第2話
目を覚ました時はふかふかの布団の中にいた。布団の中には綿花をちぎってそのまま放り込んだような丸い綿が詰まっている。ピッヤシャマと日本人である私には中々発音しにくい名前の花だ。ピは「ピ」と発音した後に「ッヤ」と急いで言わなければいけない。ピヤッシャマと言ってしまうとそれはズベ公と同じ意味になってしまうと後に聞いた。
周りを見ると石を積み上げて作った部屋が目に入る。恰幅の良いゾウの絵が飾られ、ベッドの横のテーブルには注ぎ口が妙に長い水差しが置いてある。気配を感じ後方に目を向けると『のらくろ』と薄い緑のローブを纏うサルが椅子に座っていた。失神する前のやり取りは夢ではない。そして全裸になっている事に気が付いた私は初夜の緊張を隠せない新妻のようにシーツを手繰り寄せる。
「お目覚めですか?」
「ここは……?」
「全く、長く生きてるとおもしれえな」
サルがヒッヒッヒと笑いながら立ち上がる。手が膝辺りにくるまで長い。チンパンジーのような見た目だが、体格はオランウータンのようにどっしりとしている。
「お前さん何者だ? タムリから聞いたが全く要領を得ねえ」
「……飯沼です。飯沼道明」
「イイヌマ・イイヌマ・ミチアキ…イイヌマって部族も村も聞いたことねえな」
「あなたは……サルですか?」
そういうと歯をむき出した笑顔で手を打つ。
「サルは分かるか? じゃああいつは?」
「イヌ?」
「オオカミです」
動物園で聞いたことがあるホッホッホと激しく鳴く声が聞こえた。サルが歯茎を出しながら笑っている。
「イヌだってよ! ワンワンワン!」
表情を曇らせるオオカミに笑顔のサル。何もかもがわからずに口を開けたまま話せないニンゲン。
「お前さんおもしれえな。俺はバナ。タタ・ワキナグリ・バナだ。タタが族名。サルの中のタタ族だ。ワキナグリが村名、ここから東に数日歩いて行けばある。そこで生まれてバナって意味さ」
「はあ……」
「しかし……お前さんが持ってたこれはなんだ?王宮の中だから荷物を改めたが、見たことが無いものばかりだ」
そう言って顎で示す先を見ると私が持っていた荷物がキレイに並べられていた。そこにはボールペン、手帳、カメラ、ふりかけ、タバコ、ライター、そして手榴弾がある。もっと色々と入れていたはずだがどこかにいってしまったらしい。まだふらつく頭のまま立ち上がるとタムリが肩を貸してくれた。実家で飼っていたイヌの香りがする。
「これは筆記具か?」
「これは……ボールペン」
「似たのはある。ほら」
ローブに付いたポケットからチョークのような物を出す。しかしどうして私はこの獣たちと対等に話ができているのだろうか。そんな不思議も生命のやり取りをしていた事に比べたら小さく感じる。結局ニンゲンは狭い世界の中しか認知できないのだ。
「これは手帳……文字を書いたりする。これはカメラ」
「はじめて見ますね。武器ですか?」
タムリが手を伸ばして珍しそうに触る。
「写真……いや……絵を描く機械だ」
「キカイ?筆記具に絵を描く何か。画家ですか?」
「私は……記者だ」
「キシャ?」
「物語を書く。世界で何が起こっているのかを書いていた」
「カーシミッドか? お前、オウムじゃないだろうが」
「オウム? トリの?」
「まあ良い。文化が違うとこうも変わるか。あとこれだ。なんだこれは?」
そう言ってサルが手榴弾に手を伸ばす。
「あ! 駄目です! それだけはダメです!」
ピンを抜かれたら大変だ。ふらつく足で奪い返し大切に握りしめる。
「丸い……それに小さな入れ物だが手が込んでる。祈りの道具か?」
手榴弾は殺戮の道具だ。殺すために使われる。そんな道具に対して『祈りの道具』と感じた彼らの感受性に驚く。「死んで欲しい」と思い投げる手榴弾はある意味で祈りを形にする神機かもしれない。「これは爆発し、その破片や衝撃で敵を殺す」と伝えたら私はどうなるのか?友好的に接している獣だが私を敵だと感じたらバラバラにするだろう。混乱する頭に残った一抹の冷静さが私に嘘を吐かせた。
「そうです……祈りの……信じる物の形です」
そう言うとバナは申し訳なさそうに謝罪してくれた。この世界にも宗教があり、それを尊ぶ精神がある。仏教と共産ゲリラが批判し合う世界ではない。信じる物を信じられる世界なのだ。
「まだ起きたばかりで質問攻めもアレか。王がお前に興味を持っている。準備をしたらまた呼びに来る。悪いがそれまでここでおとなしくしてくれや」
「私も離れますが、逃げようなんて思わないでくださいね。あなたみたいな特徴的な匂いの獣が逃げてもすぐに見つけられますがね。お水は好きに飲んでください。何を食べるか分からないから果物を置いておきます。あと……用便は砂を使いますか?」
「砂…? 砂にやって……砂を掛けて?」
「我々と同じですね。少し安心しましたよ。では後ほど」
現実が周回遅れで頭の中を回っている。2人が立ち去り閉められたドアを触る。分厚い木製のドアだ。金属か何かで加工もされている。押すと少し開いたので外の様子を見る。目の前には長い廊下が広がっていた。天井は高く、まさに城といった感じだ。横を見ると中華包丁に似た剣を持ったイヌが立っている。尻尾がゆっくり動いている所を見ると私に興味を持っているのか。
「あの……」
「何も答えられない。さあ、戻って」
剣を手に言葉を発するイヌに恐怖を覚え部屋に戻る。冷静に部屋を見回すとどうにも文化的だ。さっきまで気が付かなかったが窓がある。ガラスが嵌め込まれている訳ではなく、薄い木が何枚も角度を付けて張り合わされ、日の光をうまく遮られるようになっている。観音開きになっていて真ん中に小さな留め具が付いている。留め具を外し、大きく開くと強い光が差し込んできた。眩しくて目を部屋に戻すとカーペットには毛皮が使われ、ほとんどの調度品は木で出来ている。テーブルに置かれた果物は珍妙その物だった。鳥の足みたいな形の木の実、どんぐりみたいな実、紫の大根。水差しの蓋を開けると透明な水が入っている。水を見た瞬間に猛烈な喉の渇きを覚え、長い注ぎ口は無視して広い入れ口から水を飲む。生水を飲むと寄生虫や病原菌などにやられるからやめておけとベトナムではよく言われたが乾きには抗えなかった。
少し落ち着き、また窓に近付く。外を眺めていると多少なりとも感じている恐怖を吹き飛ばす風が通り抜ける。どうやら私はビルの3階あたりの高さがある建物の中にいる。遠くには城壁が見え、下を見ると川が流れている。川にかかる橋の向こうには屋台が密集する市場のような物がある。先程から「ような・ように・みたいな」が多く浮かぶ。初めて見る物があると頭の中から情報を取り出し「○○みたいだ」と考える事で未知の存在からの恐怖を緩和するのだろう。
市場の中で多くの獣が動く様が見えた。ホーチミン、タイ、インド……実際に行った場所、本やテレビで見た場所とは一致しないが、ここまで聞こえる声には活気があり、絶望に覆われた戦地ではないことは理解できる。風景を眺めぼんやりしていると、不安が忍び寄ってきた。
『元の世界に帰れるのだろうか』
ベトナムはもう勘弁願いたい。しかし、私が住んでいた日本。東京の練馬に帰れるのだろうか。なんとなしに頭を掻くと傷も何もない。体中に付いていた擦り傷や切り傷は残っている。秋野はどうなったのか。隊の仲間は?色んな思考がぐるぐる回る。ベッドに腰掛け天井を見上げると、照明代わりに赤く光る石が吊り下げられている。不思議な物と獣に囲まれ、まとまらない思考を無理にまとめるが次々に霧散する。
整然と並べられた荷物の中にマルボロとライターがある。どんな時でも余裕は大切だ。そう思いながら咥えたタバコは中風を患った祖父のように震えている。ライターを擦ると火は点いた。紫煙が脳を鈍化させてくれる。考えたら先程から布離珍で歩いている。簡素な洋服掛けに吊るされたメイドインチャイナのアメリカ軍の服を手に取る。洗われたのか匂いも落ちている。その隣にはポケットに詰め込んでいたヒノマルもかけられていた。いそいそと服を着てヒノマルをポケットに入れる。灰皿が見当たらなかったので無作法だと思いながら小さな皿に灰を落とす。
もう一口水を飲み、どんぐりのような木の実を手に取る。食中りや毒殺などが巡ったが「殺すならもう殺している」と思い口に入れた。殻はお菓子の柿の種ほどの硬さ、豆かと思いきや、ライチのような甘さと清涼感が口の中に広がる。もう一つ、ひょうたん型の果物に手を伸ばす。表面はナスに近い色味と光沢がある。齧ると淡白な黄色い実と多くの緑色の種が口に入ってくる。実だけでは味気ないが種を噛むと甘みを感じられる。
いくつかの果物を手にしたまま窓に近付く。先程と同じように空と街と喧騒が広がっていた。「少なくとも殺されないか」と考え果物を口に運んでいると、1羽のトリが窓に止まった。私の顔や体を見回し首をクイっと傾け、足を上げて器用に顔を掻きながら私を見ている。
「君がタムリが言ってたサル?」
「トリが……」
「他のトリと一緒にしないで! 私はトリだけどオウムよ。名前はキキ・ラン・チート! あなたは?」
「飯沼道明……」
多分、これから先、何度もするであろうやりとりを繰り返す。
「もしかしてポウポウ?」
「ポウポウ?」
「まさかね。もうポウポウはいるし」
「ポウポウって?」
「あなたみたいな毛の無いサルよ」
「いるのか? ニンゲンが」
「ニンゲン? それは知らないわよ。また後でお話ししましょう。準備が出来たみたいよ」
飛び去ったオウムを眺めながら、心の中に湧いた希望を噛みしめる。ニンゲンではないかもしれないが、私に近い存在がいる。
「準備ができました。付いてきてもらえますか?」
振り返るとタムリが立っている。
「良い服を着てますね。何者なのですか? 私には教えてくださいよ」
答えを求めるでもない問いを残し歩くタムリを追った。長い廊下には多くの兵が立っている。ほとんどがオオカミかイヌかわからないがイヌ科の獣だ。
広間に着くと大きなテーブルに大きな椅子。周りにはそこそこ大きな椅子に小さな椅子。サイ、トラ、オウム、クマ、オオカミ、イヌ、サルが座ってまじまじと私を見ている。動物園の動物はいつもこんな気持ちで毎日を過ごしているのかと理解できた。
「これは……」
「簡単に言えば偉い方々が集まっているって事です」
「身分が分かれている?」
「身分? ああ、アトラリムと言います。種族ごとにやれる事が決まっている感じですね。さあ、こちらに座ってください」
カーストに近い物だろうか。先程見た市場を利用していたのが平民階級なのかもしれない。机は石でできていてひんやりしている。私やタムリ、バナが使うサイズの椅子は木製、トラは鉄で補強された椅子を使い、クマやサイは石の椅子を使っている。キョロキョロと見回していると小さく地面が揺れた。それを合図に全ての獣が立ち上がり、私もタムリに促されるように立ち上がる。真っ赤な緞帳を鼻で除けるようにして現れたのは赤い布に宝石をちりばめた服を着たゾウだった。他の動物が2本の足で立っているのに対してゾウは4本足で私が見知ったゾウと同じスタイルでゆっくりと歩いている。しかし、2本足で立つことができぬ訳でもないらしく、上半身をゆっくりと上げ、クマが引いた椅子にどっかりと座った。長い鼻で机をトントンと叩くとそれを合図に皆が座る。
「で、君は何かね? ぶっ倒れている所に……タムリだっけ?オオカミが見つけた訳だ。君の名前はイイヌマ・イイヌマ・ミチアキ。なぜここにいるのかは分からない。あってる?」
「返事を」
タムリが小声で囁く。ゾウが鼻を器用に使って果物を口に運ぶ。子供の時に見たサーカスのゾウそのままだ。
「はい……」
「アトラムを攻め込みに来た訳じゃないな? ゲッカニアから来たか? 嘘を吐いたら殺すからね」
殺す。単純な言葉に震え上がってしまった。周りのオオカミやクマは武器を持っている。彼らの筋力があれば私を殺すなんて造作もない事だろう。ベトナムでは敵兵とも話せば見逃してくれる場合がある。しかしここでは下手なことを言えば確実に殺される。ゾウやサイの表情は読めない。タムリを見ると「殺せ」と命令を待つ動物の顔にも見える。民は王の言葉に従い、願いを実行する。私は捕虜になるのか?私の世界では所属がはっきりした場合は人質としての価値を発揮する。しかし、どこの馬の骨か分からない場合は殺しても生かしてもどうでも良い。まな板の上の鯉。こういう場合は動物を形容する言葉が多い。
「私は……ベトナムにいました」
「ベトナム? 知ってるか?」
「いえ、存じ上げません」
ゾウがサイに尋ねる。ベトナムでは東京から来たと言えば「オー!」と受け入れられたが「徳島生まれです」と言えば「どこだ?」となった。あの感覚だ。質問の答えなんてどうでも良い。獣は「殺すか生かすか」だけで話をしている。しかし私を殺すなら介抱するはずがない。これは何かを引き出そうとしている。相手が欲しがりそうな言葉を適当にでっち上げるか?いや、嘘だとばれたらこの獣たちに食われる。ヒノマルを見せれば乗り切れるか?多分瞬時に殺される。
「殺さないでください」
「殺される? なら何か殺される理由を隠しているだろう?」
「隠していません」
「だったらどうして殺さないでと言う?」
「殺そうとしているからです」
「……殺さないよ。正確には殺せないだ。お前はポウポウだろう?」
「ポウポウ……」
「もうポウポウは居るんだ。もう1頭生まれるなんてアトラムが出来てから記録にない。そうだったな?」
「はい。同時に存在できるポウポウは1頭です。今のポウポウは12年前にペレトトのウシ、モアナとドドの間に生まれました」
「お前、歳はいくつだ?」
「35です……」
「ポウポウは年齢がわかりにくい。するとあのポウポウの方が若いのか?」
「あの……いるのですか?私と同じニンゲンが」
「ニンゲン?お前の村ではポウポウをニンゲンと呼ぶのか?」
「ポウポウとはなんでしょうか?」
「お前と同じ毛のないサルだ。そして武器だ」
サイがゾウの大きな耳に向かって何かを話す。異様な空間はある種のルールの元に整然と動く。ただ私を殺そうとする摂理からは外れていく様子を感じた。
ニンゲンがいる。何者かはわからないがとにかくいる。ニンゲンは私一人ではないという安心感が体を駆け抜けていく。
「まあなんだ。何か攻撃を仕掛けてくる訳でもないだろ? その辺で遊ばせとけ。タムリ。お前はこいつを監視してろ。サイやトラがやるのも勿体無い」
ゾウが大きな体を揺らし去っていく。皆でそれを見送るとまたあちこちで私を眺めての談笑がはじまる。
「良かったですね」
「殺されることはあるのか?」
「大抵の場合は殺しますね。とりあえず部屋に戻りましょう」
生きながらえた私は一歩一歩の重みを感じながら廊下を歩く。部屋に戻りベッドに腰掛け、シケモクに再び火を着ける。
「それはバッシャですか?」
「バッシャ?」
「トラやネコが好んで吸う植物です。乾燥させたゾゾの葉で巻くのですが、それは変わった葉ですね。白い葉ですか…くさ! くっさい! なんですかそれは!? 武器ですか!?」
申し訳ないと一言告げて押し消す。残り少ないタバコは惜しかったが、似たものがあるのならそれを吸えば良い。タムリは顔をしかめて窓を開け放つ。市場に明かりが見えた。日も暮れはじめているが、あちこちに輝く光がこの街の活気をそのまま映し出している。尻尾を大きく振り、部屋に残ったケムリを外に出す。私に対しての警戒心は感じない。獣が警戒心を持たないのはすぐに殺せるからだ。こんな獣だらけの世界から私は元の世界に帰れるのだろうか。
少なくとも殺されない。その思いが大きくなると共に余裕も生まれてくる。余裕は疑念を生み出し、疑念は好奇心を沸き立たせる。帰れるのかどうかは気になる。しかしそれ以上にこの世界が気になる。気になった場所には飛び込んできた。徳島の片田舎から大阪の大学。そして東京の新聞社。そしてベトナム。更にはこの世界。アトラムの事を書こうと思ったのはこの瞬間だった。
「さっきの鼻の立派なゾウが……王」
「ゾウの褒め方を心得ていますね? あなたの村にもいたのですか? まさかね。アトラム・パルー。アトラムの国王です」
「周りにいた……角が生えた……サイ?」
「そうです。彼らは神事を司っていたり、王が直接決めない事も決める事ができる。羨ましい限りですよ」
そこからまずは身分、アトラリムに付いて学んだ。
・ゾウ
・サイ
・オウム
・トラ
・クマ
・オオカミ
・イヌ
・サル
・ネコ
ここまでが王宮で働ける。そして下に
・ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ
・ウサギ、イタチ……
と続いていく。彼らは主に農作業や単純な仕事に付き、政治への参加も禁止されている。しかしアトラリムは上手く機能しているらしく、もはや文化と宗教が融合した形で根付いている。一通りの説明を終えたタムリは胸元から葉巻のように動物の骨を出し、口に咥える。強く噛むごとにゴリゴリと強い音が聞こえる。
「ありがとうございます……よくわかりました。あの、あなたは」
「タムリで良いですよ。畏まらないでください」
骨を掴んだ指を振りながら表情を崩す。
「タムリは……肉を食べるのか?」
「ええ。食べますよ」
「それは……獣の?」
「当たり前ですよ。飢饉の時や敵国へ攻めて補給が追いつかない時はトカゲやカメも食べますが、私はウシが好きですね。これもウシですし」
そう言って先程の骨を咥え直し上下に揺らす。ベトナム人に「何にでもニョクマムをかけるのか?」と聞いた時と同じ顔だ。
次は歴史の勉強だ。アトラムは数千年の歴史があるとタムリは言う。太陽。アトラムではテンと呼ぶ。アトラムには太陽信仰があり、テンは太陽と太陽信仰の呼び名だ。『テンピテラ』と呼ばれる本があり、これが聖書であり歴史書だ。
ゾウがアトラムを支配するようになった1200年程前からアラテンを頂点とするアトラリムが生まれた。5つの太陽があり、種族によって信仰する太陽が違うらしい 信仰するテンの光の強さにより身分が決まっており、別の種族が信仰するテンへの宗旨変えはできない。
タムリが思い出しながら話している所でバナが飲み物を持って入ってくる。途中からはバナが話しはじめた。
全ての獣に信仰はあるが、民に根付くにつれ多くの戒律は消えてしまったらしい。唯一残っている戒律は「特定の場合を除き同種を食らうことは禁ずる」程度だ。こまごまとした戒律はあるが、守るも守らないも信心次第らしい。
動物が支配する世界は思っているよりも社会性がある。王を頂点とし、ゲッカニアと呼ばれる爬虫類の王国と戦いを続けている。以前は大きな戦争があったが今は小競り合い程度。それにアトラムの兵は強くゲッカニアから大きく攻め込まれることも少ない。戦い方は大量の兵士と圧倒的な獣の力で押し切ると話す。ベトナムで使われていた罠について話すと「無力な獣の悪あがき」と笑われてしまった。
土を固めた湯呑みで茶を啜るバナは昔話を子供に聞かせる年配その物だ。タムリも相槌をうちながら楽しそうに聞いている。ベトナムでも同じような景色があった。知性を持つ存在が集まり、勢力を拡大していく。ニンゲンも獣も変わらない。生き残るためにルールを作り、種族の繋がりを強め、戦争を起こすことで領土を拡大していく。
「獣たちはなぜ戦うのですか?」
「面白いですね」
腰から小さなナイフを取り出し、短い指を使い器用にクルクルと回す。
「面白い?」
「面白いです。そんなことを聞く獣はアトラムにはいないでしょうね」
ニコニコ笑うタムリの口から大きな牙が見える。うっすらと黄色く、茶色い線が入った大きな牙は、戦いによりその身を成してきたことを雄弁に語る。
「ミチアキは戦わないのですか?」
私のことを初めて名前で呼んだ。
「私は……戦わない」
「どうして?」
「必要が無いからだ」
タムリは口から骨を落とし、バナは湯呑みを落とした。
「おい、お前さんはどんな国から来たんだ?」
私は知っている限り元いた世界の事を話した。2頭は表情を崩さずに聞き入っている。多くを話した中で一番質問が多かったのはニンゲン以外の獣は知性を持たない部分だった。
労働力はどうする?兵士は?王は?多くの質問を曖昧に答える。曖昧にしか答えられない。余りにも当たり前過ぎることや意識すらしていなかった事を答えるのは難しい。頼りない知識を振り絞り話す。多くの機械、銃や戦車や戦闘機の話しをすると子供のように目を輝かせて聞き入る。
「倒した敵は食べないのですか?」
「食べないよ。食べるために戦争をする訳じゃない」
「じゃあどうして戦うのですか?」
「資源とか……考え方の違いや人種……いや、種族間の違いとか」
「そんな理由で多くの獣が死ぬのですか?」
「そうなるね」
「ひどく野蛮な所から来たのですね」
完全に固まってしまった。そうだ。獣は食べることを最初に考えて戦う。それは私がいた世界でもそうだ。私たちは何のために戦っているのか?政府からの解放?共産圏からの解放?人民のため?
我々の戦争は変質してしまった。腹がいっぱいで身動きが取れないニンゲンを肥え太らせるための戦争だ。そんな戦争は彼らからすると野蛮の一言だった。食べ物さえ確保できればそれ以上の争いは起きないからだ。
アトラムとゲッカニアとの戦争はお互いが食料として成り得るからというのが一番らしい。アトラムは農耕などによって食料を確保しているが、トカゲの王が治めるゲッカニアは獣を狩って生活するのが主らしい。食うため、食われぬため。そこには唯一の納得できる理由が輝いている。
「しかし、お前さんはポウポウなのか?」
「王も言ってましたが……ポウポウとは?」
「詳しくは知らねえが。なんでも、呪いを力に変えてとんでもねえ事をやるらしいぜ。生きてる獣や物を消し去るらしい」
「生きてその力を見た獣はいないはずですよ。最後にその力を使ったのは長命な王の祖父の祖父の代でしょうか?」
「会うことはできませんか?」
「ポウポウは王宮のどこかで管理されている。よっぽどのことがねえと出てこねえよ。負けそうな戦いとかな」
「近頃は小競り合い程度ですしねえ」
「まあなんだ。難しい話はコレくらいにして出掛けねえか?」
「どこに?」
「その窓から見える市場さ。カーシミッドみてえなもんなら折角だしアトラムを覚えてお前さんの国で歌ってくれや」
私は心を落ち着かせるためにも、そして湧き出す好奇心を抑えきれず提案を受け入れる事にした。
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