第5話 趣味は趣味だが全力で書きたい

 スレイマンはくすくすと笑った。


「書き物は趣味だ。だって、生活がかかってくると売れるものを書こうとして、本当に書きたいものが書けなくなる。だが、趣味であっても全力を注ぐのが私のやり方だ。というわけで」

 にやりと笑ってイブラヒムの瞳をのぞき込んだ。


「そなたの恋愛話を聞きたい。今後の創作の参考に」

「は……?」

「その美貌で十七年も宮廷にいたのだから、そうした話の一つや二つはあるだろう?」

「いえ、まず、十年です。七歳から十七歳まで」


「ああ、そうだったな。では聞こう。物語の男女の出会いは様々な小道具や小細工を使って、これでもかというほど焦らし合って親密度を上げていくが、実際そうしたものか?」

 畳みかけるように聞くスレイマンに、イブラヒムは若干たじろいだ。

 そもそも何故紙と筆を構えているのか。


「いや、多分普通の男女は勝手に出会ったりせず、親が決めた相手と結婚の時に初めて出会うものだと思うのですが」

「多分という口調からするとそなたにもそういう経験はないのか」

「ええ。宮廷というのは男女の区分が厳格ですから。私の育った内廷は男と宦官しかおりません」

 イブラヒムの言葉に、スレイマンは少し落胆したように言った。


「そういうものなのか。だが」

 少し安心したように付け加えた。

「そなたも私と似たようなものか」

 イブラヒムは無言で曖昧に笑った。

 女性と付き合ったことがないということと、恋愛経験がないことは同義ではないのだが。

 そう言うと追及されそうでまた面倒だ。


「無理に人の経験談など借りずとも、スレイマン様が経験されたことを通して紡がれる話を、読みたいと思っていますよ、私は」

 こういう言葉を計算し尽くした笑顔で言うのは小細工や小道具の部類だろう。

 イブラヒムの思惑通り、スレイマンは少し頬を赤らめてうなずいた。

「ああ、そうだったな。未熟かつ無粋なことを言ってすまない」

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