波乱の趨勢
ついに1974年のシーズンが幕を開ける。
少年にとっては初めて迎えるシーズンとあって感慨深いものに感じられた。チームカラーを一新した今シーズン、草薙キャンプで流した汗と涙はどのように活きてくるのか、少年は期待と不安に胸を膨らませていた。
そして、開幕から1勝1引き分けとして、4月10日巨人戦で本拠地開幕戦を迎えることになる。少年は初めての川崎球場での公式戦とあって並々ならぬ緊張が身体を巡っていた。
その時である。グラウンドで選手たちの試合前の練習を見守る少年に後ろから声をかける者がいた。
「あ、もしもし。ちょっといいですか?」
少年は突如、自分を呼ぶ声にびっくりしたのか、余裕のない表情で背後を振り返る。
「は、はい!」
「あ〜、驚かせてしまってすまなかった。僕はジャビット!この読売巨人軍のマスコットをさせてもらっている者だ!」
巨人軍のマスコットでジャビットと名乗る男は少年に向けて、敵意ではなく行為を秘めた笑顔で向かっていく。
「やぁ〜、球団マスコットも最近認知されるようにはなったが、まさか大洋ホエールズがそれを採用するなんて僕は思わなかったものでね。本当に君がきてくれると知った時は嬉しかったよ!!
「あ、ありがとうございます!え〜っと、ジャビットさんはずっと昔からジャイアンツで球団マスコットをされているんですか?」
「そうだね・・僕が巨人軍のマスコットになったのは長嶋くんが巨人軍入団が決まった昭和32年の秋頃だった。それからだからもう結構長いこと球団マスコットをさせてもらってるよ。」
「すごいですね〜!じゃあ長いジャイアンツの歴史をたくさん知っているってことですよね〜!僕は今年からだからジャビットさんにはプロ野球のことをたくさん教えてほしいなぁ〜とおもいます!」
少年はジャビットへ羨望と尊敬の念を込めた眼差しをぶつける。
1934年に創設されてから約40年間、プロ野球界の常に先頭に立って君臨してきた読売巨人軍の球団マスコットは新米マスコットにとっては雲の上のような存在だ。
「ハッハッハッ!よしてくれ!僕だって毎日が勉強さ。それに今年は我が巨人軍は例年よりもさらに厳しい戦いが予測されるだろうしね・・」
「え・・!?だって去年まで9連覇の凄い記録を作ったじゃないですか。それでも厳しいんですか?」
「それがプロ野球なんだ。去年いくら優勝しようが、少しでも気を緩めれば最下位に転落する。そういう厳しい環境の中で我々は闘っているんだよ。」
1973年、読売巨人軍は前人未到の9年連続日本一を達成した。しかし、それはクリーンアップを打っていた王貞治、長嶋茂雄だけの活躍ではない。柴田勲、土井正三、末次民夫、黒江透修、高田繁、森昌彦をはじめとする野手陣。そして、堀内恒夫、高橋一三、城之内邦雄らの投手陣。
その全ての選手たちが「勝つためにどうしたら良いのか」ということを粉骨砕身で考えてきた結果である。そして、それらのその選手たちを上手く起用し、栄光の巨人黄金時代を築き上げた川上哲治監督は「哲のカーテン」と呼ばれるほど徹底した情報管理と厳しい練習を課した賜物である。
「そんなに・・・厳しい世界なんですか・・!
「あぁ、そういう世界なんだ。だから君も常に挑戦するという気持ちを捨てちゃいけないぞ!」
「はい!今シーズンからどうかよろしくお願いします!」
2人はお互いの健闘を祈りながら固い握手を交わす。この1974年はプロ野球の歴史を見る中でも、まさに転換地点であったと言っても過言ではない。
当時のことを、ジャビットだったおじいちゃんジャビットは後にこう語る。
「あの子が大洋ホエールズにマスコットとして入団した時、今年はなにかあるなとうすうす感じてはいましたなぁー・・。だが、本当にあんなにいっぺんに物事が急速に動いたシーズンは無かったかもしれない。」
そして、激動の1974年のシーズンが幕を開けた。
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