第3話 原作を読まずに二次創作を検閲する

 二枚目までを読み終えて、イブラヒムはふっと笑った。そういうことで半年も返信を迷っていたのか。まるで姉妹のような内容ではないか。


「なるほど、ここまでが手紙の本文。そして、この後の三十枚ほどが……」

 スレイマンはがばりと顔を上げて制した。

「もう、いいだろう。後は女子供向けの駄文だ。女子供というより、身内向けだから……」

「でも、世の中にはそう見せて政権批判をしたり、謀反を企てる人もいますから……」

「私がそんなことをするように見えるか!?」

「さあ……とにかく読んで判断しなければ」

 そう言いながらも、イブラヒムの視線は原稿ではなく、涙目になっている作者本人から離れなかった。


「……何だ……」

「……いえ。初めてお会いした頃はもっと官僚的な方だと思ったので」

「ただの官僚だ……」

 そう言ってまた机に顔を伏せてしまったが、耳が真っ赤だ。


「“原作”を読んでいないので何とも言えませんが、これを読む限り、良い男ですね、バラーシュ」

 読み終えたイブラヒムがそう言うと、スレイマンははっと顔を上げた。

「だろう?偶然助けてしまった敵国の女にここまでするなど、なかなかないだろう」

「ええ。それでいて、主君への忠節は曲げない……だから、“結ばれる”結末は悲恋になるのですね」

「……悲恋では駄目か?」

「え?」

「いや、大団円でないと受け付けない読者というのがいるだろう。私やハディージェは悲しい話も好きだからいいのだが……」

「私もいいと思いますよ。この流れで大団円は無理があるでしょう」

「……よかった」


「こういうのを書いていると馬鹿にされるかと思ったが、お前が真面目に反応してくれて、結末まで受け入れてくれて、なんだか今日は眠れないかもしれない」

「何故ですか、そこは“安心して眠れる”ではないのですか」

「そうなのだが、お前のことを考えると、嬉しくて眠れない」

 弾けるような笑顔でそう言われ、イブラヒムの方が赤面してしまった。


「……どうした?」

「いえ……。では、配達の手配をしてきますね」

「よろしく」

「はい」

 スレイマンの手の甲に軽く口付け、部屋を出ようとしたイブラヒムだったが、ふと振り返って言った。

「知事、私は書記であり監視役ではありますが」

 一瞬、そこで言葉を止めたイブラヒムをスレイマンは怪訝そうに見た。


「あなたの物語の読者であってもかまいませんか?」

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