第5話

「お別れでもしますか?」

 タムリの声が頭の中で回っている。目の前にある焦げた塊がマッチャなのか。


 アトラムでは処刑にグレードがある。サイやオウムはゾウが頭を踏み潰し、クマ・トラは同じ種族の牙を首の後ろに打ち込む。それ以下は斬首の後に食料になる。ネズミは処刑方法すら決められていない。

 大抵の場合は消毒や掃除の手間も考えて火を点ける。それも生きたままだ。檻の中にいるネズミに油をかけ、火を点けることで汚らわしい存在が浄化される。そんな神聖な炎がマッチャを小汚い消し炭に変えた。銃で撃たれた死体、爆弾でバラバラになった死体、体に火を点け抗議を行った僧侶の死体。部外者として死には常に物語性を感じていた。

 湧き上がる思いは部外者ではいられなくなったことの証左だ。基本的に死は確率だ。私もベトナムで死んでいた。だが、それは私が死ぬ場所に赴いたからだ。私は仕事柄確率を上げた。

 しかしマッチャはどうだったのだろうか。何度も橋の下に通う内にあっちこっちでネズミが死んでいるのを見た。遊びで、食欲で、病気で、ある程度死ぬ確率が高い場所に住んでいたのだからしょうがないのかもしれない。しかしマッチャの死は私が引き起こしてしまった。今日の話し合いでは何が待っているのか?マッチャの件で責任を取らされるのだろうか?こんな時にまで保身を最初に考えてしまうのは国民性か?いや、性格だ。俯瞰で、他人でいたいと願うのが私の本質なのだ。


 俯いてただ歩く。広間に着くといつも通りの景色。周りの獣を注意深く観察しているが、私を見ている獣はいない。忙しそうに紙代わりの革にハンコを押すサイ。大きな身振り手振りで話し合うクマ。死ぬのは回避できた安堵と自分への嫌気が同時にやってくる。

 いつものように地面が揺れると王のお出ましだ。

「昨夜は色々とあったようだな?」

 鼻をフラフラと動かしながら話す。少しの沈黙。王は大きな果物を1つ2つと口に運ぶ。

「ネズミもやるじゃないか。なあ諸君?」

 気まずい沈黙が続く。耳障りな咀嚼音が広間に響く。

「ヌーエに派兵する獣はネズミに決めた」

 クマが驚き咽ながら立ち上がる。

「何をおっしゃいますか。クマ、オオカミ、イヌ、どれもすぐに動ける状態です!」

「それは分かってる。兵士が行けば話も早いだろう。しかし、ヌーエは大きな島だ。かなりの兵力が必要になるな?」

「ですが……戦えるのですか?」

「まず戦いが起こるのか分からんのだ。と言うか起こらない確率が高い。サイは船で近付いて壁に祈りを捧げたりしてるよな?」

 促されるようにサイが話す。強面のサイとは違う神官かそれに近い仕事をしているサイだ。

「そうですな。古文書に書かれている通り神聖なので……そこまで近くには行かないですが」

「何かいたか?」

「遠くてなんとも」

「いたのかと聞いている」

「……何も確認できませんでした」

「だろ?だからクマやオオカミが行ってもしょうがないんだ」

 王が鼻で木の実を持ち上げ口に運ぶ。今度はコリコリと小気味の良い音が響く。

「王よ、先程も言いましたが我々クマをはじめ、多くの兵は戦う準備ができています」

「二度言わせるのか?昨夜火を点けたのはネズミでベージがそそのかした。ベージはネズミを使うだろう。使うさ。何しろ数が多いし見分けもつかん。昨日はやられたな。まさかネズミがこんなことをするとは思わなかった。だからまずネズミを5万頭ほど上陸させる。その後で兵士だ。ネズミだけだと作戦もへったくれもないだろ? オオカミとイヌがいくらか付いていって指揮をとれ」

「ですが……5万もいると指揮が…」

「残った兵はベージ狩りに力を入れろ。よし、戦争だ。国民には話を大きくして伝えろ。ああ、ネズミにもこれが上手く行けば名前をやると伝えとけ」

「良いのですか?」

「良いよ。ネズミが火を点けた。もうベージはネズミに入り込んでいるだろう。終わった後は適当な理由で反故にする。完璧だ」

 クマは憮然とした顔で座る。タムリは多少ホッとしているようだ。場が緩み各々が話をはじめる。

「嬉しそうだね」

「やはり死にたくはないですしね。でもネズミを扱えるのか……」

「どう言うことだ?」

「言うとおりに動く頭は無いでしょう」

「ネズミを下に見すぎだよ」

「ミチアキは買い被りすぎですよ」

 王が鼻で机をトントンと叩く。全員話を止めて王を注視する。 

「アトラム全土からネズミを集めろ。働き口が無いからくだらない活動に身を投じる。どんどん船を作れ。武器を作れ。食い物を作れ。ネズミを神聖な戦士にして差し上げろ」

 地図が広げられ作戦会議がはじまった。王は上陸作戦にはさほど興味がないのか去っていく。

「5万と言ってたが……タムリ、どう思う?お前は偵察とか上陸の専門家だろ」

 軍でもエライ方に入ると思われるクマ。王と話していたスヴァロ・ペコ・ガネリが問う。

「5万でしょう?例え巨大なトカゲやヘビがいても勝てますよ。犠牲さえ気にしなければ」

「まあそうだな……船で上陸するが作戦はどうする?」

「大規模過ぎてなんとも。王はいつも突然ですね」

「俺の爺さんが言うには前王は良かったらしいがな」

「嘆いてもしょうがないですね。チート、空から見た時はどんな感じでした?」

「そうねえ。普通に砂浜があって、すぐに森ね。特に変わった感じじゃなかったから覚えてないんだけど…最近は行ってないし、私が見たのも40年程前よ?」

「オウムは長生きですね……」

 ヌーエは地図を見る限り大きい。アトラムの広さやこの地図の縮尺は分からないが、なんとなくの雰囲気としてはアトラムを本州とするならヌーエは四国ほどの大きさだ。地図を良く見ると森を越えた辺りに文字の書き込み。読めないがこれが聖壁なのだろうか。

「ミチアキ! お前さんも兵なんだろ? 何かないのか?」

 地図を見る。大量の兵を投入する奪還作戦。ノルマンディー上陸作戦の写真が頭に浮かぶ。こんな事ならもっと歴史を勉強すべきだった。

「数カ所に分散して上陸するのはどうでしょうか……」

「どういうことだ?」

 サイが私の横に座る。左にサイ。右にオオカミ。前にクマ。そして私はヒトデナシ。高まる戦闘への熱気でマッチャを頭から追いやっている。異世界の戦争を記憶したいと楽しんでしまっている。

「もし敵がいるとしたら分散する方が良いです。こっちは5万頭いますし敵の守りも分散させられます」

 地図の周りにいるクマ、トラ、オオカミ、イヌが私を見ている。上陸して戦う経験がないのだろうか?海戦の強い国に生まれた私がここにいるのは何かの縁かもしれない。

「何を当たり前のことを言ってるのだ?」

「もう少し変わった案がでると思ったが……」

「まあ、ミチアキの世界もアトラムも同じってことですよ。もしかしたら違う島がミチアキの故郷なのかもしれませんね」

 その後、私が口を挟むことはなかった。


「今日はこのくらいにするか。出発はまだ先だ。我々も職人達と交渉だ。普段ならサルの仕事だが少しでも早いほうが良い」

 ガネリがそう言いタムリが頷く。三々五々と去っていく兵を見送る。タムリとバナも挨拶をして帰った。私はやっと落ち着いて地図を見る。その時、1頭のイヌが話しかけてきた長い毛に右目と右耳が無いのが特徴的なイヌ。セッタ・ウヴァル・アウー。王宮内でたまに話をするイヌだ。たしか3兄弟。アウー、タウー、マウーの3頭が兵としてアトラムに尽くしている。

「不思議だな」

「何がですか?」

「あんたが来てから全部が変わった気がする」

「偶然でしょう」

 アウーはぼんやりと地図を見ている。地図の上は船を表す石で埋め尽くされている。地図を見つめ、石を弄びながらアウーが話す。

「悪いって訳じゃないよ。やっと仕事ができるしな。もうベージの相手は飽きた」

「今まで戦いは少なかったのですか?」

「今も南方じゃゲッカニアとやりあってる。とは言え一方的な虐殺に近いな。もちろんアトラム優勢さ」

「加勢には行かないのですか?」

「あんな小さな戦いには俺は行かねえよ。でもなあ……」

 アウーは早口で語りはじめた。国を左右する戦いがいつ起こるかわからないと言われながら何も起こっていない現状。やっと大きな戦いが起こると思ったのに、実際はプロパガンダのための戦争だと知ってがっかりだとウンヌンカンヌン。

「あんたはタムリ様と一緒にいられて羨ましいな」

「様って、タムリはそんなに偉いのですか?」

「オオカミだしな。イヌの俺とは生まれも違うよ。それに強い」

 アウーの話によると、タムリは上陸・潜入・暗殺を主に活動する部隊の隊長らしい。チームはいくつかに分かれていて、オオカミの上にはクマがいる。タムリは能力の高さからガネリとも対等に付き合う。ゲッカニアとの小競り合いにも良く参加し、単独で大将のクビを持ってきたりもする。普段の優しそうな雰囲気からは想像もできない。

「俺らが出る時は敵とぶつかり合う時さ。イヌは群れで動いて敵とぶつかる。ある程度敵を減らしてからオオカミが大将を狙うんだ」

「クマは?」

「イヌやオオカミじゃ中々殺せない大きなトカゲとかと戦う」

「トラは?」

「トラは守りの兵だ。自分の陣地を守るのが仕事だな」

 戦闘の話をするのが好きらしい。兵隊には多いタイプだ。私が世話になっていた米兵の中にもこんなタイプがいた。何もかもが違う世界で妙な懐かしさと落ち着きを感じている。

「いつ戻るんだ?」

「部屋にですか?そろそろ戻ろうかと」

「あんたの国にさ」

「国……」

「俺らはあんたの事をちゃんと教えてもらってないんだが、違う所から来たんだろ? 家族はいるのか?」

 アウーの尻尾がゆっくりと揺れ、私の心も揺さぶられる。私はいつまでここにいるのだろうか。この戦争に付いていけば元の世界に帰れる道筋が見えるかも知れない。ベトナムでは今でも兵が飯にニョクマムをかけ、鉛弾によって風穴を開けられているのか?それとも全て終わったのか?ニュースでは私の事が報道されているのだろうか?

「帰れるのですかね」

「ここに来たんだろ?だったら帰れるんじゃないのか?」

 そう言って歯を見えて笑うアウーに少し救われる。

「あんた、橋の下に良く行ってたんだよな?」

「ええ」

「明日暇か?テンが出ている内に一緒に行こうぜ。あいつらがどこまで使えるのかを知っておきたい。よろしくな」

 そう言ってアウーは大きなアクビと伸びをして自分の寝床に戻っていった。広間には私が1人。咳払いをすると響き渡る。1人ではあるが孤独ではない。そう考えながら私も寝床に戻った。

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