第15話

 薄明かりの中、タムリに起こされる。周りには眠っているネズミ達。

「面白い物が見れますよ」

 案内されしばらく歩くと10頭ほどのポウポウが罠にかかって死んでいた。

「効果は絶大ですね。幸い壁までは罠を隠せる場所も多いです」

 暴れたのかそこらに血が飛び散っている。タムリは剣を持ち周りを見ている。足跡の数と死体の数が合わないらしい。

「戻った形跡は無いですね。見つけて殺しましょう。戻って罠の存在を他のポウポウに言われたら面倒です。まあ、ポウポウには罠を見つける鼻も無いですが念のために」

「近くにいるのか?」

「多分。ポウポウは匂いがあまりしないですし、木々の香りがあるのでわかりにくいですが」

 その時、嗅いだことある香りがした。ベトナムで、日本で、自宅で、アトラムで。私にも分かる。糞尿だ。

「いましたね」

 一際高い木の枝にしがみつき、遠目からでも震えているのが分かる。10才程度のメスのポウポウだ。恐怖で木に登り、そのまま下りられなくなったのだろう。

「足跡から察するに、こいつが最後の1匹ですね」

 どうするんだ?とは聞けなかった。殺すだけだ。ニンゲンと同じ見た目。それも子供が恐怖に震えている。そんなポウポウを見て私は哀れみを、殺す抵抗を、感じるべきだった。感じるべきだったのだと思う。ニンゲンならそう感じるべきだった。

「触れられると体が消し飛ぶぞ」

「そういうの、早く言っといてくださいよ」

 タムリはネズミを数頭呼び、ポウポウがぶら下がっている下に葉や枝を重ねてベッドを作る。その後、ベルトからナイフを一本抜き出して構えた。投げナイフ。ベトナムでも見たが、手のスナップを利かせて投げる方法とは全く異なる。野球選手が渾身のストレートを投げるように全力で投げる。ちょっとした拳銃程度の威力がありそうだ。鈍い音と悲鳴。太ももに命中だ。ポウポウはベッドに落ちる。クッションがあるとはいえ相当の衝撃だったのだろう。白目を剥いて口をパクパクと開いている。タムリが指示するとネズミがポウポウの口に槍を当て猿轡の要領で黙らせる。そして両手の平に向けて槍を落とす。キュー!と大きな声を出すが森が声を飲み込む。森は満たされぬ食欲をむき出しにしている。鼻水、血、尿、便、全てを垂れ流しバタバタと暴れるポウポウにタムリが優しく話しかける。

「良いですか? 私が何を言っているのか分かるなら右目を閉じなさい」

 ポウポウは苦痛に顔を歪ませ暴れる。タムリはナイフをもう一本取り出し、ぷっくりと盛り上がった乳房を削ぎ落とす。少し離れた所に飛んだ乳房はネズミがぎゃあぎゃあ言いながら取り合い腹の中に収まった。

「言葉が分かるなら右目を閉じなさい」

 ポウポウは暴れるばかりだ。混乱なのかコチラの言葉がわからないのかは不明だ。ただ互いの意思疎通はされていないのは分かる。タムリは大きな剣を手に肩を回し、大きく振りかぶり細い首に落とす。肉や骨を断つ音よりも金属が地面に打ち付けられる音が響く。思ったよりも血は派手に出ない。

「罠を回収しましょうか。こら! 食べるのは後にしなさい!」

 ネズミがポウポウに食らいつくのをぼんやりと眺めていた。ここは戦場だ。たった一瞬でポウポウの頭の肉はネズミにかじり取られている。ネズミはポウポウの一部をカバンにしまい森に散った。その時、チートが帰ってきた。いつも以上に興奮している。

「大変大変! 仲間がいたわよ! 生き残っていたわよ!」

「どこにですか?」

「壁のすぐ近く! 歩いて2日もかからないわ! 急げば明日の朝には到着できるわ! 障害物も無かったわよ!」

「仲間と話しましたか?」

「周りに何かいたら怖いから下りてないの! 這っていたから足をやられているのかも! イヌかオオカミよ!」

「なるほど。もう一度飛んで貰えますか? 薬草や食料を届けたいです」

「分かった! あと……お城みたいなのがあった! 怪我した仲間の近く! そこが敵の居場所かもね!」

「チートがいて良かったですよ。上手く隠れていてください。あと、朝、昼、夕方に何度か鳴いてください」

 了解と言い残しチートは飛び立った。大規模戦闘になるのか?生きて帰れるのか?全てわからないが進むしかない。ネズミたちは罠をばらし、縄代わりの木の蔓で体に括り付けて持ち運ぶ。獣たちの顔に不安の色はない。むしろ談笑しながらピクニックにでも向かう最中に見える。ネズミは先程殺したポウポウの肉を齧りながら歩く。


 ポウポウと獣。本当に恐ろしいのはどちらなのだろうか。戦場にいるとそれが分からなくなる。ヌーエに来なければポウポウと私たちは戦うことがなかった。お互いに適切な距離を保ちながら過ごしていただろう。

 『近付いてはならない』という教えは前にこうなった事があるから生まれたのだ。それを国のメンツのために、書かなかったか消したかのどちらかだ。どのみち兵士は死んで歴史が残った。


 タムリやネズミはどんどん進む。追いつけない私はソリを作られそこに乗せられた。ネズミが4頭がかりで引っ張ってくれる。途中、数頭のネズミとイヌの死骸、そしてポウポウの死骸もあった。飯時に戦闘がはじまったのか食料が散らばっていた。どれだけ生きているのかは分からないが、いくつかのグループは行動をしている。そして壁に近付きながら死んだということは、戦おうとしていたということだ。


 少し休憩。流石にタムリも口を開けてハアハアと荒い呼吸をしている。小川が流れており、水も綺麗だ。ネズミがラグビー部員みたいに水をグイグイ飲む。真水で飲んでも大丈夫そうだ。私も顔を洗い水を少し飲む。アトラムを出て5日ほど、水面に映る私はヒゲが伸びはじめ、戦場が似合う表情になっていた。それと同時にある種の獣性が顔から滲み出ている。私はこの世界に何をしに来たのか?私は何がしたいのか?未だ結論は出ない。だからこそ流れるままに流れている。

 少し水浴びを楽しんだ後はまた歩く。ペースは早い。そして急停止。タムリがネズミを集めて木に登る。呼びかけようとしたら『喋るな』と手で制する。器用に木を伝いタムリたちは森に消えた。少し間があり悲鳴。アキが茂みから笑顔を出して私を呼ぶ。呼ばれるままに歩くと12人のポウポウが死んでいた。槍で一突きだ。アキが「木から飛び降りて刺したら一撃だった」と興奮しながら話している。周りには木の実が転がっている。彼らは食料を取りに来たのだろうか?またしても子供だ。ポウポウに大人はいるのだろうか?腹は満たされているのかネズミはポウポウを食べていない。生命を奪う毎にネズミが矮小な存在から逸脱し、狩人の顔つきに変わっていく。そして狩人としてポウポウを解体し肉をリュックに詰め込む。タムリは木によりかかり進むべき方角に視線を向けている。オオカミとして、戦士として、狩人としての思考を張り巡らせているのだろうか。傷ついた仲間と合流し本拠地を叩く。ニンゲンの兵隊にある心の動きが彼らにはない。やるべきことをやる。どこまでも訓練された兵士、それが獣の本分なのか。

 ポウポウと出会うが先に気がつくのは常にコチラ側だった。タムリは鼻が慣れてきたのか木々の香りなどは気にならなくなってきたと言う。相変わらず私には何も分からない。わかっているのは奴らがいれば敵から食料に変わることくらいだ。

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