第41話 涙は明日の為に
「おのれ!!」
「聖女様!」
「お婆様!」
崩れ落ちる聖女様を私とユフィが支えながら、ゆっくりと石畳の上へと下ろす。
同時にメルクリウス様の声と共に大勢の騎士様達が部屋に突入し、次々と対峙する黒ずくめ達を拘束、逃げ出す者には追撃を仕掛ける。
「まだ間に合うわ、ユフィ、手伝って。今なら私とあなたで助ける事が出来る」
私が傷と毒の治療をして、ユフィが体力回復を担当してくれればまだ助ける事が出来る筈。
「……ダメ……です」
だけどユフィは顔を左右に振り、カスれた声で拒否してくる。
「何言ってるのよ、ここで私たちが頑張らないと聖女様が死んじゃうのよ!」
「ダメなんです! お婆様は病に侵されているんです」
ユフィの悲痛な叫び声が辺りに響き渡る。
「……えっ、今なんて?」
聖女様が病に侵されている? それって癒しの奇跡を施せないって事じゃない。それって聖女様を助けられないって事じゃない。
「冗談でしょ? 病ってそんな素振り……」
あ、あぁ……今まで心の中で絡まっていた細い糸が解けていく。
パーティーの時、たかがお茶で咽せただけでユフィが慌てていた。
ルキナさんの力を封じる時、血を吐いて倒れられた。
一つ一つが一本の糸となって私に教えてくれる。
聖女の代行? ユフィの体が良くなるまで? そうじゃないんだ。私はここに来てようやく自分の大きな間違いに気付く。
分かっていたんだ。国王様も、王妃様も、公爵様も。みんな初めから分かっていたんだ。分かっていて私に教えてくれなかった、聖女様の命がもう長くないって事を……
「なんで、なんで教えてくれなかったのよ!」
知らされなかった、そんなの当たり前だ。私は王族でもなければ親族でもない。言わば部外者。ユフィに当たるのはお門違いだって事は分かっている。だけど……
「ユフィを……責めないであげて……ごほっ」
「聖女様」
「お婆様」
「二人とも、怪我はないわね」
「「はい」」
弱々し声だ。自分の命が尽きかけようとしているのに私たちの事を心配してくれる。
「ごめんなさいね、こんな出会い方をしなければ苦しい思いをさせずに済んだと言うのに」
違う、こんな言葉を聞きたかった訳じゃない。苦しめたかった訳じゃない。
「母上!」
「お義母様」
急いで来られたのだろう、国王様と王妃様、それにラフィン王子まで息を切らせてやって来られた。
「アルヴァン……」
「……分かりました」
聖女様と国王様がお互いを見つめ合い、全てを悟った様に騎士達とレジーナ達を全員部屋から退出させる。
「ティナ、これから母上……、いや聖女から最後の頼みがある。
掟により私たちはその場に立ち会う事が許されていない、どうか最後の言葉を聞いてやってほしい。
そしてもし願いを聞き届けてもらえるなら……いや、これは卑怯だな。無理強いをするつもりはない。辛いだろうが、どうか母上の最後を看取ってやってくれ」
それだけ言うと、私と聖女様、そして守護獣である
「ティナ、あなたに聖女の聖痕を託したいの……ごほっ。この状況で頼むのは卑怯なのかもしれないけれど、あなたに受け取ってほしい。クラリスの娘だとか、ユフィの友達とかを抜きにして、あなたは立派な聖女になれるはず。
もし私しかいないとか、使命だとか思っているのなら拒否しなさい。あなたの幸せを壊してまで受け取る必要はない。後は
なんで、なんで、こんな時だと言うにのこの人は私の事ばかり心配してくれるんだろう。答えなんてもうとっくに出ている。
「……聖女様やユフィの様に覚悟なんて私にはありません。だけどユフィは私の友達、お母さんや王妃様、それにヴィクトーリア様が守ってきたこの国が大好きです。
だから、聖女の聖痕を私に託してください」
自分で思っていたよりもすんなりと気持ちが言葉となって滑り出る。
不思議だ、自分が言った言葉だと言うのに今は妙に頼もしい。少し前の私なら拒んでいたかもしれない、いや、ただ泣いているだけかもしれない。
だけど支えてくれる人たちに出会えたお陰で私は変われた。クラウス様にエステラ様、国王様に王妃様、すぐに思いつく顔ぶれだけでも両手の数では足りないだろう。
いろんな想いが私の心を駆け巡る。お母さんの愛、王妃様の願い、ヴィクトーリア様の想い。だけどこれだけはハッキリと言える、これは私自身の心の意思だ。
「ありがとう、その笑顔……まるでクラリスが側にいてくれているみたいね……ごほっ。私の手を……」
「はい」
弱々しい聖女様の手を両手で握る。
体温が随分低くなっている、残された時間を全て私にくれているんだ。
「本当は18歳を迎えるまで1日でも長く伸ばしたかった……ごほっ。ごめんなさい、しばらくは激しい痛みを感じるかもしれないけれど……今のあなたなら……」
「大丈夫です。私は一人じゃありませんから」
大丈夫だ。ここに来る前の私なら耐えれなかったかもしれないが、今はユフィが、お爺様達が、王妃様達が私を支えてくれている。だから安心してください。
心にそう
その熱はやがて私の体全体に宿ると、今まで知りえなかった色んな知識が自然と浮かび上がる。
あぁ、そうか。歴代の聖女様達はこんな想いで代々聖痕を受け継いで来られたんだ。
暖かい、なんて暖かいんだろう。
「……どうやら聖痕もあなたを認めたようね。
「アリアンロッド、後は任せておけ」
「えぇ、何も心配していないわ。だってあのクラリスの子供なのよ。あぁ、ヴィクトーリア、クラリス、迎えに来てくれたのね。ごめんなさいヴィクトーリア、あなたを守ってあげられなくて……ごほっ。クラリス、そんな顔をしないで、ティナはもう立派な聖女よ。信じてあげて。
……あなた、お待たせしました……後は子供達が……だから……心配しないで……えぇ、ありが…とう」
その言葉を最後に笑顔のまま深い、深い眠りにつかれた。
「せいじょさま……聖女さまーーーっ!!」
この日、たった一人の少女に看取られながら、第45代目聖女、アリアンロッド・アルタイルが旅立った。
翌日、聖女アリアンロッドが亡くなった事が国民に通知された。
死因は暗殺、ユフィの時は貴族への通知のみで国民への発表はされなかったのに、今回は何故か包み隠さず発表された。
当初こそは大小の混乱を見せた王都であったが、事前に引かれていた情報操作と、新聖女の誕生のお陰で次第に落ち着きを取り戻していった。
「お姉さま、お婆様の葬儀、お疲れさまでした」
一人、アリアンロッド様が眠る棺の前にいる私にユフィが声を掛けてくる。
国中を上げての葬儀が先ほど終了し、参列した貴族たちは帰路につき、国王様達は今後の対策の為に主要貴族達と会議中。
アリアンロッド様の病状の事は主要メンバーは聞かされていたらしく、予め私が聖女を継ぐ事は予測済み。ただ、聖女が殺害された事は大きな傷跡を残してしまい、今は緊急の対策と犯人の捜査が極秘に行われている。
「ねぇユフィ、ヴィクトーリア様が亡くなった原因って……」
世間一般の認識ではヴィクトーリア様の死因は病死。今回はアリアンロッド様の死因を包み隠さず発表されたが、当初上層部は病死として発表する意見が大半を占めていた。
「……暗殺です。犯人は私を襲った黒ずくめと同じで、お婆様が不在の時を狙われたそうです」
「そう……」
アリアンロッド様が息を引き取られる寸前に言われていた。『あなたを守ってあげられなくてごめんなさい』と。あれはやはりそういう意味だったんだ。
今更隠されていた事に怒るつもりはない。今回のアリアンロッド様の死因の発表も、私は病死として告知する方へと傾いていた。
「すみません、お話できなくて」
申し訳なさそうに私へ謝罪してくるユフィ、彼女の立場なら言いたい事も簡単に口にする事が出来ないのだろう。
「ごめんね、ユフィにそんな顔をさせたくて聞いたんじゃないの。ただ、お母さんの気持ちを考えたの。
お母さん、多分自分がその場にいれば救えたかもしれない親友の死を、どう嘆かれたんだろうなって」
お母さんの力は私なんかより遥かに上だ。
もしヴィクトーリア様が襲われた現場にいれば、何がなんでも助けられたんじゃないだろうか。
「その事ですが。お母様から口止めされていることがあるんです」
「王妃様が口止め?」
「はい、聞いていただけますか?」
それって私が傷つかない為の配慮って事だろう。
あの方は何だかんだと言って、私の事を大切にしてくださっている。
「聞いてもいいのかなぁ」
「私は、聞かれた方がいいと思います。お母様には叱られるかもしれませんが」
「……分かったわ、教えてくれるかしら」
ユフィは小さく息を吐き、言葉を紡ぎだす。
「ヴィクトーリア様が襲われた時、黒ずくめは三人だったらしいです」
「三人? その数が何か変なの?」
今回は暗殺と言うより襲撃に近かった為、黒ずくめの人数も多かったのだろう。
結局襲ってきた人数は20名。そのうち
現在逃亡したとされる2名は捜索中だが、どうも神殿の一室に隠し通路があったようで、そこから侵入された為対応が後手にまわる羽目になったんだとか。
今回の襲撃で騎士団にも多少被害が出たが幸い死者はゼロ。中には毒や爆発の衝撃で瀕死の状態の者が数人いたが、全員私とユフィが治療にあたったので今はベットの上で安静にしてもらっている。
「お姉さまは私が襲われた時の様子をご存知ですか?」
「いいえ、聞いた事がないわ。一応ユフィが襲われた事は箝口令が引かれているから、聞いたらいけないんじゃないかと思って」
貴族の間では暗殺未遂と伝わっているが、ユフィが襲われた事は国民には一切伝わっていない。そもそもお城で重要人物が襲われるなど本来あってはならない事だ。
「私の時は二人だったんです。
後で詳しく聞かされたんですが、暗殺の場合失敗した時の事を考えと潜入する為のリスクを考え、対象者1人に対して2人、2人に対して3人と複数人用意するのが基本らしく……」
「それって、ヴィクトーリア様の時はもう一人ターゲットが居たって……あぁ、そういう事ね」
当時はアリアンロッド様が不在だったという話だから、ヴィクトーリア様の命を救える可能性があるのはお母さんだけだ。
「あくまでも過程の話です。ただ事件当時、クラリス様は本来いるべき場所におられずお城を出られていたそうです」
その話は王妃様から聞かされている。
あの日、お母さんはアリアンロッド様が不在を利用し、ヴィクトーリア様と王妃様に勧められるまままに、お城の外でお父さんと出会っておられた。だから事件現場に遭遇しなかったんだ。
「それが分かったのはクラリス様が王都を出られた後。
ヴィクトーリア様の死後クラリス様の重要性は一気に上がったそうで、すぐに捜索隊が組まれたのですが、もし連れ戻してもまた暗殺の可能性が拭えない状況では返って危険ではないかという話になり、捜索は断念されたそうです」
当時の様子が脳裏に鮮明に浮かび上がる。
あぁ、これはアリアンロッド様の記憶だろう。王妃様の悲痛な顔が鮮明に浮かんでくる。
「ありがとう、包み隠さず話してくれて。
私ね、ユフィに謝りたい事あるんだ」
「謝りたい事? 私にですか?」
ずっと心に溜め込んでいた事。部外者でもある私が、聖女の力を受け取る為だとはいえ、アリアンロッド様の最後を独占してしまった事に。
ユフィが王妃様に口止めされていた事まで包み隠さず話してくれた。だから私も隠している気持ちを全てぶちまけよう。
「ごめんなさい、ユフィの方がアリアンロッド様の死が辛いだろうに、私が最後の一秒まで奪ってしまって」
辛かっただろう、悲しかっただろう。最後の時を看取る事さえ出来なかったユフィの気持ちを考えると、私はある意味幸せだったんだと思う。
アリアンロッド様が息を引き取った後に出会ったユフィは、目を真っ赤にしながら私に「お婆様の最後を看取って頂いてありがとう」と笑顔で言ってくれたんだ。
「……」
「ごめんね、もう泣かないって決めたんだけど」
ここに来て大粒の涙が止まる事なく溢れ出してくる
「……本当ですよ、私だって我慢してるんですよ。それなのに先にお姉さまが涙を流されるなんてずるいです。
私だって本当はお婆様の最後の時まで側に居たかったのに……」
「ごめん、ありがとう」
アリアンロッド様の最後を独占してしまった事による謝罪と、本当の気持ちを教えてくれた事によるお礼。
どちらからともなく自然とお互いの体を引き寄せ、強く、強く抱き合い……泣いた。子供のように大声を上げて泣き続けた。
「「うあぁぁぁーーーん」」
ごめんお母さん、今だけだから、明日からちゃんと笑うから。だから、だから今だけは……
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