第10話 聖女の弟
「辞めた? 悪役候補生の二人が?」
翌朝の朝食、場所は王女様の寝室がある隣の部屋。
今日も朝から国王様から食事のお誘いがあるのかと身構えていたが、どうやら朝はご公務の関係でお忙しいとの事。そして昨日私たちの給仕をしてくださったメイドのお二人が運んでくださった食事を私とライムが頂いている時、今の話を聞かされた。
「ティナ様、その悪役候補生というのはちょっと」
後ろでクスクス笑うメイドさんに気を使ったのか、ラッテが私を諌めてくる。
「そうね、やっぱり意地悪候補生の方が良かったわね。正直どちらににしようか迷ってたのよ」
小さく切り分けたパンをライムに渡しながら真剣な顔つきでラッテに答える。
「いえ、そういう問題ではなくてですね」
何が不満だったのか尚も私を諌めてくるラッテ。後ろの方でお腹を抱えながら必死に笑いを堪えている二人のメイドさんの姿が見える。
「仕方ないじゃない、名乗られたんだけれど聞き流しちゃったんだから」
もはや堪えるのを諦めたのか、メイドさん達が声を出しながら笑っておられる。
「せめてそこは、聞かされてないとか覚えていない等に留めてもらった方が」
困ったようにラッテが私を諌めてくる。
「でも何で急に二人も辞めたの?」
聞かされたのは昨日のうちに悪役候補生CさんとDさんが辞退したと言う話。
「詳しくは存じませんが昨日ユフィーリア様の一件が落ち着いた後、自ら聖女候補生から辞退を申し出られたそうですよ」
笑いか脱したメイドさんの一人が、今朝仕入れた情報を丁寧に教えてくれる。
「でもCさんって病が治せるほど強い力を持ってるんでしょ? それって国からすれば結構な痛手じゃないの?」
確か病を治せると言ってたのはCさんだったはず。
ラッテはもはや諦めたのかこれ以上は何も突っ込んでくれなかった。ちょっと寂しい。
「病を治せるのは力が強い方なんですか?」
二人のメイドさんはお互いの顔を見合わせて不思議そうに表情を表している。
ん〜、聖女の力の仕組みがわからない人には説明しずらいなぁ。
「えっとね、癒しの奇跡って病の人にかけちゃうと、その病まで活性化させちゃうのよ。だからこの力では病は治せないってお母さんが言ってたんだけれど、Cさんはその病まで治せるらしいから、多分力も相当強いんだと思うよ。もぐもぐ」
うん、我ながらわかりやすい説明だ。
だけど何故かラッテを含む三人が私に悲しい視線を送ってきて。
「あのー、多分それ騙されてますよ」
「へ?」
三人を代表してラッテが私に伝えてくる。
「メイドの私がいうのも何ですが、ティナ様は騙されやすタイプではございませんか? いい意味で言うとお人好し?」
「それ褒めてないよね、いい意味でもないよね!」
うぅ、自覚があるだけに反論ができないよ。
「これは私個人の見解なのですが、恐らく聖女候補生の中で一番力を持っておられるのはティナ様だと思いますよ」
今度はメイドさんの一人が答えてくれる。
「まさかぁ、それはないと思うよ。少なくともレジーナさんは私より上だと思うけど。もぐもぐ」
何と言ってもお母さんの妹であるダニエラさんの子供であり、私と違って貴族の血を引くサラブレッドだ。そもそも王家の人間が聖女の職に付くのだって、一番血が濃いからだと言われているんだ。その為王家を継ぐ者には平民の血が入る事を激しく拒んでいると聞いた事がある。
「ん? どうしたの?」
何故か誰も反応してくれないので不思議に思い尋ねてみる。
「いえ、ティナ様から初めて聖女候補生のお名前が出たもんですからつい」
何それ、失礼じゃない。私だってその気になれば名前の一つぐらいは覚えられるわよ。一つぐらいわね。
「そうですね、レジーナ様はエルバート様のお孫さんですからね。それなりのお力を持っておられても不思議じゃありませんね」
「エルバート様? もぐもぐ」
聞いた事のない名前だ。
「エルバート様は現フランシュヴェルグ侯爵家のご当主様で、現聖女であるアリアンロッド・F・アルタイル様の弟君にあたられる方でございます」
「へぇー、聖女様の弟……」
ブフーーーーッ!
「ティ、ティナ様!?」
「どうなされましたティナ様!」
「ライム様のお召し物が、早くタオルを!」
口に食べ物が入っていたせいで大惨事となってしまった。ごめんねライム。
「今の話って本当ですか? 侯爵様が聖女様の弟って話」
大慌てで片付けてくださっているところ申し訳ないが、今とんでもない話を聞いた気がする。
フランシュヴェルグ侯爵様ってつまりは私のお爺さんよね? そのお爺さんが聖女様の弟? 何そのありえない系譜は。するとお母さんって国王様の従兄妹って事よね? うわぁー、お母さんの聖女の力が強かったのはこのせいか。
バレる、これ絶対バレる!!
一人で問答していると騎士の方が私を呼びに来られた。
「ティナ様、陛下がお呼びです」
騎士様の方をそーっと見つめながら。
「……行かなきゃダメですか?」
ちょっと期待を込めてこの場にいる全員に同意を求めるが。
「「「「ダメです」」」」
全一致で却下されました。
しくしく、もうお家に帰りたいよー。
「朝早くからすまんな、中々時間が取れなくてな」
「いえ、お気になさらず」
騎士様に連れてこられた部屋には真っ赤な絨毯が一直線に敷かれ、一段高い場所に設けられた豪華な椅子には国王様の姿。これが世に聞く玉座の間という部屋なのだろう。
さっきお祖父さんの話を聞いた後なので妙にドキドキしてしまうが、冷静に考えれば私のお母さんの名前がクラリスで、元は貴族の出身だって事も誰も知らないんだ。寧ろ迂闊に名前を出す前に気づけただけでも儲け物、このまま知らぬ存善でやり過ごせななんとかなる。それにもしバレたとしてもお爺さんと叔母さんにさえ気づかれなければ問題ないはず。うん、私ならやれる! お姉ちゃん頑張るからね。
「まずは昨日の礼を改めてさせてくれ、ユフィーリア救ってくれてありがとう」
「いえいえ、昨日もお言葉を頂きましたし、メイドの方々からもお礼の言葉をいただいておりますので」
お気持ちは嬉しいが、一国の主が平民の私に何度もお礼をするのは色々問題が出てきそうで後が怖い。ここは丁重にお断りしておこう。
「では、昨日言っておった褒賞件だが」
陛下が途中で言葉を止められると、傍に控えておられた文官っぽい男性が私のそばに寄って、トレーに載った布袋を差し出してくる。
「それだけあれば領地に残してきたと言う妹の生活の足しになるだろう。受け取ってくれ」
あぁ、そう言えば昨日そんな事言ってたっけ。すっかり忘れていたわ。
私は陛下にお礼を言ってトレーに載った布袋を受け取る。
「ありがとうございます。って重!」
思わず心の声が漏れてしまったが、予想より遥かに超えた重みだったのでここは私の気持ちを察して欲しい。ってこれ幾ら入っているのよ!
「あの、失礼ですがこれの中身全て金貨とかじゃないですよね?」
あはは、まさかねー。
「少し多めに入れさせてもらったつもりだ、足りなければ遠慮なく言ってくれ」
「いやいやいや、お肉買える程度でいいので金貨1枚もあればそれでいいんです。国民の税金をこんな形で頂くわけには行きません。そっくりお返しします」
国王様に向かって何て言い方だと自分でも思うが、これが私の素なんだから仕方がない。エステラ様の教育も余り役には立たなかったようだ。
「ふむ、欲がないのう。しかし一国の主が一度差し出したものを受け取るわけにはいかぬからな。では必要な分を取り、残りはソルティアル子爵に託すとしよう、それならばお主も納得が出来るであろう」
ん~、確かにそれならばどちらに対しても角がたたないね。
「ご配慮ありがとうございます。クラウス様でしたら領民の為に使ってくださると思いますので、それでお願い致します」
うん、それこれなら市民の血税も報われるというもの。リィナの面倒を見ていただいているし、こういう形でご恩を返しておくのも悪くないかもしれない。
「それではその様に手配しておこう」
私は皮袋から金貨を一枚取り出し、これを妹にお願いしますとだけ頼み、すべてのお金を男性に託した。
「それでは国王陛下、私は神殿の方へと戻りますのでこれで失礼いたします」
私は立ち上がり、ご挨拶を済ませ部屋から立ち去ろうとする。
「そういえばティナよ、すまんが神殿に行く前にユフィーリアの所に行ってくれまいか」
出て行こうとする私に背後から国王様が声を掛けられる。
「王女様の元にですか? 何か容態の変化でも?」
朝に一度メイドさんから様子を伺ったが、朝食もしっかり取られたそうで、特に問題は見られないという話だった。
「いや、体調の方は特別問題はでておらん。ただユフィーリアがお主に礼を言いたいと申しておってな」
「王女様が直々に? いえいえ、そんなお礼なんて必要ありませんよ。私はただ自分に与えられた役割を行っただけですし、平民の私が王女様にお目通りするなんてもっての外です」
これ以上王家の方々に関わり合いたくないってのが本音だけど、流石に口に出すのは謀れる。
「まぁそう言うな、ユフィーリアもお主に会いたがっておるし、一度部屋に顔を出してやってくれ。あの子は幼い頃から体が弱かったせいでほとんど同世代の友達がおらんのじゃ、場合によっては今日一日付き添ってもらってくれても構わんぞ。どうせ聖女である母上達が戻らぬ限り大した修行も出来ぬのだろ?」
ん〜、体が弱いせいで友達が少ないか、私ってそいう話には弱いのよねー。まぁ、少しなら話し相手ぐらいは出来るか。どうせ早く神殿に行ってもレジーナ達に虐められるだけなんだしね。
「分かりました、それでは一度お部屋を訪ねてみます」
「よろしく頼む」
そう言って今度こそ玉座の間を後にした。
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