昇り竜

中日は勢いよく飛び出した。4月を12勝4敗。うち完投勝利が7試合。投手陣は左腕の松本幸行、先発と救援をフル回転した星野仙一を中心に三沢淳、稲葉光雄らが獅子奮迅の活躍を見せる。だが、5月以降になると疲れが見えはじめて、6月4、6日の阪神戦では松本、星野がKOされて2試合で19失点をするという始末であった。

この危機を救ったのが打撃陣であった。6月15日から5連勝(1分け)、28日さら6連勝して3位から2位に上がった。

後半戦になると、10連覇を狙う巨人が首位に躍り出てきた。しかし、中日には松本、星野に続く若い芽が出てきた。2年目の鈴木孝政と、左腕の竹田和史である。後半戦だけで鈴木孝政は星野仙一を助けるリリーフで35試合に登板して4勝、竹田は両刀で29試合に登板して5勝を挙げた。

そして、巨人、阪神にピッタリと着いた状態で迎えた9月3日の広島戦で代打・飯田幸夫が満塁サヨナラホームランをかっ飛ばして巨人と同率首位に、その直後のヤクルトに3連勝して単独首位に躍り出たのだ。この3連勝を含めて7連勝、広島に1つ負けたあと6連勝して、10月11日のヤクルト戦。


11日の試合は、8回まで1点差で負けていた。 その9回二死後、高木守道が同点タイムリーを放って3対3の9回引き分けに持ち込んだ。登板した投手8人。ベンチ入りした25選手全員が出場するという与那嶺要監督の執念の采配であった。


そしてマジックを2として10月12日の大洋とのダブルヘッダーを迎える。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いいか!なんとしてもこのダブルヘッダーは勝って目の前での優勝は阻止するぞ!!」


雨が降りしきる試合前のベンチで宮崎剛監督がゲキを飛ばす。目の前での胴上げほど選手にとって屈辱的なことはない。少年は張り詰めた雰囲気のベンチを見て、優勝がかかった試合の緊張感というものを肌で感じていた。


「この試合・・絶対に負けられない試合なんだね・・どの選手も一段と真剣な顔をしてる・・・あ、平松さん!1戦目頑張ってくださいね!」


「あぁ坊主!任せとけ!絶対オレたちの前で優勝なんてさせないからな!」


第1戦の先発を任されたエース平松政次が背番号27を揺らして、マウンドへと向かう。しかし、優勝に燃える龍たちが平松のカミソリシュートを噛み砕いていく。2-9と大きく大差をつけられて大敗。

そして、第2試合。中日のマウンドには“燃える男"星野仙一が立ちはだかる。シーズンを通して投げ続けた男の肩はすでに限界に達していた。しかし、「必ず巨人を倒して優勝するのだ!」という気迫が大洋打線を封じ混んでいく。

2-6と4点ビハインドで迎えた9回表。ナゴヤ球場が静寂に包まれる。3万人の観衆が待ちに待った20年ぶりのリーグ優勝に向けて、マウンドの星野の一挙手一投足に固唾を飲んで注目する。


そして・・最終打者山下大輔を迎えて・・


ー20年ぶりの優勝はもうそこです!ピッチャーの星野、顔色ひとつ変えず第2球を投げました!山下インコース打った!三塁ライナー!中日優勝!!やりました!巨人10連覇ならず!!ー


大洋ホエールズは20年間、画竜点睛を欠いた中日ドラゴンズの最期の一筆を下ろさせてしまった。歓喜に燃える中日ナイン、狂喜乱舞するナゴヤ球場の中日ファン。大洋ナインはその様子を唇を噛んで呆然と見つめる。

「これが優勝なのか・・」と少年の心には羨望の気持ちと目の前で優勝を飾られた悔しさが交錯する。必ず来年こそは川崎球場で胴上げを。少年は心に誓った。


しかし、その中日20年ぶりの優勝の喜びをかき消すようなニュースが日本中を駆け巡る。


「大変だぁー!!大変だぁー!!」


「どうしたの山下くん?そんなに血相変えて・・」


「ハァ・・ハァ・・長嶋さんが・・引退するそうだ!!」


「え・・・!?長嶋さんが・・引退・・!?」

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