五段目
空は激しいほど太陽が働いている。まぶしくて目が痛いほどの快晴なのに、わたしの頭上だけ、曇ったように暗い。厚い雲を飼っているかのように、わたしの頭とはどんよりと重たくなっていった。
「どういうことよ」
なんとか、口から言葉が出た。圧されている反動からか、表情もきつくなってしまう。
こちらを向いた淳斗。その動きに合わせて、わたしの知っている顔が欠片となって少しずつ崩れていく。
「佐藤さんから聞いたんだろ。昨日は、私立の女の子と会ってたんだよ」
「どういう関係なの」
涙が混じるのを、なんとか耐えた。駆け足ではなく、むしろゆっくりと這うようにしがみついてくる悲しみが、まだ目元まで達していなかった。
私からの質問を、淳斗は鼻で笑う。
「説明されないとわかんないかな。二股ってやつ。まあ、二つでも無いけど」
いつもわたしに向けてくれている笑顔ではなく、もっと粘度のある嫌味な笑顔。そこには、好青年さはカケラも無い。それどころか、高校生らしさまでもが欠如している。まるで、狡猾で汚い大人のような顔をしていた。
これが本当にあの淳斗なのだろうか。悪い夢でも見ているのではないか。そう思わせるほど、昨日までの淳斗と目の前にいる淳斗がリンクしなかった。
「結構気を使ってたつもりなんだけどな。残念、バレてしまったらしょうがない」
「言い訳とか弁解とか、隠そうとしたりしないの」
「面倒くさいし。どうせバレてるなら、もういいんだよ」
へらへらと、小馬鹿にしたような声色で、わたしのことを笑った。
最初の時点では気付いていなかった。淳斗が勝手にバレたと思ったのだろう。わたしは、その事実を黙っておくことにした。小さな優越感を残しておくことで、自分を守ったのだ。
「なんで」
「なにが」
オウム返しのように、同じトーンで帰ってくる。それが面白かったのか、今度はお腹を抱えて引き笑いをした。小さな言動の一つ一つに、わたしを馬鹿にする意味が込められているのを感じる。いや、わざと感じさせているのだろうか。
「私と付き合ってるのに、他の女の子と」
「ああ、なんで浮気するのかね」
私が言えずにいた部分を、この人はさらっと口に出す。そんな人だったかなと記憶を遡ってみたけれど、今思えばそれも彼が作った偽物の仮面に過ぎなかったのだ。
「紗英と付き合ってたのは、紗英が綺麗だからだよ」
綺麗と言われて、少しどきりとした。それと同時に、ここまで言われて、騙されていたことに気付かされて。そのうえ馬鹿にされて。それでもなおまだ少しでも喜んでしまう女の部分を、心底気持ち悪いと感じた。
「綺麗な彼女連れてるのってさ、高校生の一つのスペックみたいなもんなんだよ。わかるかな」
どんどんとわたしの知る顔が崩れていき、中から下品な顔が少しずつ露になる。それと同時に、わたしの中に居る淳斗も瓦解していった。
「まあでも、本当に連れてるだけで、セックスなんて一度もさせてくれなかったけど。もう半年も経つのにさ」
「だって、怖いって言ったら……」
「いまどきの高校生がさ、キスだけで満足できるとわけないじゃん。あーあ、せっかく今まで優しく我慢してやってたのに」
自分があまりに馬鹿であり、子犬をしつけるよりも簡単に騙されていたことに気づいた時、わたしの中にあった小さな優越感は雪崩のようにわたしの中から抜け落ちていった。
背筋を伸ばしていたわたしだったけれど、腰から力が抜けて姿勢が悪くなってしまう。木が軋む、嫌な音がした。
「そうだ、最後に励ましてやろうか」
こいつは、まだ私になにか追い打ちを掛けるつもりなのだろうか。
それならば、なんとでも好きなように言えばいい。自分がどこまで馬鹿だったのかを知るいい機会だ。
「俺の手元に居た四人の女の中で、顔は一番綺麗だったぜ。こんな結末になって実に残念だよ」
そう言うと淳斗は、咥えていたアイスの棒を投げ捨てて去っていった。
アイスの棒は、ゴミ箱に弾かれて地面へと落ちる。彼の付けていた好青年の仮面の最後の欠片も、一緒に剥がれて落ちていった。
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