第5話 聖女候補生?
領主様から聞かされた内容はこうだ。
ある日国王様から各領地を持つ貴族が集められこう告げられた。
各地で噂のある聖女の血を引きし者を集めよ、その者達は一年間聖女の元で聖女候補生として修行を行い、その中から一人聖女の代行として席についてもらう。
聖女の血を引く者はこの国の中に多く眠っているというが、何処にどれだけの人数が秘められているかなんて誰にもわからない。
そんな時間と手間とお金をかけ、見つけた聖女の血を引きし者が行きたくないと言えば、すべてが無駄になってしまう。そのため少し賢い領主ならそんな無駄な事には手を出さず、適当に探したと上に報告しハイ終了。っと本来ならここで終わるはずだったのだが、国王様もこうなるであろう事は事前に把握されていたようで、聖女の代行となれる器を連れて来た領主には、治めている領地に還元する形で何らかの褒美、もしくは数年間の国への税金免除などの好条件を提示されたそうだ。
そしてここを治める領主、クラウス・ソルティアル様は領民の生活を助ける為に聖女の血を引きし者を連日探された。ある時は騎士を派遣し、ある時は自ら平民に紛れて街中を探された。だが、そうそう都合よく見つかるはずもなく、また聖女の血が流れているからといって、全員が全員聖女の力を使えるわけではないので、捜索は暗礁に乗り上げた。
そんな時に偶然街の視察に出ていた領主様が、私が聖女の力を使った現場に出くわした、と言う事らしい。
「嬢ちゃん達が置かれた状況はそっちの小っちゃい嬢ちゃんから大体は聞いた。アンタも数日ではあるがこの街の様子を見たんだろ? 俺たちも頑張ってはいるが、特産品も観光する場所もねぇ街だからな。いくら王都から近いって言っても人が来なけりゃ生活は豊かにならねぇんだ。
だがな、国から援助金が降りるか国へ税金が何年か免除されるだけで、新しい産業を始めるための資金を得られるんだ。もちろん嬢ちゃんにはなんの関係のねぇ話だ、無理を言っている事も十分承知している。だけど頼む、一度じっくり考えてはもらえねぇか?」
正直話を聞いて心が揺らいだ。
私は自分達のための事しか考えていない。金貨100枚だって実際に貯められるかどうかさえ分からないのだ。だったら聖女様の代行とやらになる事を条件に、リィナを預かってもらえるよう交渉することだって可能だろう。
目の前の領主様とエステラさんがいい人だって事はもう分かっている。私が頑張ればこの領地の人達は助かるんだ。でも、私程度で代行に選ばれる?
「あの、領主様は聖女様に会われた事はございますか?」
「ん? あぁ、もちろん会ったことは何度でもあるぜ。それがどうした?」
「その時、聖女様のお力を見られた事はありますか?」
「いや、そいつはねぇな。でも知り合いの男爵が見たことあるって言ってたな」
「私は、お母さん以外にこの力を使える人は見たことがないんです……以前お母さんはこんなことを言ってました、『私の力なんて聖女様の足元にも及ばない』と。私はそんなお母さんの足元にも及びません。そんな私が国中から集められた聖女候補生の中から選ばれるでしょうか?」
どういう理屈で力の強い弱いが決まるのかは知らないが、私の力なんて精々瀕死の重傷を直したり、猛毒の解毒を行ったり、疲れ切った人の体力を全開まで回復させる程度にしか使えない。そんな私が選りすぐりの聖女候補生の中最後まで本当に残れるのだろうか。
「よく分かんねぇが、嬢ちゃんさっき癒しの奇跡以外に妙な技使ってただろ? あの力も聖女の力なんだろ?」
それって蔓を絡ませて馬車を止めた事言ってるんだろうか。
「はい、あれは癒しの奇跡とは別のものなんですが、聖女様って大地を実らせる力ってありますよね? 豊穣の祈りって言うんですが、日照りや陥没で田畑が大変な時に使う力なんです」
聖女の力と呼ばれている現象には二種類が存在する。
一つは癒しの奇跡、これは言葉の通り怪我や体力の回復、解毒などの治療を行える。
もう一つは豊穣の祈り、これは先ほど話し通り大地に干渉して何らかの現象を起こす事ができる。
お母さんの話しでは、聖女様が使う豊穣に祈りは枯れ果てた大地に実りを与える事が出来るそうなんだけれど、私の場合精々精々花や草木を成長させる程度にしか使えない。
お母さんなら枯れた木を一気に蘇らす程度はできたんだけれど……
「俺も詳しくは知らんが、その豊穣の祈りとかいうのは余程強い力も持ってねぇと使えねぇって聞いた事があるんだが、そうじゃねぇのか?」
「それは多分違うと思います。私のお母さんも使えましたし」
だってお母さん、『私の力なんて大した事ないわよ、あはは』ってのが口癖だったもの。
「ん~、嬢ちゃんの基準がいまいち分からんが、あれでも十分凄いんじゃねぇのか?」
「そうでしょうか、私の力なんて所詮平民の域を抜け出せませんから」
お母さんはともかく、お父さんは間違いなく普通の平民だ。
聖女の力は聖女様の血が濃いほど強く現れるという話しだから、平民の血が流れている私ではお母さんを超える事一生出来ないだろう。
「まぁ、そんなに深く考えなくてもいいんじゃねぇか? 別に候補生の中から選ばれてくれなんて考えてもいねぇし、あっちで友達でも見つけて仲良くやってくれればいいんだからさ」
「……へ?」
「ん? 言ってなかったか? 別に最終候補に残ってくれなくてもいいんだぜ。こっちは聖女候補生を立てられればそれだけで国から援助が受けられるんだ」
マジですか? 私はてっきり最終候補に残らないといけないものだとばかり思っていた。そう言えば一言も最終候補まで残ってくれなんて言っておられなかったっけ。
「それじゃ一年間その聖女候補生として修行? ってのをこなせばいいんですか?」
「あぁ、その筈だぜ。それに月々向こうでの生活費も出るらしいし、無事に一年間やり過ごすことが出来れば、従事したすべての候補生に金貨100枚を出してもらえるって話だ」
「……やります。やらせてください! 金貨100枚為なら私どんな辛い修行でも耐えて見せます!」
金貨100枚、これって神様が(いや、この場合聖女様?)私達姉妹の為に用意してくださったプレゼントに違いない。
頑張りますお母さん、私この試練を乗り越えて見せます!
「お、おぉ、やる気になってくれたんならこっちも助かるぜ」
何故か私の勢いに引かれる領主様であった。
その後、起きたリィナとライムを交えて領主様と今後の事を話し合った。
先ほど聞かされた聖女候補生の修行は既に始まっているらしく、現在王都にあるお城では数名の貴族のご令嬢がその席に付いておられるんだとか。
流石王家に近い貴族様達だ、聖女様の血もそれなりに濃く受け継がれているんだろう。
因みに既に修行が始まっているお陰で、返済の期日までにすべての工程が終わるらしく。途中参加でも特別訓練のようなものを受ければ、皆と同じ時期に金貨100枚は無事に貰えるんだそうだ。
「それで小っちゃい嬢ちゃんの方はどうすよ。聖女の力ってのは使えねぇんだろ?」
「はい。リィナの方はこの力は表れなかったんです」
暗い顔のリィナを片腕で引き寄せて頭をなでる。
「そんじゃ嬢ちゃんが王都に行ってる間は俺たちが責任をもって預かるぜ。それでいいだろう?」
恐らくそれが最善の策だろう。いくら離れたくないとは言え、貴族の中に平民の私が入ると言う事はそれなりの洗礼を受ける事は目に見えている。そんなところに可愛い妹連れて行くなんて私には出来ない。
それにこの領主様にならリィナを預けても問題はないだろう。
「リィナちゃんの事は私達に任せておいて。娘のように大事に預かるから」
「リィナ、それでいい? お姉ちゃん一年間頑張るから、必ずお母さん達と暮らした家に一緒に帰ろう」
「……うん」
泣きそうな顔を私の胸に押し付けて必死に言葉を出してくれる。
「大丈夫よ、ここは王都から馬車で半日程度だから。毎週って訳にはいかないでしょうけど、休日に帰ってくるぐらいは出来ると思うわよ」
「そうだな、手紙で教えてくれれば迎えの馬車を用意するぜ」
「ありがとうございます」
「後はそっちの更にちっこい子だけど……」
ん~、やぱり領主様も精霊を見るのは初めてなんだろう。どう接していいのか、迷っている様子が手によるように分かる。
「ライムは私と来なきゃ無理だよね? 」
「ん? どういうことだ?」
「えっとですね、精霊というのは大気中に散らばっているマナってエネルギーが常に必要になるらしいんです。このマナっていうのは大地の草木や生き物、人間にも宿っているんですが、中級精霊のライムになると大気中にあふれ出たマナだけでは足りないらしく、常に私からあふれ出たマナを吸い続けなければ今の存在を維持できなくなるんです」
これが緑あふれる森林地帯や自然の中なら大丈夫らしいのだが、人間が住む街中では十分なマナを得ることが難しいそうだ。
だったら自然界に戻せという話になるが、ライムは助けて以来ずっと家族のように過ごしてきたから、今更分かれるなんて私もリィナも望んでいない。ライムだってそれは同じなはずだ。
「って事は、とにかく嬢ちゃんから離れる事ができないって事でいいんだな?」
「ライムいいよね?」
「ハイです」
ライムが元気よく右手を挙げて了解する。
「そんじゃ大体これで決まったな。早速明日陛下に手紙を送るから、迎えの馬車が到着するまでのんびり過ごしてくれ。多分返事が返ってくるまで2・3日は掛かるだろうからよ」
「そうだわ、それまで少し礼儀作法を覚えた方がいいわよね」
「れ、礼儀作法?」
何それ、おいしいの? っと馬鹿なことを言ってないで、何その無茶ぶりは。大体聖女としての修行をするのに礼儀作法なんて要らないでしょ。
「そうだな、向こうに行けば自ずと社交界に出る機会も出て来るだろうからな」
「しゃ、社交界!? 無理無理、そんなの絶対無理ですよ」
「あら、いいじゃない。リィナちゃんもお姉ちゃんが素敵なドレスを着て、優雅がに踊る姿を見てみたいでしょ?」
「うん、見たい」
くっ、エステラさん卑怯なり! リィナを使うなんて私の一番の弱点じゃない。こんなキラキラした目で見つめられてはとても嫌だとは言えない。
「それじゃ早速明日にでも体のサイズを測ってもらいましょ。私が昔来ていたドレスがあるから、少し手直しすれば大丈夫だと思うわ」
「私もお姉ちゃんのドレス選びたい」
「いいわよ、一緒に選びましょ」
な、何だか私の知らないところで話が進んでいく。でもリィナもどうやらエステラさんには懐いてくれたようで少し安心した。これで私も心起きなく王都へ向かえるってもんだ。
それから数日間私はエステラさんからみっちり正義作法を叩きこまれ、王都へ向かう事となる。
聖女候補生、一体どれだけの実力者がいるんだろう……でも、まっいっか。私は金貨100枚さえ貰えればいいんだ、聖女様には申し訳ないが、気楽に修行をさせてもらおう。
この時の私は自分の考えが甘かったことに気づけなかった。まさか王妃様にあのような恐ろしい事を言われるなんて。
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