第6話 いざ、王都へ

 カタカタカタ

 馬車に揺られながら窓から見える景色を楽しむ。そういえばソルティアル領に来る時には窓なんてない幌馬車ほろばしゃだったっけ。

 路面が舗装されているとはいえ、あの馬車に比べると今乗っているの馬車の安定感の良さ、ライムなんて私の膝上で寝息を立てて眠っちゃっている。


「ご気分は大丈夫ですか」

 思いに更けっていたらメイドのラッテが話しかけてきた。

「大丈夫よ、乗合馬車に比べれば100倍マシだわ」

 私たちが今乗っているのは王都から迎えに来てくださった高級馬車、内装も外装もこれでもか! ってほどの豪華な装飾が施され、馬車の周りにはご丁寧に護衛の騎士様までついて下さっている。

 何これ、めっちゃ怖いんですけど!


「もうすぐ王都の外壁が見えてくると思いますよ」

 領主であるクラウス様は小さいながらも王都にお屋敷を構えているらしく、ラッテは何度も王都とソルティアル領を往復した事があるんだとか。その関係で今どの辺りにいるのかが大体分かるらしい。


「それにしても良かったの? 私なんかの為に」

 ラッテはクラウス様とエステラ様から頼まれ、私が王都で聖女候補生として修行する間、身の回りのお世話や相談相手として遣わされた。

「何をおっしゃっているんですか、お父さんを助けて頂いたご恩が返せる上、聖女候補生となられるお方のお世話ができるんです。これはとても名誉な事なんですよ」

 実はラッテのご両親は、私がたまたま助けた香草焼きのご主人だったらしい。それを聞いたラッテは是非私が行きたいと自ら名乗り出てくれたんだとか。


「できればその他人行儀な話し方はやめて貰えると助かるんだけれど」

「何度も言っておりますが、ティナ様は領主様の大切な客人であり、この国を救う聖女候補生になられるんです。メイドの私がおいそれと親しみやすく言葉を崩すことなんて事は出来ませんよ」

 硬いわねぇ、ティナ様とか呼ばれても背中がむず痒いだけだよ。



「ねぇ、他の聖女候補生の事って何か知ってる?」

 仕方がないので話を変え、お城に着くまでの間に少しでも情報収集しようと試みる。

 王都から迎えの馬車が到着するまではみっちり礼儀作法やダンスなんかを仕込まれてしまったので、ゆっくり世間話をする暇がなかったのよね。


「そうですね、私もそれ程詳しくは知りませんが、現在集まっていらっしゃる候補生は全員貴族様って話ですね」

「全員? もしかして平民って私だけ?」

「恐らくそうだと思います。平民の中でも聖女様の血を引かれていると方もいらっしゃるとは噂で聞いた事はございますが、大変稀なのではないでしょうか?」

 ん〜、これはちょっと予想外だったかも。私はてっきり1人か2人ぐらいは平民出身の子がいて、友達にでもなれればいいなぁっと軽い気持ちでいた。


「そうなるとちょと気を引き締めたほうがいいかもしれないわね」

「どういう事でしょう?」

「貴族ってのはね、誰かを虐めないと自分を保てない生き物なのよ。それが限られた空間なら尚更だわ」

 私は以前に一度だけ貴族のご令嬢達と触れ合う? 機会があった。


 あれは確か2年ぐらい前だろうか、私が通っていた学園に、名前も聞いたことがない三人のご令嬢達が学習の一環か何かで1日だけ訪れた事があったのだ。その時はなぜか私が彼女達の標的になってしまい、たった1日だというのに数々の意地悪を受ける事になった。

 頭にきた私は、人知れず聖女の力で大地に薄皮一枚を残し穴を掘り、三人のご令嬢達を落とし穴にめたうえで、近くの農家さんから拝借はいしゃくした牛の粗相をご丁寧に上から注いであげたのだ。

 若かったなぁ私。


「それって後で大問題になりませんでした?」

 過去のエピソードを聞いたラッテが心配そうに訪ねてくる。

「なったわよ、だけど穴を掘った形跡もなければ、怪しい人物を見たって目撃者もいなかったからね。誰も人的な仕業だとは思われなかったわ」

 全部聖女の力を使ったからね、証拠どころか姿すら晒していないわよ。

 結局泣き叫ぶご令嬢達は慌てたメイドさん逹に助けられ、王都に帰る時になっても匂いは消えなかったらしい。

 お母さんもよく言ってたわ、やられたらバレないようにやり返せってね。


 話を聞き終えたラッテは『なんだかティナ様なら、ご令嬢の中でもやって行けそうな気がしてきました』だって、失礼しちゃうわ。

「それにしてもなんで私が標的だったのかしら?」

 中等部まで通う生徒は多くないとは言え、それでも私の他に男生徒も女生徒もそれぞれ10人近くはいたんだ。


「それは多分ティナ様の髪色ではないでしょうか?」

「髪? このブロンドが?」

「えぇ、私は社交界シーズンになりますとエステラ様の付き添いでパーティー等に同行する機会があるのですが、貴族の中でもそれほど見事なブロンドヘアの方はいらっしゃいませんよ。多分ご令嬢の方々からすれば妬ましかったのではないでしょうか?」

「ん〜、そういうものなのかしら? 私の場合お母さんとお父さんが共にブロンドの髪色をしていたからね、今まで特に奇麗だとか思わなかったわよ」

 見事なブロンドヘアと言われてもいまいちピンとこない。これがリィナなら激しく賛成するのだが。


「ご両親共にですか?」

「そうだけど、何か変なの?」

「いえ、余り平民の中ではブロンドヘアの方は見たことがございませんので」

「そうなの? でも私が住んでいた街では時折見かけたわよ」

「そうなんですか? それじゃ地方によるんでしょうか、私もソルティアル領と王都しか知りませんので、そういう事もあるんでしょうね」

 ラッテは何か腑に落ちない表情で自分を納得させていたが、お母さんは間違いなくお屋敷を出られた後でお父さんと出会われた。もしかしてお父さんにも貴族の血が若干流れていたのかもしれないが、恐らく本人も気づいていないのではないだろうか。だって料理が苦手なお母さんに代わっていつもおいしいごはんを作っていたのはお父さんだし、掃除洗濯をしていたのだってお父さんだ。

 どこの世界に家事全般が得意な貴族がいるというのだろうか、もしいればこの目で確かめてみたいもんだ。



「あっ、お城が見えてきましたよ」

 話に夢中で知らぬ間に王都の中まで入っていたようだ。まだお城までには距離があるようだけれど、暫く彼処あそこに滞在するのかと思うと心に誓った決意が折れそうになる。

 はぁ、帰りたい。






「それではティナ様、私は荷物をお部屋の方に運んでおきますので」

「えぇ、お願いね」

 ラッテに荷物の整理をお願して、私はお城のメイドさんとおぼしき中年の目つきが悪い女性に案内される。

 持ってきた荷物の大半はエステラ様がご用意してくださったもの、今私が着ている服も合わせて全て頂き物だったりする。ご本人曰く、領地のために頑張ってもらうのに、これぐらいの事はさせて欲しいとの事だった。

 どうやら私たち姉妹は、お子様がいらっしゃらない二人にとっては娘のような感じに思われているらしい。


 結構な大荷物だけど、護衛の騎士様達が手伝ってくださっているようなので、ラッテ一人でも大丈夫だろう。

 私は案内されるままお城の廊下を進んでいく。


 あれ? 何だか思っていた方向と違う気がする。

 私はてっきり王様にご挨拶するために向かっているんだとばかり思っていたが、今歩いているのは本城とは全く違う方向。やがて前方に神殿らしき建物が見えてきたが、生憎神殿の主人である聖女様は現在王子様と一緒に地方へ視察に出られていると聞いているので、向かったところで意味はないはず。

 それじゃつまり、そういう事なんだろう。


 ガチャリ

 神殿の重たそうな扉を片側だけ開け、私を連れてきたメイドさんが無言で視線を送ってくる。

 このメイドさん、最初に候補生のメイド班長をしているカミラと名乗ったっきり、ここに連れて来られるまで一切何も教えて下さらなかった。私が何も質問しなかったって事もあるが、背中から漂ってくる雰囲気が『話しかけてくるな』と言っている気がしてきたのだ。


 ちょっと扉の前で心の準備をしていると、カミラさんが顔だけで合図を送ってくる、とっとと中へ入れという意味だろう。

 私は覚悟を決め神殿の中へと足を運ぶ。そこには予想していた通り5人の聖女候補生らしき女性が煌びやかなドレスに身を包み、臨時に誂えたのだろうか、場違いの一つのテーブルを囲み優雅にティータイムと洒落込んでいる。

 まさかこれが修行とは言わないわよね?


「あなたが新たな候補生?」

 5人の中でボス的な存在なんだろう、テーブルから私を真正面から見える位置に座り、可哀想な物を見るような目で話しかけてくる。

「あら、レジーナ様。候補生などと呼ぶのはどうかと思いますわ」

「そうですわね、平民だと言う話なので、自分で聖女の血が流れていると勘違いしているだけかもしれませんもの」

「あら、私としたことが」

「「「「「おほほほ」」」」」

 なにこれ、これが世に聞く悪役令嬢集団?

 私のポケットが不自然に動く。隠れているライムが驚いて体を動かしてしまったのだろう。幸い悪役令嬢集団からは死角になっているので、気づかれてはいないようだが。



 まぁ、何にしてもいきなり暴れ出す訳にもいかないだろう。

 以前出会った下級も下級のバカ令嬢達とは違い、目の前の候補生達は貴族の中でもエリート中エリート、恐らく爵位も伯爵や侯爵以上の家柄であろう。これでも一応ソルティアル領の代表で、私の問題はそのまま領主であるクラウス様への問題になってしまうのだ。金貨100枚の為に抑えろ私。

「お初にお目にかかります。ソルティアルの領主、クラウス・ソルティアル様の推薦を受けましたティナと申します。一年間、皆様の足を引っ張らぬよう頑張らせていただきます」

 予め練習していた言葉を紡ぎだす。

 をを、エステラ様との練習の成果が早速出ている?


「フン、少しは礼儀をわきまえているようね。でもたかが平民ごときが私たち貴族に気安く話しかけないで頂戴」

 はぁ、疲れる。


「申し訳ございません、私は無知なもので、皆様が何方どなたか存じ上げません。まさか聖女様がおられる神殿に貴族の方がおられるとは思ってもいなかったもので」

「まぁ、なんて失礼なの」

「そうですわ、仮にも領主様に推薦された身ならば、レジーナ様や私たちの名前ぐらい把握しておきなさい」

 把握しておけと言われても、クラウス様は絶対に知らないとおもうなぁ。だって候補生の人数すら分かっていなかったんだもの。


「申し訳ございません、勉強不足でした」

 あまり荒波を立てたくないので、ここは素直に謝罪しておく。

「私はレジーナ・フランシュヴェルグ、覚えておきなさい」

 ピクッ

 フランシュヴェルグ……するとあの時会った叔母さん、ダニエラさんの娘ということだろう。

 よく見れば若干私より色は落ちるが、奇麗なブロンドの髪色をしている。


 先ほど私の名前を聞いても微動だにしなかったということは、叔母さんからは何も聞かされていないのだろう。その方がこちらにとっても好都合というもの、下手にフランシュヴェルグの血が流れていると知られれば、クラウス様たちにご迷惑を掛けかねないし、叔母さんに知られてしまえば邪魔をされ兼ねない。

 それに私が一番恐れているのはお祖父さんであるフランシュヴェルグ侯爵様。お母さんの件でも相当怒っておられるのに、娘の私がこんな場所にのこのこ出向いていると知れば、何をされるか分かったもんじゃない。

 もし私が逆の立場なら可愛すぎる妹だけを引き取り、無能な私を放り出すだだろう。うん、私なら絶対そうする。リィナの可愛さはお祖父さんだって分かるはずだ。




 そのあと他の候補生がご丁寧に名乗っていたようだが、全く頭に入ってこなかった。


「あなた、領主様に推薦されたのなら少しは聖女の力が使えるでしょうね」

 話しかけるなと言っておいて自分から質問してくるレジーナさん。このまま無言を貫けば面白いのかもしれないが、とっととこんな茶番を終わらせてラッテの手伝いと夕食にありつきたい。

 お昼ご飯は馬車の中で軽いものしか食べてなかったのよね。


「皆様には劣るとおもいますが、母から多少教わっております」

「多少ですって、ふふ、良くもそんな程度で来れたものね」

 名前が分からない悪役候補生Aさんが揚げ足を取ってくる。

「所詮は平民よね、擦り傷程度を直せるからっていい気になっていないかしら?」

 今度はその隣の悪役候補生Bさん。擦り傷程度? 私そんなこと言ったっけ?


「いえ、時間さえそれ程経っていなければ、切り落とされた腕程度なら治療できますけど」

「「「「「えっ?」」」」」

「そうですよね、そんな程度ぐらい誰でも直せますよね。解毒や体力回復も使えますが、私が一度に使えるのは精々同時に二つ、お母さんのように同時に三つの工程を行うなんてできないですもの」しゅん


「そ、それは何かの冗談ですの?」

「? いえ、別に冗談を言っているつもりはないんですが」

「「「「「……」」」」」

 新手のギャグとでも思われたのだろうか? いまいち貴族様の考えは分からない。


「ま、まぁ、あなたの力はおいおい見せてもらうわ、その程度ぐらいなら誰にでも出来て当然ですしね」

「そ、そうですわね、聖女候補生なら他人の病程度なら直せて当然ですわ」

 レジーナさんに続き悪役候補生Cさんが自慢げに私に語る。

「病を治せる!? 本当ですか!」

 私が使える力はあくまでも傷や体力の治療だけだ。お母さんだって病を治すことなんて出来ないと言っていた。


 難しいことは省くが、そもそも癒しの奇跡とは大気中に存在する精霊達に働きかけ、使用者……つまり私自身の体を通して対象者の傷などを治療する技。言葉の中に『奇跡』なんて使っているが、ちゃんとした理屈が現在では分かっており、対象者を外的な力を使って活性化させているのである。

 早い話が、病はその対象者の一部ということになり、そこへ外的な力を加えるとどうなるか。答えはもうお分かりだろう、病まで活性化させてしまい場合によっては死にまで進行させてしまう。

 でもこれはあくまでも私の能力不足、目の前の聖女候補生達は純粋な貴族の血が流れているのであれば、病ぐらいは治せてしまうのだろう。


「も、もちろんですわ。おほほほ」

「あなたはそんな事も出来ないのね、精々私達の足を引っ張らない程度に頑張りなさい」

 と悪役候補生CさんとDさん。


 はぁ、やっぱりお母さんにも劣る私ではダメダメなんだろう。ここに来るまでは密かに私って凄いのかも? なんてちょっぴり考えていたが、どうやらだたの自惚だったようだ。

 やっぱ世界って広いね、一つの街から出たことがない私では到底太刀打ちできないんだろう。ここでは目立たず地味にやり過ごし、気づかれないようにこっそり意地悪の仕返しをしてやろう。そう心に誓うのであった。

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