第19話

 揺れる船の上、私は椅子に座り、タムリとバナはその横でヌーエを眺め、アウーは船室で治療を受けている。

「いよいよだ。まさか生きてる内にポウポウの力を見れるとは思わんかったぞ」

「私は嫌というほど見ましたよ」

 少し離れた所に浮かんでいる小舟を見ている。サイとポウポウだけが乗っている。海上が騒がしい。あちらこちらの船に着飾った獣が乗っている。肉や果物を食べ、この光景を覚えて帰り子供や他の仲間に伝えるのだろう。この島で何があったのかなんて何も知らない彼らが、ポウポウの儀式だけを見てよかったよかったと言い合うのだ。

 ポウポウがゆっくりと手を上げるのが見える。その手の間に光が集る。獣たちは一斉にざわめく。

 ポウポウが作り出した光の玉が天高く上がっていく。天空に光るテンのように大きくなる。多くの獣はその光を見上げ驚きの声を出している。光の玉は大きく大きく大きくなり、幾つもの光の筋に姿を変えヌーエに降り注いだ。全ての死は何事もなかったかのように消えるだろう。そして私は手にあの時の感覚が蘇った。


 その後、アトラムから新たにやってきたイヌやトラがヌーエに残る。今後は兵士を残し、安全な聖域として整備すると言う。私たちが乗った船がヌーエから離れていく。振り向いて最後にその姿を見ようとしたが、不自然に下げた目線を上げることはできなかった。私が乗る船は生き残ったイヌの半分とタムリやアウー、バナ、数頭のサルが乗っている。タムリがイヌ達との会話に花を咲かせているのを横目に、アウーが治療を受けている船内に向かう。カンテラに入れられた光る石が船の動きに合わせて揺れる。私の影が動くのを見ていると、地獄に降りていく気分になる。階段を降りるとバナを含め4頭のサルがいた。机を囲むように座りカードゲームをしている。ベッドの上ではアウーと思われる獣が藁を被って眠っている。

「よう。お前もやるか?」

「大丈夫です。アウーは?」

「ぐっすり寝てるさ」

 アウーは眠りながらも痛みで歯を食いしばり荒い息を吐き出している。アウーは何を考えているのだろうか。1頭のサルに差し出された椅子に座りアウーとバナ達を交互に見る。視線に気が付いたのか、バナがサルの良さそうな顔で微笑みかけてきた。

「お前さんらは良くやったよ。考えれば無茶苦茶な作戦だ。アトラムは強くなりすぎちまった。だからこんなことになったんだろうな」

「この戦争は……」

「うん?」

「なんだったのでしょうか……この戦争は」

「アトラムのための戦いさ」

「船の上で、安全圏で、ただ終わりだけを見る貴族にはどう映ったのでしょうか」

「どうにも映らねえよ。あいつらは声とアルラだけ出す奴らさ」

 笑ってしまった。本当にどこまでも同じだ。彼らは分厚いステーキ、洒落たフレンチを食べて戦争への意見を言うだけだった。泥に塗れ、ニョクマムを掛けた米を喰らい、ジャングルを歩き、トンネルを掘り、殺し合う兵士なんて見えないのだ。獣がネズミを見るのと同じだ。

「同じって言いたいんだろ?」

 バナが問う。笑いが止まらない。とてもとても悲しいはずなのに、とてもとても滑稽で、悲劇的で、喜劇的で、乾いた笑いを染める涙がどれだけ流れても足りない。

「ゆっくり休めや。3日の船旅のあとはいつ終わるかわからない凱旋だ。牛や馬が引く車に乗せられて毎日街を引き摺り回されるぜ」

 部屋に戻る前にアウーの顔をもう一度見る。苦しそうな息をしているが表情は落ち着いている。一番辛いのは多分彼だ。


 それから2日はのんびりと過ごした。タムリやバナやチートと取り留めのない話をしたり文章をまとめている内に時間が過ぎていった。もしかしたらヌーエで起きたことは夢でどこかの船にネズミが乗っているのかもしれないと考えもしたが、すぐにアキの最期が浮かび現実に引き戻される。

 あの日からアウーとは会っていない。避けている訳ではないが心情的に会う気になれなかった。テンが沈みまた夜が世界を包む。甲板に椅子を出して座り、犬たちと一杯飲んでいるとバナと仲が良いサルが私を呼びに来た。アウーが私と話したいらしい。小さな空嘔と吐き気、アウーが何を話したいのかは気になるが、できるなら聞きたくない。階段を下りていくと2日前と同じベッドでアウーが寝そべっている。バナが足を巻く葉を替えている所だった。傷口はベトナムで良く見た兵士の傷跡と変わらない。赤い肉と赤い血は南国のフルーツさながら淫靡な魅力を発していた。

 アウーが痛みをこらえている。赤い血が流れているのは膿んでいない証拠だ。足を丁寧に葉で包み、ポケットから小さな虫を取り出して葉の上からクリップみたいに留めていく。次は深緑の液体が入ったビンを取り出して葉の上から掛ける。治療を終えたバナが私に目配せをして階段を上がっていく。船室には私とアウーだけになった。


 波の音、船がきしむ音。耳を澄まして世界中の音を取り込こむ。ネズミがオールを回す音や怨嗟の声まで聞こえてきそうだ。ネズミの力で動くこの船に乗る獣は誰もネズミに気を留めない。数頭の餌やり担当の兵士だけが嫌々目撃するだけだ。

「足は大丈夫かい?」

「……もう戦えないけどな」

「でも良かったじゃないか。死ななくて済む」

「ああ、そうか。ミチアキはベトナム? ニホン? そこの獣だからわかんねえか」

「どうしたんだい?」

「アトラムに戻ったら俺は食われる」

 舌の付け根に丸い固まりが押し込まれたように声が出ない。息を吸うことも吐くこともできない。眉毛、瞼、鼻、上唇、舌、全てがバラバラの動きをしてこの場に合う言葉を探し、理解を求めている。

「戦えない兵士はいつもそうなるんだ。もうしばらくしたら俺は皆の腹の中さ」

「ふざけるな」

「ああ?」

「納得できるか」

「そう言うと思ったよ」

「なんでだ?アウーは戦って怪我をしたんじゃないか。城を攻撃する作戦も一緒に考えた。今度は指揮官になれば良いじゃないか」

「それはオオカミやクマやサイの仕事さ。イヌは戦う。戦うだけだ。それができなくなったなら皆のメシさ」

「納得できるか。だったらイヌもネズミと一緒じゃないか」

「ネズミと一緒だなんて言うなよ。結構傷つくじゃねえか。でもよ、俺も……俺もよお……一緒だなって……思ったんだよ……」

 アウーが声を殺して泣く。自分の立場や訪れる死を恐れているからじゃない。死んでいったネズミを思って泣く。存在を認識する程度だったネズミに命を救われ、ネズミたちの哀れな死を胸に刻み、自らも足を失ったアウーが己をネズミに重ねている。

「殺させるものか」

「だから呼んだんだろうな」

「どういうことだ?」

「そう言って欲しかったんだ」

「言うさ。当たり前だ」

「俺が死んだら誰があのネズミのことを話してやれるんだって……」

 自分の浅はかさに腹が立つ。私が思っている以上にアウーはネズミを思っている。まだ失わなければならないのか?これ以上、指を咥えて見ているだけなら本当の意味でケモノになってしまう。私はこの世界のカーストの外にいる。この世界のいびつさを見せつけられている異物だ。階段を駆け上がり甲板に出る。海風が私の体、頭、心を冷やす。だからなんだ?落ち着けとでも言っているのか?

「バナ!」

「どうした? 怖え顔してるぜ?」

「王と話したい」

「王の船はあそこだ。でもどうして?」

「話したいことがある」

「まあ、そりゃ誰だって話したいことがあるだろう。でもどうやって行くんだ?」

「船はどれだけ寄せられる?」

「何言ってんだ? 説明を省くな」

「出来る限り近くの船に寄せてくれ。ネズミ5頭分まで」

 床に付いた取っ手を引っ張ると餌穴が開いた。ニンゲンである私にも分かる異臭が立ち上る。

「5頭来てくれ! 後で食い物をやる!」

 暗闇でネズミの目がチラチラと光る。休んでいるネズミは無表情で私を見上げるだけだ。ポケットを弄ると肉の欠片が幾つか入っていた。それをネズミたちに投げる。

「手伝ったらもっとやるぞ」

 すぐに5頭は集まった。厳密には20頭程が手伝おうとしたが選別した。準備が整ったところでタムリが困った顔をして立ちはだかる。

「バナから聞きましたよ。何をするつもりですか?」

「王と話す」

「何を?」

「君に言っても、どうせいつもみたいに皮肉を言うだろう?」

「言うでしょうが教えてくださいよ」

 タムリはネズミを無表情に見つめる。1頭のネズミが小便を漏らした。ただネズミを見ているだけだが、獣には得体の知れない何かを感じるのかもしれない。王の船を見る。まずは隣の船に移動しなければ。ネズミに肩車の要領で橋を作ってもらい向こうに渡る。それを3度繰り返せば王の船だ。海に落ちたらどうなるか?確か溺れるネズミをロープで助けていた。それと同じように助けてもらえるだろう。ネズミにどう動けば良いかを伝え隣の船に渡る準備をする。

「ミチアキ」

「止めないでくれ」

「ミチアキ」

「私は守りたいんだ」

「ミチアキ」

「何だ!?」

「それ以上勝手をやると、殺さなければいけません」

 ヌーエでポウポウを見ていた時と同じ目で少し先の未来を見ている。武器は持っていないが必要ない。ポウポウとさして変わらない私を殺すには強靭な肉体があれば良い。

「アウーを守りたいんだ」

「ミチアキ、正しいことをしてください」

「してるじゃないか」

「間違っていますよ」

「間違ってない」

「ニホンではそうなのでしょうか?ここはアトラムです。そして私も守りたいのです」

「何をだ」

「アトラムを。アトラムの文化や風習です」

「間違っていてもか?」

「何も間違っていないですよ。ミチアキ、落ち着いてください。ここはニホンではありません。アトラムでは戦えなくなった兵士を食べるのは文化です。兵士の力を体に宿し、共に戦うのです」

「殺すことないじゃないか? 一緒に戦った仲間だろ?」

「だからこそ、私たちが死ぬまで永遠に戦うのです」

「戦わなくても生きていける」

「ウシやウマならね」

 タムリが小さく笑った。しかし一歩も引く気がないのはわかる。どうすれば良い?諦めるのか?見捨てるのか?それともニンゲンとしての感情を見捨てるのか?空を見上げると3つの三日月。繰り返すつもりはない。

「タムリ。王に提案があるんだ。悪い話じゃない」

「アウーの魂を汚すつもりはないと?」

「そんな思いは最初からない。だけどアウーは死なせない。生きる理由がある」

「理由?」

「アウーを使って……ベージとネズミの反発を抑えるんだ」

「殺してしまえば良いだけでしょう?」

「殺してはダメだ。私の世界では殺しが殺しを呼んで誰がなんのために誰を殺すのかが分からなくなってしまっている。アトラムがそうなってはいけない」

 イヌやバナ、他のサルも私たちを見ている。ネズミは緊張しながらも甲板の上に転がっていた食べ物を回し食いをしている。

「全ては殺せないんだ。ネズミを殺したらどうなる?他のネズミの中で戦おうと考えるネズミが生まれる。当然だ、死んだネズミより生きているネズミの方が多い。アウーを殺せばどうなる?アウーは文化として食われるかもしれないが、アウーと仲の良かった獣は悲しみ、中には怒る獣もいるかもしれない。特にベージだ。ベージもイヌだ。これをネタに勢い付くぞ」

「……」

「ベトナムは最低だった。どれだけ敵を殺しても、敵の家族が新しい敵となり、誰が敵かわからないから、敵と勘違いして仲間を殺す。そして新しい敵が生まれる。それが続くといつしか周りには敵しかいなくなる。誰かが誰かを殺そうとする。その殺意は大きくなるけど殺す理由は小さくなって、いつしか消えてしまう。だけど殺意は残るんだ」

 タムリは沈黙を続ける。表情は変わらない。

「アトラムだって一枚岩じゃない。何か拍子があれば一気に崩れ落ちる。タムリ、一つ殺すともう止まらないんだ。全員殺すのか? それより多くが誰かを殺そうとするぞ」

「言いたいことはそれだけですか?」

 タムリがゆっくりと近づいてくる。何をしようとしているのかはわからない。私を殺そうとしているのかもわからない。ただゆっくりと、一歩ずつ私に近づいてくる。

「やめてくれ!」

 叫んだのはアウーだった。階段を這っている内に足を巻いていた葉が外れたのか血を流しながら這い寄ってくる。

「安静にしていないとダメでしょう? 生きてアトラムに帰るのです」

「生きてって、アトラムでアウーを殺すだろう」

「だから違います。アウーの思いや力を体に取り入れるのです」

「アウー、君は死にたいか? アトラムで皆に食われたいか?」

「アトラムの獣は皆そう願っています。アウーだけでなく私も、周りにいるイヌもです」

「俺は……」

「どうしました……?」

「俺は、死にたくないと思ってしまっている」

 アウーは子供のように泣いた。アトラムの兵士としての自覚からか、死を恐れてしまった思いからか、または忍び寄る死を感じたからか。勇壮な遠吠えとは全く違う、ただ泣いた。

「どうしたのですか? なぜ恐れるのですか? あなたもアトラムの兵でしょう?」

「もう少し、もう少しだけ死にたくねえんだ。頼む。俺が死んだら誰がネズミのことを認めてやれるんだ。あいつらは俺を助けてくれた。ネズミのくせに助けてくれたんだ。俺はネズミに助けられた情けねえ兵士だ。だけど、ネズミが助けてくれたのは事実なんだ。どうしようもないかもしれねえよ、何も変わんねえかもしれねえし、何も変えたいとも思ってねえよ。でもよ、ネズミは俺を助けて死んだんだよ。俺が皆に食われたら、あいつらはただ死んだだけになっちまう」

「アウーも何を言っているのですか? ネズミですよ?」

「ネズミだよ」

「ネズミになぜそんな感情を……」

 タムリがアウーに近付き抱きかかえる。足からは血が流れ呼吸も荒くなってきた。バナが急いで葉や薬などを持ってきて止血をする。その時、アウーがタムリの首に噛みつき、そのまま覆いかぶさりタムリを押さえつけた。何が起こったのかわからない。しかし、アウーが私を見つめ、何かを言おうとしている。

「行くぞ! 早く!」

 ネズミは仲間と相撲に近い何かをしていた。余りの呑気さに驚いてしまったが、今はそれに怯んでいる場合ではない。ネズミたちは連なり、ハシゴのように隣の船に掛かる。その上を必死で走った。隣の船に降りると、先頭のネズミに手を貸して次々に引き上げる。この船に乗っているイヌやサルにも先程の会話が耳に入っていたはずだ、イヌはタムリとアウーが取っ組み合っているのをオロオロしながら眺めている。

「ほら! あの2頭を止めないと!」

 私の言葉を聞いたイヌは船の間を軽々飛び越え私たちがいた船に移動する。身体能力の差をまざまざを見せつけられる。またネズミを使って移動。無我夢中だ。無我夢中で体を動かし、ただただ王の元へ向かった。王の護衛を任されているイヌやクマも私たちの船の異変に気が付いている。

「王と話せないでしょうか?」

「要件は?」

「アトラムに戻った時にネズミをはじめ、他の獣の反発を生まない方法を思いつきました」

「……? 少し待ってろ」

 タムリがここまで来たら連れ戻される。もしかしたらここで殺されるかもしれない。

「入って良いぞ。しかしネズミは入れられない」

 まただ。しかしここで口論しても仕方がない。黙って船室に入る。この船室も宝石などが散りばめられまるで王宮その物だ。この飾り一つ一つに多くの獣の血が染み付いていることだろう。

「なんの用だ?」

「アウーを殺すのは止めませんか?」

「何を言ってるんだ?」

「アウーは戦士としては戦えません。アトラムの法では、アウーは兵士に食われます」

「よく勉強してるじゃないか。その通りだ。それに何か問題があるか?」

 王は全く表情が読めない。どっかりと椅子に座り鼻を左右に振っている。

「あります。アウーを殺すとベージがそれをネタにして騒ぎますよ」

「なぜ?」

「生き残った獣はアウーのことを必ず誰かに言います。アトラムに貢献した戦争の英雄でさえ殺して食うとなると反発があるのでは?」

「今までも食ってきたぞ? それがどうして今回そうなるんだ?」

「ネズミです」

「ネズミ? なんで?」

「アウーはネズミに助けられました。そしてその話を他のイヌにしています。ただでさえアウーを助けたネズミを殺しました。アウーまで殺してしまったら反発するイヌも出てきます。さらに今回の作戦は完全に失敗です。アトラムのイヌの多くが家族を失っています。必ず反発があります。反発するたびに弾圧しますか?」

「するよ?」

「そうなると弾圧の対象が増えます。そしてベージに影響されるイヌも出てくる。現に私がいた国ではそうなりました。そして、ベージを殺すとなるとアトラム全ての獣を殺すまで誰かを殺さねばならなくなります。王よ、ここは……アウーを英雄にしませんか?」

「……詳しく話せ」

「アウーはネズミを束ね聖壁を取り戻した。怠け者で薄汚いネズミを束ねたのです。王がお考えの通りネズミは裏切ったことにしましょう。しかし数頭のネズミは裏切らなかった。本来ならアトラム中のネズミを殺す予定だったが、数頭のネズミの勇気によってアトラムのネズミは生かすことにしたとします。そうすることでネズミは今まで得ることができなかった物を得られます」

「それはなんだ?」

「希望です」

「……」

「希望を持つからこそネズミは更に働くでしょう。アトラムに尽くせばネズミの英雄に近づけると思い、ベージに耳を貸さなくなるでしょう。ネズミを活かしベージを潰す。そして死んだイヌの家族も英雄として生きていくアウーを見て納得してくれます」

「なるほどな……なるほど。ベージはアトラムに戻ったら皆殺しにするつもりだったが……あいつらもアトラムの獣だ。狂った考えを捨ててくれるならそれに越したことはないか。それにネズミを活用できるならますますアトラムは発展する。ミチアキ、お前は面白いな」

 王の目が笑ったのを感じる。うまくいくのか?私はベラベラと話し、アウーを救おうとしている。その代わりにベージを差し出した。私を信じて頼ってくれたエペクを裏切りアウーを取った。1頭への友情でアトラムに生まれかけた思想を粉砕してしまったかもしれない。

「しかし……アウーが余計なことを言わなければ良いがな」

「それは私が説得します。喋らせません。王も何か考えがあるなら実行してください。アウーは生きたいと言っています。必ず聞いてくれます」

「よし、それで行こう。丁度王宮を拡張するためにネズミが必要だった。上手く動いてくれると嬉しい。許可するよ」

 私は王に深々と頭を下げて船室を出た。私は悪魔になってしまった。そんな悪魔を裁く血まみれのオオカミが目の前に立っていた。

「タムリ……」

「全て聞かせていただきました」

「私を殺すのか?」

「王が決めたのなら異論はないです。ただ……」

「ただ……?」

「ミチアキを見くびっていました」

「どういうことだ?」

「本当にひどいことをやりますね」

「アウーのためだ……アウーは!?」

「生きてますよ。失神はしていますがね」

「良かった……」

「私はこうすべきではないと考えています」

「わかってる。私は君に恨まれるのも覚悟の上だ」

「別にミチアキを恨んではいません。ただひどく疲れました。船に戻って休みましょう」

 またネズミの力を借りて船に戻る。先程見えた月は雲に隠れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る