第12話 校則をつくる人になりたい

 *


「……それで、スレイマン様……今、何時かわかっておられますか……」

 流石に眠気を覚えながらイブラヒムがつぶやいた。

「さあ……時計は庁舎にしかないから正確にはわからんが、空が心持ち明るんできたな……」

 無言でため息をつくイブラヒムに、スレイマンは悪戯っぽい笑顔を向けた。


「校則違反だな」


 何がそんなに嬉しいのか…とも思うが、やはり、校則は違反するからこそ楽しい、と無茶をした近習学校時代を思い出し、イブラヒムもつられて笑った。


「ええ……それにしても上官を題材にした恋愛物語を作っていて徹夜したなど、叱られるを通り越して呆れられるところですね」

「ふふ、そうだな。だが、ここは学校ではなく、長官は私だ。問題ない」

 一晩かけたこともあって、登場人物や背景の設定がおおかたできたことにスレイマンは満足げだ。

「設定さえできれば私は割と筆が速い。近日中に仕上げられる」


「仕上げられるって……物書きが本業のようですね、スレイマン様」

「いやいや、だからあくまで趣味だと言っている。仕事もあるし、勉強もしなければ」

「勉強?行政官としてのですか?」

 そう。県知事とは地方行政官であり、本来物語を書いて徹夜をすべき立場ではない。

 スレイマンは少し困ったように笑った。


「うーん……そうだな……。私は行政官なのだな。今までも、これからも」

 スレイマンは少し残念そうに言った。

「行政官であることに不満ですか?」


 イブラヒムのような奴隷は武官と行政官に分かれる。

 武官も近衛兵イェニチェリとして地位も栄誉もあるものだが、やはり宮廷小姓から行政官、やがてはその頂点である大宰相を目指すという、イブラヒム自身が辿っているような道こそが花形だ。行政官のことを不満そうに言われると、流石にいい気はしない。


「いや、そういうわけでもないのだが、私は、どちらかと言えば…」

 少し考えて、スレイマンは翆色の目でイブラヒムをまっすぐに見た。


「校則をつくる人になりたい」


「……は?」

 またしても意味不明な言葉に、イブラヒムは眠気が醒めた。

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