お茶とみかん

1974年2月、静岡の草薙球場には決意を新たに春季キャンプに臨む大洋戦士たちがいた。前年度は5位と不本意な成績に沈んだだけに、選手たちの想いはひとしおであった。

しかし、今年はどうも円陣の中にプロ野球選手とは思えないほど小さな選手がいた。そのあまりの不適格な存在に、選手たちもその”小さな選手”に対して怪訝そうな表情を浮かべている。

そして、そんな選手たちに対して、宮崎剛監督は笑顔を浮かべながら”小さな選手”を紹介する。


「え〜っとだな、昨今はただチームが勝つだけではファンの心をつかむことが難しい時代にさしかかっている。そこで1つ、ウチにもマスコットなる者を採用して球場を多いに盛り上げてくれることになった。」


「はじめまして、僕のことは「坊や」とか「坊主」とかなんでも好きなように呼んでください!これから川崎球場を盛り上げられるように頑張りたいと思います!よろしくお願いします!」


少年は緊張しながらも選手たちの前でハキハキとした口調で自己紹介する。それに対して選手たちは、「よろしくな坊主!」とか「しっかりやるんだぞ!」という荒っぽくもあるが暖かく受け入れようという気持ちが芽生えていた。

しかし、選手たちを怪訝な表情にする要因がもう一つあったのである。


「ちょっと宮崎さん!なんですかこの派手でパジャマみたいなユニフォームはっ!こんな締まりの悪いものを着て戦えと言うのですか!」


エース平松政次が宮崎監督に向かって食ってかかる。それもそのはずである。今年から大洋ホエールズは、それまでの白を基調としたオレンジや黒の字体でクラシックで趣のあるユニフォームから、オレンジと緑を基調した派手なユニフォームに変更されたからである。

これには誇り高いエース平松政次ものっぴきならない。そして、それに呼応したのか周りからは「ユニフォームを前のに戻してくれ」、「こんなの着て野球なんて出来ない」という声もちらほら聞こえた。しかし、そんな選手たちの不平不満を切り裂くように投手コーチの秋山登が口を開く。


「これを発案したのはこの私だ。君たち、この静岡の名産品と言えばなんだ!平松くん!」


「え・・?お茶ですか?」


「そうだ、お茶だ!お茶と言えば緑だな!そして、もう一つあるだろう!松原くん!」


「あ〜〜・・静岡と言えば・・みかんですかね!静岡のみかんは甘過ぎず程よい酸味があって癖になるんですよね〜〜!」


「その通りだ、みかんだ!みかんと言えばオレンジだ!私たちホエールズはいつも川崎で野球をしているが、毎年この草薙球場で流した汗と涙が血肉となってシーズンを戦い抜くことが出来るということを忘れてはならない!このユニフォームに関しては中部オーナーも了承済みだ!」


寡黙で真面目な秋山登が珍しく語気を強めて選手たちにこのユニフォームのコンセプトを説明する。しかし、中にはそれでも納得しない選手もいた。


「ですが秋山さん・・さすがにこの色は・・・」


すると、少年がやや緊張した面持ちで恐る恐る言葉を絞り出す。


「えっとですね・・このユニフォームにしたのにはあともう一つ理由があるんです・・。昨年の大リーグのワールドチャンピオンがどこの球団であったかみなさんは知っていますよね?」


選手たちは昨年のワールドチャンピオンを思い出すと口々に「オークランドアスレチックス」と答えた。


「はい、オークランドアスレチックスです!その強いアスレチックスのユニフォームも実はオレンジと緑なんです!だから僕たちもこのユニフォームにしたっていうことをちょっと前に知りました・・」


その言葉を聞いて選手たちの表情からは怒りや不満は少し和らぎ「強いアスレチックスと同じユニフォームなら・・」という気持ちが芽生えたのであった。

そして、宮崎剛監督は選手たちが納得してくれたと感じると安堵の表情を浮かながら声を張り上げる。


「では今年はこのメンバーで戦い抜く!みんな安心しろ!強くなればそのユニフォームもかっこよくなっていくさ!みんなでこのユニフォームをカッコよくしてやろうではないか!」


こうして、新たにホエールズ坊やを加えた新生大洋ホエールズは鬨の声を、立春のこの草薙球場であげるのであった。



続く

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