カクテル光線に照らされて

「頑張れ〜!松原さ〜ん!!打て〜!」


少年の可愛らしい声援が川崎球場にこだまする。客もまばらなスタンドからはニッカポッカを履いた男たちが酒臭い野次を打席の松原に飛ばす。


「おい松原〜〜!!なんで子どもをベンチに置いてんだよ!まさか隠し子かっ?(笑)いや〜わかるぜ!“アレ”と野球とビールは生が良いからなぁ〜!!ハッハッハッハ!!」


少年はスタンドからの声に反応して、なにやら怪訝な表情を浮かべる。


「うん?アレ・・?ねぇねぇ、宮崎監督〜、アレってなんのことですか?」

「いや・・それはだな・・あ〜〜・・そうだ!刺身だよ刺身!刺身はやっぱりで新鮮な奴の方が美味しいしな!」

「あ〜、お刺身のことなんですか〜!そうですよね〜お魚はやっぱり新鮮な方が美味しいですもんね〜」


宮崎監督がバツが悪そうに引きつった笑顔を少年に向けたその時である。

カキーーーーーン!!

松原誠の打った打球が高々とアーチを描く。カクテル光線の光と重なり、少年の視界から打球が消える。そして、次の瞬間、レフトスタンドの長椅子に打球が当たる衝突音で少年は松原誠がホームランを打ったのだと気づく。


「わぁぁ!すごい!ホームランだっ!松原さんさすがだぁ!!」


悠々とダイヤモンドを一周する背番号25を少年は羨望の眼差しで見つめる。そして、ホームインする松原にハイタッチをした男が打席に入る。タテガミを生やしたその風貌で相手投手に襲いかからんばかりに鋭い眼光を飛ばす。「ライオン丸」ジョン・シピンである。


「頑張れ頑張れシ〜ピ〜ン!!」


カキーーーーーン!!


「わぁぁ!すごいすごい!また打った!!」


物凄い打球音と共に球場内にシピンの咆哮が響き渡る。強肩の大型二塁手として、迫力のある打撃で大洋ホエールズを牽引する彼は今年から採用された「湘南カラー」のユニフォームが一段とよく似合った。

彼はダイヤモンドを一周すると手荒いハイタッチをチームメイトと交わし、少年の元に近づいてくる。


「シピン、ナイスホームラン!!」


「アリガトウ、ボウヤ!!ユー ノ 応援ノオカゲダゼ!!」


少年が激励の言葉を送ると、シピンは彼の頭をワシワシと撫でて感謝の気持ちを伝える。


「きっとこれだけのバッターがたくさんいれば優勝できる!」


そう少年はベンチの中で密かに思うのであった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

順風満帆に思えたシーズン。

しかし、野球は打つだけでは勝つことが出来ない・・。その事が如実に現れたのが1974年の大洋ホエールズであった。

打撃10傑に松原誠、シピン、中塚政幸、江藤愼一。規定打席に達しなかったが、.356を打った2年目の長崎慶一もいて、チーム打率.265はリーグ1位。28盗塁の中塚政幸は盗塁王。ボイヤーとシピンのコンビの併殺プレーは大いに観客を沸かせた。しかし、頼みの投手陣は打った分だけ打たれてチーム防御率4.28はリーグワースト1位。


投打のバランスが噛み合ってこそチームの強さというものは発揮される。少年は大洋ホエールズの球団マスコットになってはじめてのシーズンを、55勝72敗6引き分けの5位という結果で終える。

しかし、少年の得たものはこのような結果ではなかった。この年のプロ野球は大きな転換期にあたるシーズンであったと言われるほどにたくさんのドラマを含んでいたのである。


それは10月12日の中日球場での中日球場ドラゴンズとのダブルヘッダーでの話であった。


続く。

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