1-4 部誌を眺めて

 新入部員も高校生活にも慣れて、図書部の活動もこなれた感じになった頃合いだった。年度初めての中間テストを乗り越えた図書部の面々はそれぞれの制作活動にまい進していた。


 しかしながら、制作には少なからず波があるものである。次の展開が思いつかなかったり、うまくプログラムに落とせなかったり。究極的には飽きてしまうなんこともあり得るわけで。


 だから浦から高畑に対して昼食を誘ったのも、てっきりそういった『作る側によくあること』の発散なのかと思っていた。


 教室から連れ立って図書室に向かって行く間は中間テストの結果を話して意味もなければ約束もしていない得点競争に話を盛り上げていた。浦が正解して高畑が間違っている問題の話になれば、


「浦が正解できるわけがない」


と半ば冗談じみた言葉を発してからかって、逆のことになれば、


「高畑がおかしい」


と反撃し返すのだ。


 図書室に入って昼食に入ってからも会話は止まらなかった。テストの話は弁当箱を広げてからはさほど広がることはなく、次第に創作に関する話に移った。いわゆる『進捗どうですか』というやつだった。


「高畑はあれでしょ、技術書書くって言っているだけだから何を書くのか決めてないんでしょ?」


「そうねえ、まだ決めてないね。いろいろなプログラムを眺めてどうしようかなとは考えてる感じ。浦はそろそろ書き始めないと辛いんじゃないか」


 石田兄にネタかぶれをされてしまった回の次の部活の打ちあわせで浦が宣言したネタが『ガンアクション』だった。


「浦のメインの守備範囲は純文学のあたりなんでしょ。ガンアクションなんて完全にエンタメじゃないか」


 去年の部誌で書いていたものはかなりの純文学に寄った作品だった。ネタが被ってしまったことにショックを受けて、思いっきりグレてしまったのか、打ち合わせの場で短く宣言した浦に高畑は一抹の心配を抱いたものだった。


「簡単なプロットまではできてて、もう書き始めているのだけれど、どうも表現がしっくり来なくて行き詰まってる」


「純文学をやっていた人がいきなりガンアクションをやるのは普通は紐付かないもの」


「何だかんだで純文学に傾いたガンアクションになりそうな予感がするけどね」


「そんな隅っこのジャンル知らないんだけど」


 ネタバレはあまり聞きたくはなかったものの、興味本心で話を聞いてみればとてもアクションと呼べるような物語ではなかった。派手な戦闘シーンが全くないのにアクションと言い張る浦も浦だった。


 はてさて、こんなへんてこな物語を書く人だったろうか。高畑には浦が迷宮にハマっているとしか思えなかった。


「ひょっとしてだけど、迷走してない?」


 高畑が思っていることをそのまま口にすれば、タコさんウインナーを口に収めてから、力なく頷くのだった。コクリと頭を下げれば、そうしてから頭を持ち上げる力を失って、下を向いたまま咀嚼を繰り返すのだ。


 タコさんが喉を通ってからようやく、浦は顔を上げることができた。まだ弁当を完食していないのに箸を弁当の上に橋渡しして、手を止めた。今度は天井を仰いだ。


「ガンアクションをやると言った五月の私を殴りたい、どうせ出来っこないって説得したい」


「ネタの変更は編集者権限でNGな」


「ひどい編集長権限ひどい」


「アクションものの小説だっていくつもあるんだから、それを読んで参考にしてみればいいじゃないか」


「やっていないわけないじゃないの。いろいろ読んでみてるけどね、読み慣れてないから体力使うんだよね。でも書けそうって気持ちになれないんだよ」


 浦は再び箸を手にとって弁当に手を付けようかといったところ、箸の先が次のおかずの品定めをしているところだった。しかし一方で、体は食べ物を受け付ける気配はなかった。


 上半身をかがめてテーブルの下でがさごそで何かを求めていた。腕がもがいて肩が揺れて、ややあってから動きが止まる。腕を引き上げれば左手に表紙のくたびれた本を持っていた。黄色い色紙、B5判。


 流田のふみ。


 見たことのないイラストが書かれた部誌があった。


「その部誌はいつのもの?」


「五年前、平成二十年のもの」


「このタイミングでどうしてそれを出してくるのさ」


 高畑の至極まっとうな問いかけをブロッコリーをかじりながら受ける浦だった。創作に行き詰まっている話でどうして過去の部誌が出てくるのか。


「いやね、私の創作の相談なんて正直どうだっていいんだよ。今日誘ったのはこっちがメイン。ちょっと付箋のところ読んでみてよ」


 テーブルを滑らせて高畑の前に部誌が届けられる。本の縁から青い付箋がちょこっと顔を覗かせていた。


「というか、どうしてこんな古い部誌を持っているのさ」


「古い部誌のストックがあるじゃない。残っているのが多い号の部誌をもらったの」


 弁当への手を止めた高畑が付箋を引いて見れば、目に入ってきたのは大きなゴシック体のロゴだった。聞いたことのないペンネームであるところ、高畑が入学すよりも先に卒業した人の作品らしかった。冒頭の数段落分を読めばそれだけで苦しい物語と分かった。


「それでさ、これがどうしたのさ」


「もうちょっと読んでみてよ。そんな長くないから」


 浦に言われるがまま物語を読み進めてみる。時折弁当に手を付けながら読むこと十分程度で、浦がこれを読ませようと考えた理由が分かった。


 思いつく限りの苦痛を受けてきた男が安息の地を求めてさまよう話だった。わらをもつかむ思いで『安息の地に行く方法』を探し求めて、非現実的な方法も試していくという。そして最後、男は『境界の扉』を開ける方法を知り実践したところ、たどり着いた先は現実の世界だった。安息の地はどこにもなかった。


「境界の扉だね」


「たまたま見つけたんだよね。単なるモチーフの一つとして使ったのかなあとも考えたんだけど、そのワードが出てきたからさ、ちょっと気になって。石田先輩もここから境界の扉を知ったのかとも思ったんだけど」


「五年前の作品でしょ? たかさんは今年で三年生なんだから、同時期に在籍していた、というのはないじゃん。何よりいろいろな方法の一つとして境界の扉が出ているから、偶然とも取れるし」


「ただ物語の流れが救われない話じゃない。それがさ、何と言うか不安をかきたててくるのさ。それで境界の扉でしょ? 嫌な印象しかないよ」


「そりゃあそういう話だし、不安をかきたてていかないと、ねえ」


 不安を掻き立てるモチーフとしての扉は突飛な想像ではなかった。今いる部屋から別の部屋に移るという変化の象徴。変化にはポジティブなものとネガティブなものがあって、この作品はネガティブを強調させたいということ。その境目としての意味合いをつけて境界の扉と命名するのはセンスとしては可もなく不可もなく、といったところ。


 だからこそ、その扉が石田がテーマにした扉と同じである保証はない。浦が見つけたものは物語であってルポタージュではない。事実を記しているわけではないのだ。


「どうしてそんなに気にしてるわけだい? 浦は浦の創作をすればいいじゃんか」


「いや気になるじゃん。あんなピリピリした石田先輩見たことないもの。見たことある? いつだったっけ、石田が『境界の扉のことを聞いたことがあるか』って聞いて回っていたじゃない。高畑も聞かれてたよね」


「ああ、あの時ね。それがどうした」


「言っていたでしょ、『僕は兄と同じだ』って。何かしでかさないか私としては不安で仕方ないの」


 浦に対しても同じことを言っていたようだ。


「だからといって境界の扉というモチーフがそんなに危ないものだとは思ってないよ。だって実話の類ではないでしょ。たかさんが得意にしている心霊なんかに比べれば全然。あっちは廃墟に不法侵入とかしているのだから」


 高畑の発言に浦ははじめは弁当に手を付けながら耳を立てていたものの、途中で食べるのをやめてその意見に集中した。腕を組んで話を聞いて、しかし結局は首を横に振るのだ。


「でもなあ、なんだろう、胸騒ぎがひどいんだよね。嫌な予感というか」


 結局は主観的で本能的な感覚ということだった。高畑の問いかけ、


「これ以上心配したってしょうがないじゃないか」


に対して浦は答えを返すことができなかった。首を何度もかしげて答えを絞りだそうとしたところで何も出てこなかった。


「私は未熟だから、うまく言葉にできないだけかもしれない」


 浦は自らの中に渦巻く恐怖に対して負けを認めた。浦はこの感情を語るだけの資格がまだないのだ。高畑のフォローがほしい一心で、目を見つめてさらなる言葉を待っている様子だったけれども、高畑は高畑で返す言葉はなくて、関心は自分の弁当を食べることに移っていた。


 その様子に浦はまゆを引きつらせていた。弁当箱から白米を切り取る様子を目にしてついにため息を吐いて、浦も弁当に手を付けようとした。箸先をおかずに向けるものの、しかし体は動かなかった。


「でも不安でしょうがない。境界の扉というのがすごく嫌なものに感じるんだ。だから、それが何なのかは知っていて然るべきじゃないかな」


「本当に心配症だな。浦ってそんな性格だっけ?」


「全く。でもこれだけはどうも引っかかって仕方ないのよ」


「そんなに気になるなら生き字引に聞いてみよう。付き合うから」

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