長期的自殺と他殺

日月明

一段目

 今朝、お母さんの三面鏡をまた割ってしまった。


 わたしが産まれた時からある、お姫様みたいな白くてどこか輝いて見えるドレッサー。それに付いている三面鏡。


 このドレッサーが羨ましく、ついつい使ってみたくなってしまう小さい頃のわたしは、頻繁にこのドレッサー関連で叱られたものだ。


 お人形遊びの舞台に、おままごと。お母さんの化粧品を使って、大人のまねごとをしたりもした。付属の丸くて小さい椅子が好きで、持ちだしては「どこにやった!」とお母さんを朝から叫ばせた。


 一番強烈に叱られたのは、小学校の入学式の時。素敵なドレッサーをもっと素敵にしようと思って、そばにあった口紅で鏡に落書きした時だ。その口紅は、普段使っているものよりも少し高級なものだったらしく、変わり果てたドレッサーと口紅を見たお母さんの悲鳴は、今でも耳にくっついている。


 小学校の校門の前で撮った写真に写る小さなわたしは、眼を苺のように真っ赤に腫らして少し口を尖らせている。


 一度割って以来大切にしていたのに、誤って扉を強く閉めてしまった。

持ち主であるお母さんは、怒るどころか、もうここには帰らないけれど。


 お父さんとお母さんが離婚をして、お母さんが出ていったのが三年前。わたしが中学二年生の時。お母さんが出ていった朝のことは、今でもはっきりと覚えている。


 月曜日の朝だった。いつものように朝七時に起きたわたしは、冷蔵庫からヨーグルトを出してきて、自分の部屋で食べていた。


 だらだらと中学の制服に着替える。あのときは、スカートから太ももが出るのを気にせず、腰のところでスカートを巻いて短くしていた。スカートの短さがステータスみたいな気がしていたし、それが女子の間で流行っていたのだ。


 眠たい頭が起床に追いついてきた頃、覚えたての化粧をしようかなと共用になったドレッサーの前に座る。そこで、やっと変化に気付けた。


 大雑把な性格で、自分の物を片づけるのが苦手なお母さんも、ドレッサーだけは綺麗に使っていた。「化粧道具も綺麗に使えない女が、その道具で綺麗になれるわけがない」というのが、お母さんの持論だった。


 しかしそこには、いつも綺麗に整頓されているお母さんの化粧道具が、一つも置いていなかったのだ。


 ぞわぞわと、たくさんの虫が背中を這うような感覚。わたしの中に焦りが生まれる。爽やかな朝を不快な摩擦音が耳を制圧したように、何の音も聞こえない。その二つが混ざり合って、わたしの中で嵐を起こそうとしていた。


「紗英!」


 緊張の糸を断ち切るように、お母さんの呼び声が玄関から聞こえた。わたしはそこへ、助けを求めるように走っていった。お母さんの豪快な笑い声で、じめっとする不安の霧を吹き飛ばして欲しかった。


 しかし、わたしの願いは見事に打ち捨てられた。お母さんは、旅行用の大きなバッグが稲荷寿司のようにパツパツになるほどの荷物を抱えて立っていた。詰まっているのは、そんな幸せなものじゃない。むしろ、わたしを不幸にする狂気だ。


「突然だけど、お父さんと離婚することになったから。母さんは、この家を出ます。たまにしか会えなくなるけど、元気でやってね。それじゃ」


 そう言って片手をあげると、コンビニにでも行ってくるような雰囲気で、さらっと出ていってしまった。


 お母さんにそう告げられたわたしの顔は、さぞ間抜けな顔をしていたに違いない。狐に摘まれた時の、見本例ができただろう。わたしの思考回路は、状況についていけなかった。


 慌ててお父さんを探したけれど、いつも通りわたしが起きる前には仕事へと行ってしまっていた。


 家族の一大事なのに、どうしてわたしを置いて話が進んでいるのだろう。どうしてみんな、平常運転でいられるのだろう。わたしになんの説明もなく、世界は無理やり回ろうとするのだろう。そう思うと悲しくなって、けれど涙を流すのも悔しくて、わたしは必死で歯を食いしばった。いっそ歯が割れてくれたら、痛みを理由に泣けたのに。


 落ち着いた頃、化粧がまだだった事に気づく。


 わたしは、狂ったようにドレッサーの引き出しを漁った。お母さんの痕跡を探して。けれど、どの引き出しをあけてもお母さんの持ち物は出てこない。わたしの安っぽい化粧品ばかりが並んでいた。


 爆発と収束と疲弊が混ざりあい、私は三面鏡の扉を勢いよく閉めてしまった。がしゃりという鈍い音。三面鏡の左側に、斜めにバッサリとヒビが入ってしまった。全身の筋肉が弛んだような感覚の後、わたしはへたりこんでしまった。


 なんだ、これ。


 前日はいつも通りに、お母さんとお父さんと晩御飯を食べた。特に変わった様子は無かった。


 サバの味噌煮。ちょっと味が濃いねなんて言いながら。

 貰い物の、ちょっとお高いらしいプチトマト。違うのかな、なんてかしげた首。


 賑やかなテレビのバラエティ番組を聞き流しながら、他愛ない話を三人でした。食後に食べた苺の冷たさ。練乳の白さ。寝る前に飲んだ温かいココアの、喉に絡みながら滑り落ちていく甘さ。


 テレビより大きい母さんの笑い声。綺麗なお父さんの箸使い。わたしの好きな、かぼちゃの入ったマカロニサラダ。わたしの大好きなもの三つ。これらが揃うことは、もうない。


 朝から泣きたくなんてない。目頭をぐっと抑えて、頬を何度も叩く。哀愁に浸るのは、いつでも出来る。わたしはまだ、何も知らない。泣いてたまるものか。


 どんなに悲しくとも、学校へは行かないといけない。時計を確認するともう遅刻が確定している時間帯だったので、のんびりと残りの身支度を済ませることにした。


 鞄に荷物をつめ終える。台所へ飲み物を取りに行くと、そこにはお弁当が一つ置いてあった。そんなところまで、いつもの日常と同じだった。私の大好きな、チーズ入りミートボールも入っていた。


 その時、わたしの涙が、プールの表面張力を越えた。涙が頬を伝う。悔しいから泣かないと決めたのに、あまりの不意打ちに我慢することができなかった。頭では理解しているのだ。これが、お母さんの最後のお弁当だって。


 いつも通りだ。なんて繰り返しているけれど、そんなこと無いのだって、全部気付いていた。全体的に物が少ない気がする家の中。お母さんが、ただ出かけただけではない。家の中の雰囲気でわかる。家中の空気が欠損しているのが、触れる全身でむごたらしく感じられた。その欠損を埋めるためか、わたしの気持ちが毟り取られていく。


 なにが原因で泣いているのかは、自分でもよくわからなかった。お母さんが出ていった寂しさでもあり、家庭の変化に全く気づかなかった自分への罵倒でもあった。なにも教えてくれない両親への、憎しみに似た感情もある。


 どれが一番の原因かはわからなかった。ただただ、涙の滴はわたしの頬を止めどなく走っていった。これまでを思い出と置き換えてアルバムにまとめるには、時間と覚悟が足りない。こんなもの、エンディングノートを書けと言われているのと変わらない。


 一生分の涙を流した気がした。実際、それ以来泣いた記憶があまりない。

 ここで泣いていても、時間しか進まない。無理やり泣きやんだわたしは、新しく買ってもらったばかりの携帯電話で、お母さんの最後のお弁当を写真に撮った。


 記憶に残る新しいお母さんは、この日を最後に更新されることはなかった。

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