1-3 彼は取材班

 図書部の活動は火曜日と金曜日の二回である。金曜日は部員は必ず出席する打ち合わせ回で、火曜日は自由活動日だった。出席するしないは自由で、活動するにしても図書室の中でなくてもよかった。実際石田孝之はロケハンをすると告げて外に出て行ったのである。


「先輩ってゲーム作ったことあるんですか」


「図書部としては作ったことはないけど、いくつかはネットを探せば出てくるんじゃないかな」


「小説書いたりソフト作ったり技術書書いたり、先輩はいろいろやってますね」


「まあ、好きなことをやっていたらこんなことになってしまった」


 高畑の斜向かいで前澤明が数冊の部誌をめくっていた。部誌の小説をゲームにするという目的のもと、原作とする作品を探しているのだった。おそらくは探しているうちに飽きたのだろう、高畑に向かって技術的な話を時折持ちかけてくるのだ。


 前澤の問いかけに答えつつも、高畑は目の前にある端末から目を離すことはなかった。家から持ってきた端末を開いてプログラムを書いていた。タブを切り替えながら複数の言語を同時に組んでいた。


「ちなみに今は何を作っているのですか? 何かのアプリです?」


「うんや、マークダウンを組版するためのCSS」


「そっち方面はよく知らないんですが、こういうのってラテフ? とかを使うものじゃないんですか」


「メジャーなのはそっちだけれど、最近はHTMLとCSSで組版をしようぜって流れが少なからずあるんだよね。今年からはそっちを試そうかなって」


「別の機会に教えてください。ゲームは分かるんですが、生活に使えるような実装ってやったことないんです」


 その手の知識を分かっていなければ全く理解のできない専門用語の応酬。高校生、かたや一方は高校生になって間もないというのに繰り広げられる言葉のやりとりについていけるのはすでに卒業した上級生ぐらいだろう。要は、この場で彼らについていける人はいないのだ。教諭だって理解できない。情報の担当教諭が辛うじて分かるぐらいか。


「先輩が書いた小説は部誌にないんですか」


「七不思議でっちあげ企画で一本書いただけかな。あれ、去年のアンソロジー企画」


「七不思議ですか。ゲーム映えはいいですね。ただ、アイデア云々よりも構成に気を使わないといけなさそうで難易度高いですね。今のが終わったら読んでみますが、各話それぞれ独立しているんですよね」


「いわゆる百物語的なシチュエーションで、一人ひとりが各話を語って、語り終わるとろうそくを消す、っていう構成で書いているから、そこは大丈夫なんじゃないかな」


 部屋の隅で調べものをしている浦に意識が向いたのはこの時だった。図書室に来るまでの間に話を聞いてみれば、確か、浦は下調べをすると言っていた。部誌に書くものとは別の話のための調べものだったか。


 その浦が手を止めて会話をしているのが石田拓朗だった。ほとんど見たことがない組み合わせだった。純粋な文芸を志向する浦とオカルト路線一直線な石田が共有できる内容なんてあるのだろうか。


「それなら作りやすそうです」


 前澤の言葉はまるで聞こえていなくて、二人ばかりを見ていた。しかし高畑が二人の存在に気付いてからすぐにやり取りは終わってしまったらしかった。石田が軽く頭を下げて、そうしてから俺のいる方へと体を向けたのだった。


 会話をする相手は浦だけではなかったらしかった。石田はさいの目に並ぶテーブルの隙間をすり抜け、まっすぐ高畑のいるテーブルにやってきた。


「作業中すみません、調べていることがあるので協力してもらっていいですか」


 右にボールペン、左にB5版ノートを手にしていた。ノートに書いている内容がチラリと見えたが、罫線外に『扉』とだけ書かれていた。どうやら石田兄の思いは届かなかったらしい。


「『境界の扉』という話なんですが、まず、聞いたことがあるかどうかを教えてください」


「私は聞いた事ないよ」


「俺も先週の金曜日に聞いたのが初めて」


 当然の回答をしたまでだったが、当の石田は首を傾げながらノートにメモをとっていた。


「どうしてみなさんこの話を知らないのでしょう? この学校にしかないお話なのに、こういうものって脈々と語り継がれるもののように思えるのですが」


「聞いたことがない話なんだよこれが。どうして石田兄弟が知っているのかがむしろ不思議なんだよ。そもそも流中独自の怪談話? ネタやらうわさがあるなんてことも聞いたことがない」


「僕も実は、よくは知らないんです」


「は? どういうこと?」


「兄貴からずっと、『境界の扉を詮索するな』と言われていて、むしろ気になってしまったから今回取り上げようと思ったんです。ネットで調べてみましたけれども、情報が全然出てこなくて、きっとこの高校にしかない話なんだろうと思って」


「やるなと言われてから気になっちゃったパターンか」


 となると、石田孝之はよかれと思ってやっていたが逆効果だった、ということになる。ずっとやるなと言っていたのにやったのだから、金曜日のあの剣幕となった、ということだった。高畑はようやく合点がいくのだった。


 とはいえ、『境界の扉』が何者なのかさっぱり分からない。詮索してはならないとは何事か?


 なおさら、石田孝之の意図の不気味さが浮き彫りになった。


「なあ石田、本当にそのネタを書ききるつもりか」


「はい、この扉が何なのか、この秘密を解き明かしたいです」


「でもたかさん、石田のお兄さんはずっと『やるな』と言っていた、そうだよな」


「それはそうですが、でも僕は決めたんです。これを書きます。誰がなんと言おうとも、初めての部誌はこれで行きます」


「編集長は俺だ。今までの習わしからしても止める理由はないから自由にしてもらっていいけれど、くれぐれも危ない真似はしないでくれよ。たかさんはよく危ないことをしてるみたいだしな」


「できるだけ努力しますが、僕もどちらかというと同じ考えの人間なので」


 血は争えない、と。石田の言葉に高畑は不安しか感じないのである。石田孝之が補導されたことをまるで武勇伝のように語ることを、ガチな恐怖体験を嬉々としてしゃべる姿がありありと思い出すのだ。目の前の後輩が同じことをしでかすのではないかと、嫌な予感さえするのである。


 ならば、なるべくインドアな方法を示してあげるべきである。高畑はとっかりを持っていない石田に勧めるのだった。


「とりあえずは過去の部誌を眺めてみるのがいいんじゃないかな。多分蔵書の中で石田が求めているようなことを書いているのは部誌ぐらいだろうから」


「アドバイスありがとうございます。まずは他の人にも、先生たちにも聞いてみます」


 石田は浦にしたように頭を下げるとテーブルの間を小走りで抜けてゆく。行く先を追っていけば彼は図書準備室、司書教諭たちの元へと駆けていった。

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