1 扉をくぐる者
1-1 今年の題材
新入生歓迎の雰囲気が幾分か落ち着いた頃、部活動の仮入部期間も終わって本入部となる時期だった。どの部活動もいくばくか、あるいは大量の新入生を部員として迎える、それは図書部でも変わらなかった。
図書部はいわば文芸部と漫画研究会とコンピュータ研究会を一つの鍋に突っ込んでことこと煮込んだような部活である。他の高校ではそれぞれ別の部活動や愛好会として存在しているだろうが、こと県立流田中央高等学校においては、何を迷ったのか、全部ひとくくりの部活動にしてしまったのだ。百年以上の歴史を持つ、旧制時代に使われていた『旧校舎』なる文化財を擁するほどの高校の考えることはよく分からない。
ともあれ、図書部には二人が新入部員として入ってきた。彼らは最も図書館の出入り口に近いテーブルに向かい合って座っていた。その隣には二年生、更にその隣のテーブルには三年生、といった具合だった。
一年生を正式に部員とした後の初めての部活動は、軽い自己紹介と今年の文化祭の出し物の宣言をする。例年の恒例行事だった。
「一年四組、石田拓朗です。石田孝之は僕の兄です。僕はオカルトものが好きなので入部しました。出版チームです」
「一年一組、前澤明です。私は中学の頃からノベルゲームとかロールプレイングゲームを作ってきました。みなさんの作品をゲームにできればいいなと思います。PCチームです」
新入生の自己紹介に続いて上級生も軽く自己紹介をする。二年生である高畑と浦、そして最上級生の石田孝之。新入生の紹介に比べてあっけなく終わった感があるが、彼らにとって、この日の部活動の本分は文化祭の出し物についてだった。
出し物とはいえ、図書部たる彼らが文化祭で出すものは決まっている。部誌とプラスアルファ。プラスアルファはその年のPCチームが何を作るかによって変わる。去年は確か、学校の七不思議を創作する企画と、PCチームによる電子広告システムだったか。高畑が当時の三年生と一緒になって文化祭のデジタルサイネージを作って様々なところで広告を売って、部誌を売る横で展示をしていた。三年生がハードを作り、高畑がその上で動くソフトウェアを組んだとか。
自己紹介は一年生から始めたが、出し物の宣言というか、プレゼンテーションは三年生から行うのが常だった。理由は簡単、暗黙のルールがあるからだった。
石田孝之が立ち上がった。
「俺は漫画で行こうと思う。モチーフは童話。童話を解釈してホラー仕立てにしたい」
「石田先輩、童話使っちゃうんですか。私も童話使いたかったのに」
「言ったもん勝ちだからな、別のモチーフを探すことだ。じゃあ次、浦な。童話はダメだぞ」
ニタァとわざとらしく笑みを見せつけて席に座る。不満を漏らしたのは浦だった。
「童話を使われちゃったので、別のを考えてきまーす」
図書部として出す部誌のネタかぶれ禁止。
部員が企画して発行するアンソロジーならそのような決まりはないが、部活動として出す部誌『流田のふみ』では同じテーマ、モチーフでの執筆は許されていなかった。別に誰かが決めてわけではなかったが、長い歴史の中で決められてしまったらしかった。
浦がふてくされた素振りで着席すれば、次は高畑の番。高畑は技術書を書く、と高校生らしからぬ宣言をし、前澤は過去の部誌から作品を選んでゲームを作る、とのこと。出版チームがネタかぶれで阿鼻驚嘆する一方で、PCチームはかぶることなくすんなり終わってしまうものである。
残るは一人、石田拓朗だった。すぐに立ち上がって発表してしまえばよいものを、少し間を開けて椅子を引きずった。プレゼンの波が崩れて、しいんと静まり返る一瞬があった。部員の視線を浴びた彼は静かに口を開いたのだった。
「僕は、流中で初めて書くものはこれだと決めていました。『境界の扉』を扱ったルポを書こうと思います」
はたして何人の部員が石田弟の言っていることを理解できただろうか。高畑は聞いたことがなかった。浦と互いに顔を見合わせたところ、彼女も何のことだか分かっていなかった。
だが。
浦の後ろのテーブルで椅子を倒す男がいた。
「拓朗、お前なんて言った?」
「境界の扉」
「ダメだ、それは取り上げちゃいけない。他の題材にしろ」
「でも」
「でもじゃない。ダメなものはダメだ」
図書室にあるまじき大声だった。耳に響く重低音にありとあらゆる人の目がひん剥かれた。勉強をしている生徒、本を読んでいる生徒、備え付けのパソコンでなにやら遊んでいる生徒。全ての生徒の手を止めてしまうだけの威力だった。更には図書室の一角に設けられた図書準備室からは司書教諭が、あたかも事件を目の当たりにしたかのような顔で出てきた。
「あんたたち何騒いでいるの、部活以前にここは図書室なんだから注意しなさい」
「すみません女王、感情的になりました」
「石田も三年生なんだから気をつけなさいよ。あと、女王はやめなさい」
石田兄に勝らぬ大音声を上げるのは深田敦美教諭、図書部の顧問だった。ため息を一つ吐くなり、先生はびっくりして固まっている生徒に対して、これまた大声で、
「図書部が騒いでごめんねー」
と取り繕っていた。
石田兄弟の視線が部員の頭上で火花を散らす。声を荒げた次は静かな戦いだ。血がつながった関係だからこそのせめぎあいが、ちょうど二年生の上で起きているのだろう。どちらも引かない、何かを作ろうと決めている人同士の争い、作りたいものが見えている側と、作られるのを阻止したい側。引くに引けない。
戦いに待ったをかけたのは高畑だった。
「今年の編集長は俺です。これ以上揉めるのはやめましょう。たかさん、一旦落ち着いて。石田、一度考えてみてそれでもやりたいなら書いてみればいい」
「高畑!」
「編集長は俺です。編集権は俺にあります。ネタかぶり以外で書く内容を変えさせることはあるべきじゃないです」
石田孝之と高畑都の間にも火花が散るが、しかし、編集長たる高畑に勝てる人は誰もいないのである。兄から見て高畑の向こう側にいる弟に対して、
「考え直すんだ」
と告げてようやく腰を下ろした。
全員の宣言が終わったところで編集長が次のトピックを始める。テーブルの前に移動してホワイトボードに書きながら説明するのは執筆以外の役割、表紙、装丁、渉外だった。
一年生に向かってそれぞれの役割について話しをしながらも、高畑の頭の中でははてなマークが大量に産み出されていた。部活動の場で戸惑ってしまうのは初めてだった。知らない言葉、境界の扉。何を示すものなのか分からないし、石田兄が何を知っているのかも分からない。どうして感情をあらわにしたのか。
何が、起きたのか。
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