第16話 ほんわり幸せな結末!?
「500年後の世界では、人が空を飛べるようになり、新大陸まで一日で行けるようになっている」
謎の未来世界について淡々と語られる。が……。
「ちょっと待って下さい、主人公の法学者スレイマンはどうなったのですか」
「ああ、勿論死んでいる」
スレイマンはあっさりと答えた。
「では、500年後の世界では一体何が……」
「ん、ちょっとした法改正だ。法学者スレイマンの定めた法がいくつか残っていたのだが、その最後のものが改正され、新たな法によって上書きされるという、ほんわり幸せな結末だ」
「え……ちょっと待って下さい。法学者スレイマンの法律は、上書きされてなくなってしまうということですよね?」
「ああ。500年後の人々は言うのだ。“法学者スレイマンは優れた法解釈を行った。しかし、時代が変わったから解釈を変えねばな”と。ちょっとほんわりするだろう?」
「いや、よくわかりません。何でそこでほんわりするのですか……」
「…ん? もしや、この話、わかりにくい?」
スレイマンは残念そうに言った。
「いや、起こっていることはわかるのですが、ほんわり幸せになる意味がわかりません」
普通、自分の作った法律が上書きされて消えてしまえば寂しいとか、悔しいとか、そういう感情になるだろう。
「うーん、では逆に不幸の方を考えてみよう。法学者スレイマンの法が、500年経っても一言一句変わらず用いられていたら、500年後の人は幸せだろうか? 我々だって、500年前の人が決めたことを文字通りに守って生きているか?」
「いえ……それは変わらなければ不幸ですね」
「偶像崇拝、というのはイスラームにおいて、いや、キリスト教においてもだが、最大級の禁忌だろう。結局何が偶像崇拝なのかというと……」
スレイマンは頷きながら、小難しい話を始めた。
イブラヒムは少し眠くなりかけたが、次の言葉ではっと目が覚めた。
「神ではないものを神であると思い込んで崇めること」
確かに。偶像崇拝とは端的に言うとそういうことだろう。
スレイマンの説明は大概が冗長だが、時々明確だ。
だが、何なのだ?
「この場合、法学者スレイマンの“解釈”を神の言葉か、普遍の真理のように人々が思い込んでしまったらそれは偶像崇拝で、そなたも予想するように不幸な世界になるだろう。だが、この物語の500年後の人々は、法学者スレイマンの法が、“解釈”にすぎないことを知っていて、また新たに解釈しなおしている。ほんわり幸せではないか」
「ああ、なるほど……」
理屈ではわかった。
だがやはり自分はほんわり幸せにはなれない。
自分のしたことは、評価され続けていてほしい。
上書きなどされたくない。
「スレイマン様って……意外と大人ですね」
実につまらない言葉しか出てこなかったことが悔しい。
自分はもっと大人になっても、自分の事績が上書きされて、ほんわり幸せになどなれない。
「ふふふ、そうだろう。あ……だが」
得意になったかと思えば、スレイマンは真っ青になって首を振った。
「駄目だ、駄目だ、やはり私は駄目長官だ……」
一体、どうしたというのだ…。
駄目長官だとは思わないが、落ち着きがないのは間違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます