第3話 聖女の力

 ソルティアル領に到着してから5日目、春先とはいえ夜は冷えるために安宿に泊まる事はさけられず、食費を切り崩しながら今日までなんとか過ごしてきたが、それもそろそろ限界を迎えていた。


 あの日、ソルティアル領着いた私たちは待合馬車の集合所からさほど遠く無い安宿で一夜を過ごした。そして翌日、朝食を終え仕事を探すついでに街を見て回ったのだが、聞いていた話とはまるで違う街並みに愕然とすることになる。

 確かに領主様は立派な方なのだろう、王都から近いこともあり治安も良く領民達の顔も非常に明るい。だけどとても栄えている、発展途上街並みとは程遠く、これなら私たちが住み慣れた宿場町の方が余程いい仕事にありつけるだろう、と思わせる程度にしか感じられなかった。

 私は慌ててその日のうちにここまで運んでもらった馬車のおじさんの元へと駆けつけたが、その時は既に王都へと向かわれたのか、馬車ごとその姿を消していた。


 騙された、私の脳裏のこの言葉が浮かんだが、今更悔やんでもどうすることもできない。今からじゃ王都へ向かう料金はとてもじゃないが足りないし、このままでは宿代だけですぐに持ち合わせは底を付いてしまう。

 私は仕方なく連日リィナを連れて仕事探しに街を歩いている。本当ならリィナは宿に残しておくべきなのだろうが、人に騙された経験がない私には見る人見る人が全て信じられず、もし宿に残しておいてリィナに何かあればと考えてしまうと、とても一人になんて出来なかったのだ。



 近くの露店から香草焼きのいい匂いが漂ってくる。リィナは口には出していないがきっとお腹が減っているはずだ。買ってあげたいが、今の持ち合わせじゃ……


「オイ、何ジロジロ見てんだ。買わねぇならとっとと彼方あっちに行きやがれ」

 露店のおじさんに邪険にされ、リィナの手を握りながらその場を去る。

 私はなんて無力なんだろう。妹を助けるつもりが私のせいで窮地にまで立たせてしまった。こんな時お母さんなら笑って切り抜けられるんだろうけど……


「アンタ、こんな子供に何酷いこと言ってるんだい」

「酷いって、こっちも商売やってるんだ。お前はすっこんどけ」

「なんだって、いつも酒場で飲んだくれては快方しているのは誰だと思ってるんだい。そんな事を言うんだったら今夜の晩飯は抜きだよ」

 やってこられたのは恰幅かっぷくのいい気の良さそうなおばさん。会話の内容からしてご夫婦のようだ。


「すみません、私がジッと眺めていたのが悪いんです。すぐに立ち去りますからどうか争いごとは」

「中々可愛らしい事を言ってくれるね、アンタ歳はいくつだい?」

「えっ、歳ですか? 私が16で妹が12ですが」

 いきなりおばさんに質問をされ、ついつい本当の年齢を答えてしまう。仕事を探すならもう少し上にサバをよんだ方がいいのだろうが、まぁ、今は仕事とは関係ないので問題はないだろう。


「まだ16かい。ちっちゃいのに偉いね、この辺じゃ見ない顔だがお使いかなんかかい?」

「それは……」

 こんな人通りのある場所で両親がいないなんて言えば、人攫ひとさらいの恰好の的になりかねない。どうも私は人に騙されやすい性格みたいだから警戒するに越した事はない。

 そんな時だった。


「どいてくれ!」

 突然後ろのほうから荷馬車がすごい勢いで押し寄せてきた。

「ヤベェ、あれは馬が暴走してるぞ!」

 誰かがそう言い放つと道路を歩いていた人は大慌てで端の方へと避難する。


「オイオイ、冗談じゃねぇぞこっちに向かってるじゃねぇか」

 見れば今まさに香草焼きの露店へ向かって押し寄せてくる。

「アンタ逃げるんだよ」

「バカ言うな、これは俺の店だ。これがなければお前達を養っていけねぇじゃねぇか」

 そう言って露店のおじさんが馬を止めようと店の前に出る。

「だからっと言って……危ない!」


 ヒィヒィン


 辺りが一瞬静まり返る。

 誰もが悲惨な惨状を目の当たりにすると覚悟をしていただろう、だけど次の瞬間その目に映るのは大地から無数の蔓が伸び、荷馬車を絡めて急停車させた光景と、馬の前に立ちふさがった私の姿。


「な、なんだいありゃ」

 誰が放った言葉か知らないが、その場にいる全員が私の方へと視線が移っている。


「蜂に刺されたんだね、ちょっと待ってね」

 私はそっと馬に話しかけ、背中の赤く膨れ上がったところに手を当て癒しの言葉を紡ぎだす。

 すると手のひらから暖かい光が溢れ出し、膨れ上がった刺され傷が綺麗に元どおりに戻っていった。


「あの、お怪我はありませんか?」

 馬車に乗っていただろう男性に声をかけ容態を確かめる。

 一応急停車で飛び出されないよう、蔓草で保護したつもりだが何処かに怪我があっては申し訳ない。馬車は急停車させたとはいえ、見た感じ荷崩れや故障箇所は見当たらないので文句は言われないだろう。


「聖女だ、聖女様だ!」

「えっ?」

 癒しの力を見たからと言って、私程度を聖女だと勘違いされても大いに困る。

 そもそも聖女様と言えばこの国のお姫様がつかれる象徴的な存在だ。現在の聖女様はご高齢だと聞いたことはあるが、それでもその力は偉大で、私よりも遥かに凄いお母さんが足元にも及ばないと仰っていた事から、私程度の力では遠く及ばない存在ではないだろうか。

 だけど私の力を間近で見た人たちは次第に騒ぎ出し、大きな騒動へと発展しつつあった。


「オイ見たか!」

「ありゃ奇跡の力だ」

「俺も初めて見るが、あれが聖女様の力か」

 各々好き勝手に言ってくれる、だから私は聖女じゃないって。


「嬢ちゃん助かったよ、さっきは悪かったな」

「あっ、いえたいした事は……あっ」

 っと、先日からろくに食べていない上、少し強い力を放出してしまったせいで足元がフラついてしまった。


 この聖女の力と呼ばれている現象は、その行使する力の量により使用者の体力を大きく消費する。癒しの奇跡の中には体力を回復するものもあるが、いかんせん、この力は私が私自身にはかけられない。

 ライムに頼めば体力を回復する事は出来るが、こんな人目のある場所で晒すわけにはいかないし、リィナに頼むにしても残念ながらこの聖女の力は使えない。


「大丈夫かい?」

「あっ、はい大丈夫です」

 こんな大勢の人前でお腹が減って倒れそうとは流石に言いずらい。これでも花も恥じらう16歳だからね。


「少し失礼します。私は旅の行商のものですが、あなたの力を人の為に役立たせるつもりはありませんか?」

「? 私の力を人の為に?」

 露店のおじさんと話しをしていたら、突然身なりのよさそうな男性が話しに割り込んできた。


「どういう事ですか?」

「あなたのその聖女の力で困っている人たちを助けるのです」

「あぁ、そう言うのは興味ないんで」

 私は人助けが出来るほど出来た人間じゃない。そもそもこちらが現在進行形で困っているのに、他人の事までかまっている暇なんて今の私達にはあるはずがない。だいたいこの力でお金を稼ごうとか有名になろうとか、そんな考えは今の私には全くない。


「なっ、何を言ってるんですか、あなたの力で多くの人たちが助かるんですよ」

「何か勘違いされているようですが、私の力なんてたかがしれてますよ? それに聖女の力だって別に珍しくも何ともないじゃないですか」

 全く何をこんな程度で驚いてるんだ、私のお母さんなんてもっと凄かったわよ。


「いや、そんな事はない。あなたの力は素晴らしい! ぜひ私に苦しむ人々を救う手助けをさせてください。もし協力させてもらえるなら其れなりの報酬も差し上げましょう」

「……報酬?」

 うっ、心が揺らぐ。お金に意地汚いとか言わないでよね、こっちはリィナの生活までかかっているんだから、少々ポリシーに反してもお金を稼げるならなんでもするつもりだ。


「そ、そうです。報酬です。もしお力をお貸しいただけるなら生活費とは別に金貨……10枚、いえ15枚差し上げます。その他にも謝礼として別に……」

「やめとけ嬢ちゃん、どうせその力を利用して荒稼ぎをするつもりだ」

 人垣の中から更に突然割り込んできた体格の良い一人の男性、年の頃は亡くなったお父さんぐらいだろうか。


「な、何だお前は! 勝手に出てきて私の邪魔をするな」

「アンタ余所者だな、悪いが俺の領内で勝手な事をしてもらっちゃ困るんだよ」

 俺の領内? 何を言って……

 私の脳裏の浮かんだ言葉は次の瞬間全てを理解させた。


「領主様だ」

「本当だクラウス様だ」

「クラウス様が来てくださったぞ」

 えっ、領主様?

 そう言えばこの領地まで運んでもらったおじさんが、領主様が平民に紛れて視察されているとか言ってたっけ。するとこの人は本物の領主様?


「な、何を証拠に。私はただ人助けですをね……」

「言い訳はいい、最近領内で怪しい勧誘をしているのは分かってるんだ」

「ま、待ってくれ。違うんだ、それに私はまだこの子に指一本触れていない」

「悪いな、怪しいと思ったら一度取り調べをする事に決めてるんだ。連れて行け」

「「はっ!」」

 男性……領主様は一言そう放つと、後ろに控えていた同じく平民の姿をした騎士であろう二人の男性が素早く怪しい男を捕まえ、人垣をかき分けながら連れて行っていく。


「よう嬢ちゃん。話しを聞きたいんだが少し時間はあるか?」

 あ、怪しい。たった今、警戒していたつもりがついつい報酬に惑わされ、再び騙されそうになったばかりだ。結果的の領主様に助けられる形になってしまったが、このまま連れて行かれたら何をされるか分かったもんじゃない。


「す、すみませんこの後用事が……」

 あっ、ダメだ足に力が。

「オイ、嬢ちゃん大丈夫か!」

「お姉ちゃん!」

 ごめんリィナ、お姉ちゃん空腹でもう意識が……


「オイ、すぐに馬車を回せ!」

「お姉ちゃん死なないで!!」

 遠くの方でリィナと領主様の声が聞こえる。

 大丈夫だよリィナ、ただの空腹だから……


 それを最後に私の意識は暗い闇の中へと沈んでいった。

 香草焼き、食べたかったな……

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