3-4 奴はどこにいる
全く予想していないことに高畑が抱えていた考えはすっかり吹き飛ばされてしまった。スマートフォンを手にしてアイコンをタップすればよいものを、体も気持ちも一切を受け付けなかった。
完全にフリーズしている間もなお高畑の応答を待ち続ける石田拓朗。振動が諦める様子はなく、執拗に震え続けた。まるで拓朗を無視しようとする高畑をあおるような、人の癪に障るような音だった。
高畑が力を取り戻すまで一分はかかった。石田拓朗の話を聞いてやろうという気持ちというよりも、しつこく鳴り続ける呼び出しに嫌気が差した、という方が正しかった。力なく放っていればいらいらが募るばかり、動きたい気持ちがなくても無理して手を伸ばすほか手立てがなかった。
「はい」
やる気のない第一声。
「電話してくるなんてどうしたんだ」
「パイセンから手紙が届いたのでつい電話しちゃいました。どうしたんですか急に? わざわざLINEじゃなくて手紙を送ってくるなんて」
「手紙? 一体何の話をしてるんだ」
「手紙ですよ、僕のところに送ってきてくれたじゃないですか。というかよく僕の居場所が分かりましたね。新しい拠点を知らせていないのに」
頭の中でどんどん疑問符が産み出されてゆく。手紙。石田拓朗のために一筆したためることがあったろうか。なぜ高畑が手紙というアナログな手段を取らなければならないのか。
「いや、手紙なんて書いてないぞ」
「またまた。この文字は先輩の文字ですよ。何となく分かってますから」
「いや、本当に書いた覚えもなければ送った覚えもないんだけど。そもそもどうやって送るっていうんだ」
「え、でもそれをクリアしたから僕の手元に手紙があるんですよね」
「だから手紙なんて書いてもないし送ってもない。何かあればLINEでいいだろうが」
「えじゃあ、この手紙は誰から? ってことになりますよ」
「だから俺じゃないって」
いつにも増して話している内容が分からない。話がかみあわない、という次元のレベルではなかった。全く違う話をしているとしか思えなかった。話したところで無駄でしかなかった。高畑は強烈な違和感に通話を切りたい気持ちで一杯だったが、しかし拓朗は全く気にしていなかった。
「それで手紙の話に戻りますけど、何なんですかこれ。どうしてこんなことを僕に送ってよこすんですか」
「こんなことって何だよ。何を書いたっていうんだ」
「先輩もこっちに来てモンスターを倒すって書いているじゃないですか。それだけじゃないです。魔物退治もほどほどに悪魔を倒すなんて。その存在をいつ知ったんですか。僕だってつい最近知ったっていうのに」
「倒す? 俺はな、モンスターを倒すつもりもなければ悪魔のことも知らない。そもそもそんなこと書いていない。さっきからずっと言っているじゃないか」
「悪魔を倒すのは僕の使命なんです。僕がやらないといけないんです。先輩が倒しにやって来るなんてダメなんです」
「そっちに行くなんてつもりは毛頭ないぞ。それよりもお前が戻ってくるのを俺達は待ってるんだぞ。言ったよな、戻る方法を探せ、って。どうなっているんだ」
高畑の問いかけは石田には全く響いていない様子だった。答えが用意できなくて言いよどんでしまうこともなければ、高畑の質問に答えることもなかった。
「悪魔を倒さないといけないんです、帰る帰らないなんて話どころじゃないです」
異世界のことばかりだった。行方不明者の頭の中では、実際の世界のことは全く頭にないのだ。まるで必死になっていない姿が脳裏に浮かんできて、その姿が腹立たしかった。一丁前に剣を携えて振り返る姿。実に腹に立つ。
「いいですか。悪魔がこの世界を乗っ取ろうとしてるんです。僕はそれに気付いてしまった、だから解決しないといけないんです。モンスターを倒さないといけないんです」
「こっちに帰ってくることが一番優先だ。まずは帰ってくるんだ」
「どうして僕の邪魔をするんですか。先輩は世界が奪われてゆくのをただ指をくわえて見てろって言うんですか」
「その世界はお前の世界じゃない。お前の世界はこっちだ」
「世界にこっちもあっちもありません。世界は世界です」
「お前の言っていることははっきり言っておかしいぞ。普通じゃない。お前はこっちに帰って来なきゃいけないんだぞ。まるで分かってないようだが、お前は今行方不明になってるんだ。帰ってこい。今すぐにでも」
語気を強めて石田をまくし立てたところで、高畑の不快な気持ちは全く石田には響かなかった。何度も何度も繰り返しているのに相手は全く理解してくれなかった。むしろ油を注がれた火のように勢いを激しくするのだ。
「先輩こそおかしいこと言ってるじゃないですか。世界が大変なことになっているのに、それを放って帰れと言うし、かと思えば自分が悪魔を倒すって宣言するし、完璧に正反対じゃないですか。おかしいのは先輩です」
顔をしかめてしまうほどのノイズが石田の方からして、立て続けに聞こえるは通話終了の電子音だった。怒涛のような音の連なりが頭の中でひどい余韻となって残っている。画面はLINEのトーク画面だというのに、まだ音声通話が続いているかのようだった。
端末のモニタに写っている石田拓朗の記録を眺める。境界の扉出現の条件。ついさっき見たはずなのに何時間も前に読んだ感覚だった。適当な一文に目が留まって、すでに読んだはずなのに頭が混乱するのだ。この文章は読んだのだろうか、と。
高畑のやる気はもはやどこかへ行ってしまっていた。端末はそのまま、スマートフォンの尻にケーブルを差して放置。ふらりと椅子を立ち上がった高畑はその脚でベッドに向かう。最後には言葉通り倒れこんでマットレスをきしませて、高畑は石田から距離を取るのだった。
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