第11話 「恋愛禁止」の理由

「しかし、それはそこまで問題なのか?敵国の者を愛するのではなく、自分と同じく皇帝陛下に命を捧げることを誓った同胞だろう。愛し合う者同士が助け合えば帝国の強固な盾となるのでは」


 スレイマンのその言い分もわかる。古代ギリシアのテーバイという国は、そうした「愛し合う男たち」の絆を、強固な軍隊へと変えていった。


「理論上はそうと言えるかもしれませんが、現実には問題が生じています」

「どのような」

「例えば、恋人が遠地に転任になったとします。その時に残された者はどうすると思いますか」

 スレイマンはしばし考えた。


「そうだな……私なら……昼も夜も泣くかもしれない。寝不足で頭がぼんやりしたり、書類の清書中に涙がこぼれたり、そもそも内容を間違えたり……ん?何だその目は……そういうことではないのか?」


「それもそれで問題ですが、もっと問題なのは、贈収賄の問題です」

「贈収賄……」

「恋人と同じ任地への配属を望み、高官に賄賂を送るということがよくあるのです。これはあってはならない不正でしょう」

「……その発想はなかった……。だが、その通りだな」


「ですから、恋愛とは何かと言われると難しいのですが、少なくとも近習学校においては、ある者を皇帝陛下以上に愛おしく思い、それを行動に示してしまうことを指しておりました」


 行動に示す――そこには贈収賄の意味だけではなく、イスラーム法で禁じられている男色行為が含まれているということは、世間知らずなスレイマンにもわかったらしい。少し顔を赤らめながら続けた。


「だが、イスラーム法にも抵触せず、国法にも抵触しない範囲なら?それでも罰せられるのか?」

「ええ。国家の重責を担う身ですから、親密な関係が徒党を組む行為と見做されかねません。例えば人の部屋に泊まって二人だけで過ごしたりするのは、それが情欲を伴うものでなくとも、罰を与えられました。密室で何が起こっているかは外からは判断できませんから、誤解を生むような行動自体を慎めということです」

「なるほど……一般社会の基準よりも厳しめ、か」


「そうです。奴隷であり特権階級であるという特殊な身の上で、しかも教育現場である以上仕方のないことかと」

 ただ、実際に処罰を受けるのは力のない下級生ばかりで、本人が皇帝陛下のお覚えめでたい小姓であったり、相手が高官だったりする場合は黙認されているという現実については、如何なものかといつも思ってきた。


「……なあ、イブラヒム。これからそなたの部屋に行ってもいいか?」

「は?……何故ですか」

 今、部屋で二人きりになるだけで罰せられる話をしたところではないか。


「ほら、我々がここでずっと話していると食堂の者が片付けられず迷惑している」

 そうやって下働きの者にまで気遣うところが、王族としては珍しい。

 まあ、もう少し早く気付いてもよかったものだが。


「……確かに、もう何時間もここにいますから……しかしまだ喋り足りないのですか……」

 トルコの男は朝から晩まで喋っても飽き足らぬと言うが、血統的には殆どトルコの血を引かないスレイマンも、そういうところはやはりトルコ人だ、とイブラヒムはスレイマンの金色の髪を見ながら思った。

(まあ、それは私も同じことか)

 茶に砂糖をたっぷりと入れて、男だけでたわいもない話を何時間も続ける-こんなことはどこで身につけたのだろう。


「で、私の部屋で何を話されたいのですか……」

「信仰に違わぬ汚れなき愛、厳格な校則、そして我らの憧れの州知事様……この三点について突き詰めたら面白い話になると思わないか?」

「は……?先ほどの創作の話がまだ続いているのですか?」


「当然だ。今の校則の話を聞いたらますますやる気が出てきた。障害があるほど盛り上がるものだ」

 スレイマンは上官を主人公に物語を書くことに、ますます意欲を見せている。

「……憧れの人というのはそのように扱うものなのですか……」

「幸いここは近習学校ではない。そなたの部屋で語り合っても問題ないな?」

「はあ……」


 確かにここは近習学校ではないから処罰はされない。

 だが、やはり自分には「部屋で二人きりになること」を「禁じられた関係への誘い」と変換してしまう、近習学校時代の思考回路が修正できない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る