第15話 雑で地味な物語の行方

「時はヒジュラ暦920年、帝都イスタンブル」


 スレイマンは物語の舞台を語り始めた。


「920年……とは5年後ですか」

「ああ。スレイマンという没落貴族の息子がイスタンブル大学に入学するところから始まる」


 そうか。この物語はスレイマンの「やりたいこと」……つまり、「法学者になりたい」という理由を説明するものだ。


「イスタンブル大学に、行きたいのですか」

「うん、学校に行きたい」


「学校に行きたい」を何度も繰り返すスレイマンだが、イスタンブル大学とは。

 東ローマ帝国時代にはコンスタンティノープル大学と言われた帝国の最高学府だ。

 ただし、近習学校のように、それが将来の出世に直結するような種類の学校ではない。

 あくまでも学問としての探究を重んじる、そういう機関だ。


「スレイマンは大学でイスラーム法を学びながら、いろいろなことを体験する。いや、今即興で考えているから具体的な話は何もできていないのだが……そう、一つは恋愛。これは入れたいな」

「また男ばかりの学校で恋愛ですか」

 何かに目覚めさせてしまっただろうか、とイブラヒムは苦笑した。


「近習学校の場合、既に決められた“校則”の中での葛藤だ。だが、イスラーム法を学び、法学者となる青年にとっては違う。自分の想いが、行いが、イスラーム法に照らし合わせて正しいことなのかを、“解釈”しなければならないという苦悩がある。そして、苦悩は物語になる」


「なるほど。相手もイスラーム法を学ぶ学生ですか」

「多分そうなる……いや、あえて違う世界の方が面白いか?そのあたりは、その道に詳しいそなたからの情報を得てから考えるとしよう」

 その道に詳しいとは何を指しているのか……イブラヒムは敢えて聞かなかった。


「そんなこんなでいろいろあった末、スレイマンはそれなりの法学者となり、その判決文ファトワーのいくつかは法律として採用される」

「なかなかに雑な説明ですが、めでたい話ですね。そこで終わりですか?」


「いや。それから500年の時が過ぎる」

「500年!?」

 雑で地味な粗筋からの飛躍にイブラヒムは声が裏返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る