかは知らないが、不運な事に聖女様は現在王子様と共に地方へ査察に出られており不在の状態。しかもこの国で二番目に聖女の力が強いとされている王女様が刺されたとなると、もはやすがるのは私たち未熟な候補生しか残されていない。

 今は医師が全力で治療にあたっているらしいが、どうも上手くいっていないそうだ。


「お連れしました」

 部屋に入るなり私たちを連れてきた騎士様が、眠る王女様の隣で心配そうな表情をした男性に声をかける。

「そうか、誰でも良い。今すぐ癒しの奇跡を施してくれ」

 身なりからして恐らくこの方がこの国の国王様なのだろう、その隣には苦しむ王女様の手を必死で握る王妃様もいる。

 だけど候補生たちは誰一人名乗りでようとはしてくれない。


「どうした、誰でも良い。力が足りぬのなら全員が力を合わせれば何とかなるだろう」

 必死にすがる国王様。この場合国王とか王族とかを抜きにして、一人の父親として娘を助けるために必死なんだ。


「……わ、私は」

「きょ、今日は体調が悪くて……」

「実は私も……」

 部屋の中が徐々に絶望感が占めていく。


「私が見てみます。よろしいでしょうか?」

 一応レジーナさん達に断りを入れる。後で勝手に抜けがきをしたとか言われるのは正直ウザい。

「え、えぇ、いいわよ。あなたの力を見せてもらうわ」

 よし、レジーナさんの許可ももらったことだし、早く国王様達を安心させてあげないと。

 一人前に出て王女様が眠る隣に陣取る。


「どうだ?」

 医師から場所を譲ってもらい、王女様の容態みていると心配そうに国王様が訪ねてこられた。

「これは……毒ですか?」

 先ほど場所を譲ってもらった医師に尋ねる。

 王女様の苦しむ姿と傷口が紫に染まっている事から、ただの刺し傷ではないことは見てわかる。

「どうも刺されたナイフに毒が塗られていたようで、我らではなんとも」

 そういうことか、医師がおられたのに血止の布しか治療された痕跡が見当たらない。解毒をしないことには傷口は防げないんだ。

 でもこれじゃ私一人では助けられない。この場合、解毒と傷の治療そして体力の回復を同時に行わなければならない。だけど私の力では同時に二つの工程を行うことしかできず、もう一人一つの工程を手助けしてくれる力の持ち主が必要となる。

 王女様の容態を見る限りでは直ぐにでも取り掛からなければ命が危ない状況なので、解毒をしてから傷の治療と言うわけにはいかない。

 


「誰か、力を貸してください。傷の治療、体力の回復、そして解毒と同時に三つの工程を行わなければ間に合いません。私が二つの工程を行いますので誰か一つの工程を」

 五人の候補生に向かってサポートをお願いする。だけど……


「「「「「……」」」」」

 候補生達は何故か誰一人として名乗り出ようとはせず、各々の顔を眺めるだけ。

「誰でも良い。頼む、ユフィーリアを助けてくれ」

 国王様の呼びかけにも誰一人名乗り出ようとはしない。


「もういいわライム、手伝って」

「わかりました」

 ザワザワザ

 突然現れたライムの姿を見て周りから驚きの声が広がる。でも今はそんな事に構っていられない。


「私が解毒と傷を治すわ、ライムは体力回復を」

「ハイです」

 ライムと治療の分担を決め、両手を胸の前で重ねて祈るようなポーズをとる。

「全力でいくわよ!」

「ハイです!」

 両手を傷口にかざし光が溢れる。


「きゃ」

「何これ!」

 背後にいる候補生らしき人たちから声が聞こえる。

 何これって見ればわかるでしょ。


 手のひらから発する光は私の体内を通って王女様に降り注ぐ精霊の光。

 まずは毒の治療、同時に体内の奥で傷ついた組織を修復。ライムが体力回復の奇跡を使ってくれているおかげで、王女様自身の『治す』力が常に全開の状態に保てている。

 ライムには聖女の血は流れていないが、力を借りているのが同じ精霊ということもあり癒しの奇跡と同じ力を使うことができる。ただし豊穣の祈りは別の要素が必要な為使えない。


「解毒は終わりました、傷口を塞ぎます」

「はい」

 隣にいた医師が血止に使っていた布を取り払ってくれる。

 さすが王家に仕えている医師の方だ、私が思っている通りにサポートしてくれる。


 足元がフラつく、そういえば結局お昼ご飯も食べれてなかったなぁ。でも私が今ここで倒れるわけにはいかない、頑張れ私。

 最後の力を振り絞って傷口を閉じる。でもまだだ、思ったよりナイフが奥へと刺さっていた為、体中の組織が傷つきすぎている。もう少し……あっ


「大丈夫か!?」

 足元から崩れそうになったところを国王様に支えられる。

「はい、これでももう大丈夫です。暫くは安静にしていた方がいいと思いますが」

「そうではない、お主の体の方だ」

「へ? あぁ、大丈夫です。ちょっと力を使いすぎてフラついただけですので」


 周りから拍手だの賞賛の声を掛けられる。

 なんだかちょっと照れるわね。


「よくやってくれた、礼を言うぞ」

「いえいえ、そんな大した事はしていないので」

 国王様に支えられていた体をなんとか自力で立ち上がる。少し足元が危ういが気を失うような事はなさそうだ。

 同じく治療にあたってくれたライムは今更姿を隠しても無駄と思ったのか、私の肩へと飛んできてちょこんと座る。


 ベットで眠る王女様の表情が和らいでいる。これでももう危険は脱しただろう。

「恐らくこれで命の危険はないと思います。ですがご存知だとは思いますが、癒しの奇跡では失った血液は元へと戻りません。今は不足分を精霊に頼んで補ってもらっておりますので、目が覚められましたら栄養の付くものを食べさせてあげてください。そうすれば自然と精霊達は立ち去るはずです。

 後、刺し傷は体内の組織まで激しく傷つけておりましたので、精霊の力を借りて全て繋ぎ合わせていますが、完全に定着するまで2・3日必要となりますので、しばらくは無理に体を動かしたり、激しい運動は控えるようにお願いします」

「分かったわ」

 ベットの傍から王妃様が答えてくださる。


「お主、見慣れぬ顔だが名は何と申す?」

 国王様が私の名前を訪ねてこられる。そういえば結局ご挨拶とかしてなかたわね。

「えっと、ソルティアルの領主、クラウス・ソルティアル様の推薦で昨日到着しましたティナと申します。こっちが精霊のライムです」

 周りから『やっぱり精霊か』等の声が聞こえてくる。ここでも精霊はめずらしいんだ。


「ティナよ、何か望みのものが有れば言ってくれ、できる範囲でこの恩に報いたい」

「えっ? 望みのもの? いいですいいです、結構ですよ」

 癒しの奇跡なんてここでは珍しくもないだろうし、他の候補生を差し置いて図々しく望みのものなんて答えれば、後で何をされるか分かったもんじゃない。


「しかしそれでは私の気が収まらん」

「そうね、私からもお願いするわ。ティナ、ライム、ユフィーリア助けてくれてありがとう。今あなたの望むものは何?」

 王妃様が国王様の言葉にかぶせる様に伝えてくる。

 ん〜、どうやら何らかの報酬を望まなければこの場を離れる事は出来ないようだ。私の今望むもの、それはお金、だけどソルティアル領の為に一年間はここに残らなきゃいけないわけだし、残ったら自ずと金貨100枚を貰えるんだし……。


「それじゃお金を頂けるでしょうか、ソルティアル領に残してきた妹にお肉を食べさせてあげたいので」

 考えたすえ出た答えは結局お金。でもお肉を買うぐらいの額なら問題ないよね? なんだったらラッテのお父さんが焼く香草焼きでもいいかも。

「ふふ、分かったわ。いいでしょ陛下」

「あぁ、後程用意させよう」

「ありがとうございます」

 何故か優しく微笑みかけてくださる王妃様。お肉ってやっぱり変だった?

 気のせいかもしれないが、周りからも親が子供を見る様な暖かな雰囲気が伝わって来る。


「それにしても本当によくやってくれた。まさかこれほどの力を持った者が野に埋もれていようとはな」

 国王様にそこまで褒められては後々怖い。ここは他の候補生の手前フォローしておかないと。

「私の力なんて他の候補生の方に比べるとまだまだでございます」

「ほぉ、そうなのか?」

「はい、昨日少しお話させて頂いたのですが、中には病を治せる方もいらっしゃるそうですよ」

「ほぉ、なるほどな、病をか……」

 あれあれ? 何故か急に国王様の雰囲気が変わっていく。

 冷たい視線で候補生の方を睨め付け……

「ひぃ」

 その中の一人、悪役令嬢Cさんが小さな悲鳴を上げる。

「その話はおいおい聞かせてもらおう」


 な、何だろうこれは、空気が重たい……

 さ、さて、私は何も見なかったし聞かなかった。早く戻って草むしりの続きでもするか。

 ぐぅ〜〜〜


「……」

 きゃぁーーーー、何このデジャブ、何でこんな大勢の前で鳴るのよ!

 重たい空気が一変、周りからもクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「ふふ、聖女の力は体力を使うものね」

 王妃様が皆んなに分からすように説明してくださる。

「うぅ、すみません。昨日の夜からほとんど何も食べていなかったので……」

 しかし私が放った一言で、再び暖かくなりかけていた空気が一気にどん底までで冷え込む。


「どういう事かしら?」

 えっ? さっきまで優しく微笑んでおられた王妃様まで、急に恐ろしい表情に変わっている。

「あ、あの、その、食事の用意を伝えていなかったので、私たちの分がないって……」

 王妃様の怖さに思わず後退あとずさりながらついつい本当の事を答えてしまう。


「アドニア」

 王妃様が側で控えている年長のメイドさんに声をかける。

「すぐに調べさせます。ティナ様、どうやら当方に不手際があったようでございます。ユフィーリア様をお助け頂いたのに不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません」

「すぐにティナの食事を用意させて」

「畏まりました」

 そう言うとご年配のメイド、アドニアさんが数名のメイドさんを連れて部屋から出て行かれる。


「あの、食事を頂けるのでしたらラッテ……私の付き添いで来てくれている子も一緒にいいですか? 彼女も昨日からほとんど何も食べていないので」

 私だけというわけにはいかないだろう、ラッテだってお腹をすかして私が戻るのを待ってくれているのだから。


「分かったわ、すぐに呼びに行かすからあなたは先に部屋で待っていて。誰かティナを客間へ案内して」

「畏まりました」

 メイドさんの一人が私を案内しようと前へ出る。

 いやいやいや、お城の客間とか心臓に悪いですから。

「いえ、自分の部屋で頂きますので、パンか何かを……」

「ふふふ」

「い、いえ、なんでもないです……」

 怖い、王妃様の笑顔めっちゃコワイ。


「それではご案内いたします」

「あっ、ちょっと待ってください。」

 部屋から出ていく途中で立ち止まり、再び王妃様のお傍に近寄る。


「王女様はこのまま安静にされていれば問題ございませんが、もし症状に変化があるようでしたら直ぐに知らせてください。体内の組織に問題があっても外からはわかりませんので」

「そうね……分かったわ、ありがとうティナ」


 王女様の傷は思っていた以上に深手だったからね、体内の組織をつなぎ合わせたからと言っても油断が出来ないんだ。だって体の中は外側から見えないから、万が一の事があっても発見が遅れて手遅れ、なんてことにもなりかねない。

 本当は2・3時間おきに癒しの奇跡を行使して様子を確かめた方がいいんだけれど、警備の問題や何かでお傍にいる訳にもいかないからね。それに相手は王女様なんだから、誰かが一晩付き添われるだろう。


 それだけ伝えると再びメイドさんの案内でこの部屋から立ち去る。

 その時には何故か候補生達の姿は見えなかった。

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