聖女の代行、はじめました。

みるくてぃー

悲しみは出会いの始まり

第1話 始まりは残酷に

 冷たい雨が降りしきる中、大勢の街の人達に見送られながら母が旅立った。


 以前何かの書物で読んだことがあるが、生前その人物がどれだけ愛されていたかは亡くなった時に初めて分かるんだとか。

 発展途中の小さな宿場町でこれ程多くの人達が集まってくれたのは、ひとえに母がどれだけ愛されていたかを改めて実感してしまう。


 2年前、父が亡くなってからは私たち姉妹を育てる為に母は朝から夜まで、仕事に明け暮れた。もちろん私も家のお手伝いや妹の世話、近所でベビーシッターなんかをして家計を支えるために頑張っていたが、子供の仕事は学業だと言われ平民では珍しく中等部まで通わせてもらった。

 そしていよいよ恩返しが出来ると思っていた矢先、突然母が倒れ、その数日後に私たち姉妹に最後の笑顔を向けて息を引き取った。



「ティナちゃん、これから大変だろうけど頑張ってね」

「何かあったらおばちゃん達にすぐに言うんだよ」

「そうだよ、ティナちゃんもリィナちゃんもワシらの家族みたいなもんなんだから」

 母の為に集まってくれた街の人達が、私たち姉妹を励まそうと暖かな言葉をかけてくれる。

「ありがとうございます。母もこんなに大勢の人に見送られて感謝していると思います」


 埋葬が無事に終わり、お手伝いをしてくださった方々、集まってくださった方々にお礼を言い、一人また一人と帰られていく。

 やがて最後の参列者が遠く見えなくなるのを確認すると、それまで姿を隠していた手のひらサイズの四枚羽の小さな女の子が現れ、先ほど建てられたばかりの母の墓標前で立ち尽くす妹の肩に乗り、励まそうとそっと頬に手を触れる。


「ライム……」

「リィナちゃん、元気を出して」

 ライムにとってもお母さんの死は悲しいはずなのに、涙を見せないのは私同様リィナのお姉ちゃんだから。

 胸が張り裂けるような痛みを必死に我慢しているのだろう。


「リィナ、これを」

 私は生前二人でお母さんにプレゼントした手作りのペンダントをリィナに渡す。

 これはお母さんの誕生日に私たち姉妹が贈った物。お母さんは喜んで何時も大事に身につけてくれていた。


「お母さんに掛けてあげて」

 リィナは小さく頷くと母の名が刻まれた、丸太で作られた十字架の首へとかける。


「お姉ちゃん……」

「リィナ……」

「うっ、うわぁーーーーん!!」

 今までずっと我慢していたのだろう、私の胸に飛び込むと大声をあげて泣き叫ぶ。私もライムも我慢していた涙が溢れ出て、三人で一時の間泣き叫んだ。


 雨脚は次第に強くなり、私たちの声は雨音で消されていった。






 母の葬儀から数日後、いつまでもお母さんの死を悔やんでいては前へと進めない。

 もしお母さんが近くで見ているなら、私たちが泣いている姿なんてただ悲しますだけ。いつも笑顔でいっぱい、亡くなるその瞬間まで笑って私達を励ましてくれた。きっと残された私たちが心配だったに違いないのに。

 だからいつまでも泣いている訳にはいかない。私たち姉妹は今後の生活を話し合い、家事全般は妹に託し私は仕事を探すために外へと出る事を決めた。


 私達が暮らすこの街は決して大きくないとはいえ、宿場町としてそこそこ発展している途中である。少し街の中心街に行けば私が通った学校や、お店が立ち並ぶ商店街だってそれなりにあるので、えり好みさえしなければ16歳の私にだって仕事は見つかるはずだ。頑張れ私、えいえい、おー!



「お姉ちゃん朝ごはん出来たよ。ん? どうしたの?」

 気合を入れる為に、右手を上へと上げているとリィナが不思議そうに訪ねて来た。

「今日から頑張るぞって気合を入れていたのよ、お母さんも良くこうしていたじゃない」

 お母さんは私が言うのもなんだが、天真爛漫てんしんらんまんな性格だった。どんな辛い時も笑って切り抜け、最終的に全員が幸せになれる。そう思わせるだけの魅力と実力を兼ね備えた凄い人。結局色んな事を教わったが、追い付くどころか近づく事すらできなかった。

 知識、体力、魅力、ついでに癒しの力も全て。あっ、唯一勝てていたことがあったわ、お母さん料理や家事先般が苦手だったのよね。お父さんが亡くなる前までは調理場にも立たせてもらえず、亡くなってからは私とリィナが1:9……2:8ぐらいで担当していた。

「フッ、私は料理を作れないんじゃない、リィナの料理がおいしすぎるのよ」


「ティナちゃんはお料理が出来ないもんね、そんなところはお母さんにそっくりです」

 ブフッ

「ちょっ、ライム何勝手に人の思考にツッコミ入れてるのよ」

「お姉ちゃん、声が漏れてたよ」

 くっ、こんな時だと言うのに妹が可愛すぎる。


「早くご飯食べないと冷めちゃうよ」

「そうね、ありがとうリィナ」

 三人で揃って食卓に着く。

 三人と言ってもライムは机の上に陣取り、ミルクを入れるピッチャーでハチミツミルクを飲んでいるだけ。 



 コンコン

 食事が終わり、これから仕事を探しに街の中心街へと向かおうとしていた矢先、家の扉を誰かが叩く音がする。

 私はライムに姿を隠す様合図をし、玄関の方へと向かう。


 既にお気づきかもしれないが、私達の家族の一員でもあるライムは人間ではない。この地上でも珍しい精霊の一種で、本人は風の精霊だと名乗っている。

 出会いは私が5歳の頃、近所の野良猫に絡まれていたところを私が助けたのがきっかけで、それ以来家族同然で暮らしてきた。えっ、もっと神秘的な出会いじゃないのかって? そんなの知らないわよ、その時の私は精霊が貴重な存在だとか、神様の使いだとか言われているなんて全然知らなかったんだから。


 とにかく例えご近所さんでもライムの存在を知られる訳にはいかない。別に連れていかれるなんて疑っている訳ではないが、何処で噂が広がり怪しい人達を呼び寄せてしまうかもしれないので、ライムの存在は私たち家族しか知らない事になっている。


「はい、今開けますね」

 扉を開けるとそこには見知らぬ女性と付き人と思しき一人の男性が立っていた。

「あなたがクラリスの娘?」

「? はい、そうですが」

 クラリスとはお母さんの名前、するとこの人はお母さんの知り合い?

 見た目は私たち姉妹やお母さんと同じブロンドのロングヘアだが、何処となく目つきが鋭く、街ですれ違っても決して自ら声をかけようとは思わないだろう。

「私はダニエラ、貴方の母親である、クラリス・フランシュヴェルグの妹よ」

「!」


 フランシュヴェルグ、私はこの名に聞き覚えがあった。

 これはリィナも知らない話だが、私のお母さんはこの国の侯爵であるフランシュヴェルグのご令嬢。昔、知らぬ間に政略結婚を両親に仕組まれ、大慌てで家出をした事を笑いながら教えてくれた。

 これで心に決めていた人と駆け落ち、っていうのならもう少し感動のしようもあるのだが、ただ単に親の引かれたレールでつまらない人生を送るのが嫌で飛び出したのだとか。まぁ、その先でお父さんと出会い恋に落ちたのだから、結果的に良かったのかもしれないが。

 とにかくお母さんが亡くなった後に姿を現したのなら、私達姉妹を引き取るとでもいうのだろうか? できればこのままそっと見守ってくれている方が私も妹もその方が精神的にも助かるというもの。かたっ苦しい貴族の生活なんて、お母さん同様こちらから願い下げだ。


「その様子だとクラリスから聞いているのね?」

「……はい、少しだけですが」

 どんな目的であれ、こちらの情報を出しすぎて主導権を握られるのは不本意ではない。例えお母さんの妹でも、こちらは初対面なんだから偽物を名乗っている可能性だってゼロではないんだ。


「単刀直入に言うわ、今すぐこの家を出て行ってもらえるかしら?」

「……はい?」

 今この人なんて言った? この家を出ていけ?

 この家は私達家族の思い出が詰まった大切な場所だ。そもそも借家でもなければ譲り受けた物でもない。この家はお母さんとお父さんが頑張って建てた正真正銘の私達家族の家。それを出ていけ? 何を言ってるのこの人は。


「あの、それはどういう意味でしょうか?」

「何も聞いていないの? あなたの母親はフランシュヴェルグ家に借金があるの、それを返せないのならこの家を売るしかないじゃない」

「えっ?」

 借金? そんな話は聞いたことがない。そもそも家を出られてから実家とは何の連絡もしていないと聞かされていたので、どんな家族構成でどんな家だったのかさえ知らないのだ。それがいきなり出てきて家を出て行け? ふざけているわ。


「それは本当ですか? お母さんからは何も聞いていないんですが」

「それはそうでしょ? ワザワザ自分の恥を娘に話わけなんて無いでしょ」

「でしたら何か証拠を、それを見ない限りは信じられません」

 私の中で激しく警告音が鳴り響く、この人は危険だと。


「これは先日あなたの母親から届いた手紙よ」

「手紙?」

 叔母と名乗る人物から封筒ごと手紙を受け取り中身を確かめる。

 そこには自分の命はもう残されていない、勝手に家を出た身ではあるが残された娘達の事をお願いすると、お母さんの両親に当てた内容が書かれていた。

 間違いない、お母さんの字だ。多分最初に倒れた時に感じられていたんだ、だから自分の命が尽きる前に恥を忍んで私達の保護を求めて手紙を……。


「勘違いしないでよね、私もお父様もあなた達姉妹を引き取るつもりは全くないわ。当然よね、勝手に出て行った挙句、自分の都合で娘を引き取れですって? そんな都合のいい話なんて聞くわけないじゃない。クラリスが出て行ったせいで、決まりかけていた婚姻が台無しになってしまったんだから」

 叔母さんの言っている意味も確かに理解できる。貴族の事なんて何も知らないけれど、多分お母さんが出て行ったせいで相手に謝罪やなにかで大変だったに違いない。でも……。


「お母さんの気持ちはどうだったか知りませんが、私は保護してほしいとは思いませんし、今更叔母だ祖父だと言われても正直困ります。ですが、この手紙ではお母さんがお金を借りたという証拠にはなりませんよね?」

「疑り深いわね、だったらこれならどう? お金を借りる際に交わした借用書よ」

 そう言って取り出された別の封筒を受け取り、再び中身を確かめる。

 内容はこうだ


_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 借入金額 金貨100枚 

 乙は上記の金額正に借用しました。

 ついては、利息とともに〇年〇月〇日までに返済致します。

 期日よりも遅延した場合においては、遅延損害金として家の譲渡をお約束します。


 貸主(甲) ベルナード・フランシュヴェルグ

 借主(乙) クラリス・フランシュヴェルグ


_/_/_/_/_/_/_/_/_/


「金貨100枚!?」

「見て分かったでしょ」

「あっ」

 もう一度読み返そうとしいると、強引に奪い取られてしまった。


 確かに今の内容からするにお母さんはお金を借りて、返せない時は家を譲り渡すと書かれており、示された期日もとっくに過ぎている。自分の目で確かめても未だに信じられない。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか? 借用書に書かれていたお名前の方はお爺さ……いえ、お母さんの父親に当る方なのでしょうか?」

「そんなわけないじゃない、クラリスが出て行って一番怒っていらっしゃるのはお父様なのよ。仕方がないから私の旦那名義で貸してあげたのよ」

「そうですか……」

 つまりはそれほど私達家族は嫌われているんだ。だから家を取り上げる事にも何のためらいもない、悔しいがこれが現実だ。


「もし、ここに書かれている金貨100枚を返せばこの家を返してもらえますか? この家は私達家族の思い出が詰まった大事な場所なんです」

「ふざけないで、期日はとっくに過ぎているわ。それに金貨100枚なんて返す当てはあるのかしら?」

 金貨100枚なんて返す当てどころから見たことすらもない。貴族の中での価値は知らないが、平民で月に稼げるのが金貨1〜2枚、上手く大きな商会などで雇ってもらえたとしても精々金貨2〜3枚程度だろう。

 決して稼げない額では無いとはいえ、今すぐどうこう出来るような額でもない。だけど今ここで返せる当てがないと答えれば、間違いなくこの家は二度と手元に戻ることはないと断言出来る。


「あります、ただ一年だけ待ってください。一年後、金貨100枚を揃えて持ってきますので」

「一年で金貨100枚を? 嘘を言ってるんじゃないわよね」

「本当です、方法は教えられませんが、こんな小さな宿場町の一件屋を売っても金貨100枚にはならないと思いますが?」

 どうだ、返す当てなんて全くないが、こう言えば少なからずとも考える余地はあると感じてもらえるだろう。


 最近はこの街も人が多くなって来ているとは言え、それでも金貨100枚の値打ちがこの家にあるとは思えない。これが数年先なら話は変わってくるかもしれないが、現状天秤にかけるなら間違いなく金貨100枚だろう。


「いいわ、ただし期日はとっくに過ぎているんだからこの家からは出て行ってもらうわよ」

 元よりこの街にいては期日までに金貨を集める事は出来ないので、私はリィナを連れて王都へ向かおうと考えている。一年間で何としてでも金貨を集めてやるんだ。

「分かりました」

「それじゃお金の用意が出来たらここに連絡しなさい、ただし一年後の今日までに用意出来なければ此方で処分するわ」

 そう言って差し出された住所が書かれているであろう紙を受け取る。


「そうそう、期日が過ぎてから改めて買い取ろうなんて甘い考えはしないことね。私達はこのんなボロ家にはなんの興味もないの、使い道がないから一旦建物を取り壊して高級ホテルに変えるつもりよ。そうすれば少しはこの街の活性化にでも繋がるんじゃないかしら。ふふふ」

 叔母さんはそう言い残すと、付き添いの男性と共に帰られていった。


 お母さん達とも想い出が詰まった家を、高級ホテルなんかに変えられて堪るもんですか。絶対一年で金貨100を貯めてやるんだから。

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