4-3 回収作戦

「部屋にこもっていたって怖くてさびしい」


「どうせ眠れっこない」


「一人でいるなら高畑と一緒のほうがマシ」


 そんな理由で石田と高畑のパーティに浦が加わった。


 夜の市野谷の森。周りの道路にこそ街灯の明かりが落ちているものの、一度森の中に入れば懐中電灯なしでは身動きが取れなくなる。石田はヘッドランプを持ってきていて、加えてショルダーバッグに何かを詰めてきているらしかった。いかにも慣れているという雰囲気である。浦は小さな懐中電灯、高畑はモバイルバッテリーをつなげたスマートフォンだった。


 森の中で作戦会議をする。肝試しのような怖さとワクワクさが同居する雰囲気には思わず自らの状況を忘れそうだった。高畑が感じる高揚感はこれからやることに全くふさわしくなかった。


 出入り口は封鎖されているから、フェンスの隙間から忍び込む。


 昇降口かあるいはほかの出入り口を見つけて、校舎内へ。


 まずは談話図書室。


 それからそれぞれの教室を。


 石田は最後に小さなペンライトと異臭のただようメモ帳を取り出した。


「拓朗が残した最後の手がかりだ。なるべく匂いがもれないようビニール袋に入れて中身を見るようにするから」


「たかさんは中身を見たんですか」


「パラパラとだけだが。体液で読めなくなっているところもあったが、とりあえずは談話室兼図書室のあの部屋から始めよう」


 茶色いシミだらけのページをめくって石田が見せてくるものの、迫り来る臭いに思わず後ずさりしてしまった。あの時の校舎内と全く変わらない瘴気がそれから漏れていた。


 作戦会議を終えた三人は森の中を行軍する。浦を真ん中にして、先頭を石田、しんがりを高畑が務める。とはいえ、いざ闇の中を突き進むとなると、すっと浦が高畑の横に下がってきて、高畑にピッタリと体を寄せるのだった。


 事前にロケハンをしたのか、一人窓を開けに奔走した時に気付いていたのか。森を抜けてからすぐ正面で金網フェンスが行く手を阻んでいるわけだが、しかしパーティの真ん前には壊れてめくれかかっているフェンスが姿を表したのだ。


 地面を這って敷地に侵入するなり、


「明かりを消すんだ」


と石田の指示が飛んできた。石田がヘッドライトを消すに合わせて高畑もスマートフォンのフラッシュライトをオフにしたが、浦だけは嫌がる。


「本当に消さないといけないんですか。こんなに暗いんですよ」


「日中は警官が張っていたんだ。明かりは俺らがここにいることを教えているようなもの。もし警官がまだいるとすればすぐ見つかってしまうかもしれない。中に入るまでは見つからないようにしないと」


 高畑の腕を抱きしめてからようやく、浦は小ぶりなそれの明かりを消すのだった。


 校舎の壁に沿って進んで、角から顔を出してみた分には警察官の姿はなかった。それでもなお石田からはライト点灯の指示は飛んでこなくて、暗い、月明かりさえも遮られる校舎の影を進むほかなかった。浦はライトのスイッチに指をかけたままだった。


 コの字状の内側に昇降口がある都合上、正門には背を向けなければならない。石田はパーティを率いながらも、数歩進んだら背後に振り返って、また進んで、というのを数えきれないほど繰り返した。何時間も移動しているかのようだった。暗闇で目的地たる昇降口が目で確認できなくて、後ろで構えているであろう正門も同じく見えなくて、三人はあたかも闇の中にとらわれてしまったかのようだった。


 吠える音がして石田の肩が縮こまる。高畑の腕への締めつけが一層強まる。腕を縛る彼女がライトを正門の方へ向けたからその先端を塞ぐようにして押し留める。


 皆が皆、闇の向こう側に目を凝らしてその正体を明らかにしようとしていた。じっと息を潜めて、相手の出方をうかがうのだ。少なくとも高畑にはよくないことをしているという意識がずっとつきまとっていて、些細な音であっても心臓は跳ね上がるのだ。


 闇の中、旧校舎前の左側。そこから光が揺れながら出現する。大きく行ったり来たりを繰り返しながらも右方向へと進んでゆく。左右に大きな柱のある正門のところで二度姿をくらませたところ、正門の向こう側で動いているらしい。


 吠える声。


 犬の吠える声。


 夜遅くに犬の散歩をしている。高畑は分かっていても身動きが取れなかった。これからやろうとしていることを見ず知らずの人にさえもバレてしまうのは避けなければならなかった。警察に通報されてしまうかもしれない、境界の扉が近くに迫っているのに、黒い影を破る手がかりがあるはずなのに引き離されてしまうわけにはいかなかった。


 犬の散歩をする光が右に消えてゆくのをじっと待ち続けた。闇の中薄っすらと輪郭が見える石田と浦も、異質なものに目を向ける猫のように警戒心を向けていた。


 石田が動き始めたのは光がいなくなってからしばらく経ってからだった。犬の散歩がいなくなってもすぐには身動きを取らなかった。もはや危害を加えるものではないのは明らかだったものの、極限の緊張感は簡単になくなるものではなかった。大丈夫、という思いを覆い隠すかのように、もしかしたら、が膨れ上がるのである。


 いよいよ昇降口にたどり着いて、閉ざされた扉を開けるのはごく一瞬の出来事であっけなかった。古い鍵を挿し込めば木の扉が開いて、逃げ込むように中に入った。校舎内に入ってからも石田は鍵を閉めるのは、


「万一中にいるのがバレてもすぐに中に入ってこさせないため」


という理由らしい。


 ライトをつけることを許されて、浦は誰か競うように明かりをつける。たちまちか細い悲鳴が聞こえて、いったい何事かと高畑は隣を見れば、胸に懐中電灯を重ねて深呼吸する彼女がいた。光が顎から顔にかけて強い陰影を描くものだから、よく子供の時にやった、懐中電灯の明かりで人を驚かせるアレをやっているようにも見えた。


「どうしたの」


「いやその、ライトつけたらちょうど窓ガラスに向けてたみたいで、明るくなったかと思ったらガラスに人影が映ってびっくりしただけ。私が映っただけだった」


「黒いのではない?」


「あれは私。影じゃない」


 相変わらず浦は高畑の腕を抱きしめて離さなかった。夏なのに鳥肌と震える浦の腕を高畑は肌で感じ取った。高畑はカラオケボックスでのやり取りに後悔さえ覚えた。これほどまでビクビクしているのに、本当に来てもらってよかったのだろうか。黒い影の恐怖と戦わなければならないかもしれないが、部屋でタオルケットに包まって夜が明けるのを待ってるほうが恐怖度は低いのではなかろうか。


 石田は石田で早くも探索を始めている様子だった。一番近い教室の入り口を開けようとしているが、しかし、何かが引っかかっているのか。ガンガン音を立てるばかりで開けることができないでいた。


「おかしい」


「どうしたんですかたかさん。鍵がかかっているんじゃないですか」


「教室の扉に鍵穴はないんだ。閉めるなんてできないぞ」


 石田は状況を伝えながらもあれこれ試していた。引き戸を持ち上げてレールから外せるのか試してみたり、教室に入るためのもう一方の扉を使ってみたりしたが、どれも意味がなかった。


 教室から離れて、今度はガラス戸に手をかけた。しかしサッシとレールががたがた言うだけだった。


「やっぱりおかしい、窓も開けられない」


 臭いを消すために扉を開けた時はネジ状の鍵を引き抜いて扉を開けていった。石田が手をかけている窓のネジはといえばちゃんと外れていた。なのに開かないというのは。


 何かを察したのか、石田が窓ガラスから飛び退く。


 高畑のライト兼スマートフォンにメッセージが届いたのはその時だった。

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