ベースボールから野球へ

この惑星にヒト(Homo sapiens)と呼ばれる生き物が約何十億匹も生息している。そして、大変高い知能を備え、彼等はそれを駆使してこの惑星に550万年以上も間、厚顔無恥にも君臨してきた。

また、高度な文明社会を形成する中で、ヒトは直接的な闘争から次第に遠ざかり、様々な擬似的な闘争を作り出した。

それがスポーツと呼ばれるものである。そして、そのスポーツの中でも特にヒトを惹きつけて止まないものがある。


野球、またの名をベースボールと呼ばれるスポーツである。


ベースボールは2つのチームに分かれ、球と棒を用いて攻撃と守備を繰りして勝敗を競うヒトらしく小難しいスポーツである。

起源は明らかになっていないが、イギリスという国にあった球技「タウンボール」がイギリス系移民によってアメリカという国に持ち込まれた後に発展していったと言われている。

そして、1869年には世界最初のプロ球団であるシンシナティ・レッドストッキングスが設立。さらに、1871 年には世界最初のプロリーグであるナショナル・アソシエーションが設立される。しかし、これは5年後に破綻して、1876年にはこれを引き継ぐ形でナショナルリーグが設立され、メジャーリーグベースボールが成立した。


そして、それと時を同じくするように、そのアメリカとやらの国と友好状態にあった日本という国にベースボールが伝わった。

日本という国は長い長い鎖国状態を終えて、やっとアメリカやイギリスの文化を盛んに取り入れる時代にさしかかっていた。そんな絶好のタイミングで来日したホーレス・ウィルソンという教師が、勉強の息抜きに生徒に教えたスポーツこそ日本の”野球”の始まりである。


古来より、日本のヒト達は個人よりも集団を重要視して、密接で複雑な社会集団を作る傾向があった。1つの成果のためには老若男女問わず自己を犠牲にして奉仕する。その一人一人の民草の心がこの日本という国を存続させてきた所以でもあった。

それが野球という高度で緻密なスポーツと日本人の文化と思想に大変マッチしていたのである。日本には「武道」という種々な格闘技があるが、そこには内省的な精神性が要求される。

「武」という文字には「矛を止める」という意味があり、己の心の中にある暴力性を抑えて精神力を涵養していく道こそが「武道」なのである。それを日本の人々は野球にも当てはめて「野球道」として、武道と同様にそこに崇高な哲学があると捉えていたのだ。


ウィルソンが日本へ野球を広めてから7年後の1878年には日本初の本格的野球チーム「新橋アスレチック倶楽部」が設立され、横浜の外人クラブと対戦して連勝。時は「欧米列強に追いつけ、追い越せ」と呼ばれていた時代であり、日本のヒト達は鬼の首を取ったような喜びようで野球人気をますます加速していった。


また、早稲田大学、慶應義塾大学のいわゆる「早慶戦」が1906年に開催されたが、過剰なまでの盛り上がりを見せた。

そのあまりの野球熱の高まりに国内では「野球害悪論」までとなえる者まで出るまでになったが、その熱気は収まることはなかった。そこで1915年には大阪朝日新聞社主催のもと「全国中等学校野球大会(現:全国高等学校野球選手権大会)を実施することになった。


そして、日本にもついにプロ野球リーグ日本職業野球連盟が1936年に誕生する。

東京巨人軍、大阪タイガース、名古屋軍、東京セネタース、阪急軍、大東京軍、名古屋金鯱軍の7球団によるリーグ戦が開始。翌年には後楽園イーグルス、その翌年には南海軍を加えて9球団で全国津々浦々で試合を開催して日本中を盛り上げた。


しかし・・そんな野球もヒトの最も下等で野蛮な行為により存在を脅かされるようになる。


「戦争」だ。


1941年12月8日には太平洋戦争が勃発。野球という素晴らしいスポーツを伝えてくれたアメリカと命の奪い合いをせねばならなくなる。

次第に戦局は悪化し、1944年には日本野球報国会と名を改め、平日は軍事高揚の労働に当て、週末中心に開催した。しかし、同年夏季リーグ戦を最後に公式戦を中止。

そして、1945年8月15日。日本はアメリカに無条件降伏をし、敗戦する。


しかし、1945年11月23日には焼け跡だらけの東京でプロ野球は再開される。人々は空に舞う白球に歓呼の声の上げて喜ぶ。それまでは爆弾や銃弾が飛び交い、空は絶望の対象でしかなかったものが一気に歓喜の対象に変化したのである。

そこからプロ野球は一気に国民的な娯楽としてその地位を確立し始める。戦争の心の傷跡を埋めるかのように国民はプロ野球に熱中した。そして、次第に新規参入を表明する企業が相次ぐようになる。


そして、そこに手を挙げる1人の男がいた。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る