第18話 一緒に面白い注釈書を読みたい

「ちょっと待て、何故そうなる!?」

 スレイマンは毛を逆立てた猫のように警戒心を露わにして抗議した。


「何故……とは。スレイマン様から好意を示され、私もスレイマン様に好意を持っているからこうなるのでは……?」

 少なくとも、近習学校の生徒同士ではそうだった。

 当然、「校則違反」ではあるし、イスラーム法に照らし合わせても「合法ハラール」という結論は出ない。

 だが、少なくとも、それは「普通によくある違法行為ハラーム」であった。


「違うだろう。普通に考えて、私がそなたへの思いを巡って葛藤しているのだから、そなたは私に内緒でイスタンブルの大きな書店に行き、法学の注釈書を買ってくるのだ。そして、“スレイマン様、面白い注釈書を見つけました、一緒に読みましょう”とか、そういうことを言うものだろう!? それをそれを、いきなり、このような情欲をかき立てるような行為に及ぶとは……」


 ……いきなり情欲をかき立てるような行為に及んだことは性急だったと認める。

 だが、スレイマンの求めているような状況は、普通に考えて普通ではないだろう。


(そもそも“面白い注釈書”という範疇のものは、私にはない……)

 成績こそ良かったものの、特にイスラーム法や神学に関心が高かったわけではない。


「申しわけございません、スレイマン様。私には当分イスタンブルに行く予定もございませんし、行ったとしても、“面白い注釈書”を見つけてくる自信がありません。どうすれば、許して頂けますか?」


「反省しているか?」

「はい」

「……それで、そなたも私のことが好きなのか?」

「はい、多分」

「多分、とは何だ」

「いえ、ですから、スレイマン様同様、私も葛藤しておりまして……」


 スレイマンの言う、神学的な葛藤とは違う。

 大宰相様から監視役を仰せつかっているのに、こんなことになってしまっていいのだろうか、という実に現実的な葛藤だ。


「わかった。ならば先ほどのことは許そう。その代わり……」

 言いながら“先ほどのこと”を思い出して、スレイマンは再び顔を赤らめたが、毅然とした口調で続けた。


「これから毎日、仕事の後、共に聖典コーランを講読しよう」


「……はい!?」

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