第25話 どんな茶番ですか!
「まぁ、それではこの子はクラリスの娘なのね」
叔母が小さな声で答えた内容を、白々しく大声で集まっていた人達に言い聞かせるイシュタルテ公爵様……ってをい! あんたら全員初めから知ってたでしょ!!
周りの人たちからザワザワと、色んな話し声聞こえて来る
「まぁ、あのクラリス様のお子様?」
「クラリス様と言えばヴィクトーリア様やラーナ王妃様と共に聖女候補生だったお方か」
「クラリス様は確かフランシュヴェルグ侯爵様のご令嬢だったはず」
「それじゃこの方は次期ご当主の?」
流石お母さんと言うべきなのだろうか。元聖女候補生の一人で、侯爵家のご令嬢、その上家出をしたという話しはさぞ暇を弄ぶ貴婦人の茶会に華を咲かした事だろう。
領地に篭られているクラウス様ですら、お爺様がお母さんに爵位を譲るために現役を貫いていると知っているぐらいなので、噂話が大好きなご婦人たちが知らないはずがないだろう。
叔母もこうなる事が分かっていたから言い出せなかったのだ。
「……で、その続きは?」
「えっ?」
「その続きを話しなさいと言ったのよ」
困惑する叔母に対して無情な言葉で畳み掛けるイシュタルテ公爵様。だけど叔母は本当に何の事を言っているかが分からないのか、只々自分に集まる視線に怯えるだけ。
「母親が誰かは分かったわ、それじゃ父親は誰なの?」
ブフッ、ちょっ、それをこの場で問いただす!?
「ち、父親? し、知りませんわ。この子の父親の事までは手紙に書かれて……っ」
イシュタルテ公爵様に問い詰められ、これ以上何も知らないとでも言いたかったのだろう。しかし何故か話の途中で言葉を詰まらせてしまう。
確かにあの手紙は私も見ているから叔母さんがお父さんの事を知るはずがない。
「ダニエラ、今手紙と言ったな。それはなんの事だ?」
「そ、それは……」
叔母さんの口から出た言葉にお爺様が敏感に反応される。
あれ、お爺様が手紙の事を知らない? するとやっぱり王妃様やクラウス様が言っていたことはすべて本当で、お爺様達は今まで私たち姉妹の存在すら知らなかったって事? それじゃお母さんが借りたという金貨100枚の借用書は?
「今更隠し立てができると思っているとは、全くおめでたいわね。まぁ、いいわ。この話しはゆっくり後で聞かせてもらいましょう」
口ごもる叔母に対してイシュタルテ公爵様が話しを先延ばそうとされる。その真意は恐らく一族の問題を公の場で出すべきではないとのご配慮からだろう。
そして、叔母がお父さんの事を知らないと感じたイシュタルテ公爵様は、あろうことか私に向かって父親の名前を訪ねてきた。
「お、お父さんの名前ですか? えっと、ここで言うべきなのでしょうか……?」
いやいや、もうこれ以上目立ちたくないんですが!
だけど無情にもイシュタルテ公爵様は……
「ふふふ、答えなさい」
ひ、ひぃ
顔は笑っているが、全然笑っている感じがしない笑みで睨まれてはただおびえる事しか出来ず……結局うっすら涙を浮かべながら喋らされました。ぐすん
「では弟の娘だというのか!」
私からお父さんの名前を聞いたアシュタロテ公爵様が、これまた今初めて聞いたって感じで大袈裟にあたりに言い聞かせるよう大声で叫ぶ。
アンタら、絶対王妃様から話し聞いてるよね!
お母さんの……侯爵家の血を引いている分かっただけでも大層な騒ぎだったのに、この上更に公爵家の血を引いているを知った周りの人たちが、今日一番大きなざわめきを引き起こす。
それはそうだろう、王妃様の話ではヴィクトーリア様の死がきっかけで二人は一度は別れ、その後お父さんは行方をくらませたお母さんを追って行方不明。それがどんな巡り合わせか、再び二人は出会い結ばれていたと聞けば、私だってあっち側に加わってキャーキャー言いたい気分になる。
「まさか……レナード様のお子様?」
「な、なんだそれは、聞いてないぞそんな話し」
この場でたった二人だけ、別の意味で驚愕する叔母と叔父。
もしお爺様達が私の存在を知らなかった場合、叔母夫婦は公爵家の血を引きし者を落とし入れた事になってしまう。爵位の低い者がより高い爵位の者を愚弄するなど言語道断、こんな子供でもわかる構図を叔母達が知らないはずもないだろう。
今の話しから考えるにお母さんからの手紙をお爺様に元に届く寸前に、叔母が何らかの方法で盗み取ったのではないだろうか。
私が叔母に家を奪われ、借金を返すためにここにいる事までは王妃様にも話していない。するとこれは叔母夫婦の独断で、しかもお爺様が何も知らないとなるとあの金貨100枚の借用書までもが疑問に上がってしまう。
叔母からすれば上位貴族である公爵家の血を引きし私を騙し、尚且つ住んでいた家まで奪い取ってしまった。流石にこれがバレればタダでは済まないのではないだろうか。
「話は終わったかしら?」
再び人垣が二つに割れ、優雅にこちらに向かって来られるのは国王陛下と王妃様。
「お騒がせして申し訳ございません」
お爺様が代表で臣下の礼を取りながら国王様と王妃様に向けて謝罪される。
「構わん、聖女候補生であるティナは現在我が国が預かりし者。この度の騒ぎは全員不問とする」
国王陛下の言葉に、周りの人たちが称賛と喝采を浴びせて来る。
一体どこからが仕組まれたことで、何処までの人を巻き込んでいるのだろう。
こっそり王妃様の様子を伺うも、ただこちらを見てニコニコされているのみで、全くその心情が読み取れない。
「ティナ、まずはそのドレスを着替えて来なさい」
王妃様に言われ、倒れる際にスカートの裾を踏みつけて破れてしまった事を思い出す。幸い中に履いているクリノリンのお陰もあって素足までは見えていないが、それでもこの姿は恥ずかしい。
「歩けるか?」
お父さんに似たアシュタロテ公爵様が、私の様子を見て容態を訪ねて来る。
さっきからずっと動けずにユフィに支えられているからね、心配してくださったのだろう。
「すみません、足を挫いたようでどなたかに肩を貸して頂ければ歩けると思うのですが」
いくらお父さんのお兄さんとはいえ、相手はこの国の公爵様。おいそれと本人に肩を貸してくれとは言えないし、体の弱いユフィにこのまま連れて行ってくれとも言えない。
ここはメイドさんか警護の騎士様にお願いをして連れ出してもらうのが最善だろう。
だけど私の浅はかな考えは一人の男性によって一瞬でもみ消される。
「私が連れて行きます」
そう言って誰の許可も出ないまま軽々と私を抱きかかえて連れ出そうとするラフィン様、って!
「きゃっ」
一瞬の出来事で、急に体が宙に浮いたと思ったらそのまま横に倒され、ラフィン様の両腕にすっぽり抱きかかえられてしまう私。
周りから若い女性達の悲鳴が痛いように私に突き刺さる。
って何レジーナまで一緒に悲鳴を上げてるのよ!
「お兄様、私の部屋へ」
「あぁ、分かった」
それだけ言い残し、ユフィに先導されながらラフィン様に抱きかかえられた私達は三人仲良く会場を後にした。
「ごめんね、ユフィにドレスまで借りちゃって」
あのままラフィン様にお姫様抱っこされながらユフィの部屋まで連れ込まれた後、癒しの奇跡で捻挫を直してもらいただいま新しいドレスにお着替え中。
本当はこのまま退場したい気分なのだが、パーティーはまだ始まったばかりの上、この後聖女候補生の紹介や私を推薦してくださったクラウス様との挨拶回りがまっている。だけどそれ以上に気になるのがお爺様とお祖母様の存在。
さっきの話で大まかな状況は把握できたが、直接本人から本当の事を聞かないことにはどうにも落ち着かない。それに叔母の事だって……今更すべてが嘘だったとしても恨むという気持ちはさほど起きないが、それでも一発ぐらいグーパンチで殴る程度は許されるだろう。
とにかくこれで私たちの暮らしていた家が戻って来るんだと思うと、今は少しで早く会場へと戻りたい。
「よくお似合いですよお姉さま」
「うん、ありがとう」
プロのメイドさんズかかればあっと言う間にお着替え完了。
お化粧や髪型は崩れていないからね。少し髪飾りを変えただけではそれほど時間はかかっていない。
因みに私をここへ運んでくださったラフィン様は一足先に会場へと戻っていただいた。さすがにレディのお着替えを待って頂くわけにもいかないし、このまま部屋の中に居てもらう訳にもいかない。何だか少し寂しそうな表情をされていたがユフィとメイドさんズに追い出されるよう、戻って行かれた。
「ねぇ、気のせいかもしれないけどこのドレス、妙に私の体にピッタリなんだけど」
ドレスは基本あらかじめ出来ているセルドレスと、その人物に合わせて作るオーダードレスの二種類がある。
前者でも一応サイズ調整が出来る『くわえ』の部分が用意されているが、それでもウエストやバストなど全てに対応できる訳ではなく、ビスチェで強制的に締め付けるのが基本とされている。
一方オーダードレスはセルドレスに比べて費用も手間も大きく掛かるのだが、着る人に合わせて作られているためビスチェで締め付ける必要がなく、着ていてもさほど苦しくない。
先ほどまで私が来ていたドレスはエステラ様のお古を頂いたものなので、どちらかと言えばセルドレスに近く、ラッテや私付きのメイドさんズにビスチェで締め上げられていたが、今着ているのは何故かビスチェから全て新品に変えられ、ドレス自体も妙に真新しい。
そして何より着ていても全く苦しくなく、スカート丈も低いヒールを履いてぴったりの長さ。こんな事って普通ある?
「あぁ、それはお母様が今日のために用意してくださったお姉さまのドレスですよ」
ブフッ
「ちょ、なんで王妃様が私のドレスを用意なさっているのよ。そもそもいつ私のサイズ測ったのよ!」
ユフィがさも当然のように言ってくるけど、これも立派な血税よね!? そらぁ、王族が暮らすための費用も用意されてるんだろうけど、私は部外者なんだから喜んでもらう訳にはいかない。
「大丈夫ですよお姉さま、かかった費用はお城で働いて返せばいいからってお母様がおっしゃっていましたよ」
「うをい! それ、どんな押し売りよ」
「うふふ、冗談です。お姉さまが逃げ出すような事があればこう言うように言われてただけです」
お、王妃様……。やっぱりあの人には勝てる気がしない。
私とユフィのやりとりを見ていたメイドさん達はにこやかに見守っているが、当事者である私は気が気じゃない。あの王妃様ならやり兼ねそうで妙に怖いんですが。
「さぁ、皆さんがお待ちですよ。お姉さま」
「もういいわ、私としても此処まで来たら早くスッキリしたいからね」
何だか王妃様の手のひらで踊らされているような気分だが、此処まで来たらもう引き返す事は出来ないだろう。どうやらお爺様もお婆様も悪い人ではなさそうだし、両親を亡くした私達姉妹にとって祖父母の存在はやっぱり大きい。
私は覚悟を決めて再び会場へと向かうのだった。
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