出会いと旅立ち


 それを見たテレジアは目をグルグル回しその場で倒れた。俺もはじめは驚いたが

 わりと平常心でいられた。昼間、森の中で遭遇したヘルハウンドの殺意のような

 ものを感じなかったからだ。


 〈こやつ……声一つ上げぬか……フフフ……恐れおののき声も出ぬとわな……〉

 「はあ? 何言ってんだ どうしてお前に俺がビビんだ? 言ってみろ!」

 〈なっ…なんじゃ人間!……声が…声が聞こえるのか?〉


 「ああ 聞こえてるぜ 何なんだこれは さっきから俺の頭の中に お前の声が

 入ってきやがる 何したんだ? 早く治せ!」

 〈何もしておらん! そもそも人間風情がさっきから大層な口を聞きおって!

 食い殺してやるわ!〉

 「上等だ…こいや!犬っころが」


 (この場で戦うのはテレジアが危険だ 少し離れるか)


 「こっちだ!『魔獣』」


 俺は距離を取りテレジアに危険が及ばない場所まで移動する事にした。巨大な

 オオカミは一瞬、テレジアを見て俺についてきた。


 「よし! この辺でいいな かかってこい!『魔獣』め!」

 〈おい人間…さっきから『魔獣魔獣』と言いよって! あんなもの達と一緒に

 するな!〉

 

 ブゥオン!

 オオカミは俺を目がけて尾を振り降ろした。


 ズズズズッ!

 その尾を掴むが威力で後ろに押される。足に力を入れ、なんとか踏ん張り倒れは

 しなかった。

 

 〈……なんと! 今のを受けて吹き飛ばされぬだと!?…貴様……人間なのか?〉

 「はあ? 決まってるだろうが! お前には俺が何に見えるんだ?」

 

 俺は、掴んだ尾を引っ張り倒そうとしたがオオカミも無抵抗で倒れてはくれない。

 体制を崩しながらも俺を目がけ顔を近づけると大きな口を開いた。

 

 〈噛み砕いてやるわ!人間め!〉


 開いた口から鋭い牙が見えた。俺は尻尾と片方の牙を掴み、強引に地面へ巨大な

 オオカミをねじ伏せた。


 〈グホォォォォ! ……何者じゃ……貴様!…〉

 「俺は ケイゴだ! どうする? まだやるのか?」

 〈……もう もうよい…… 負けじゃ……好きにしろ……〉

 「そうか? 危害は加えないな? あそこで倒れてる人間にも手出ししないか?」

 〈ああ……約束じゃ お前の勝ちじゃ……〉

 「よし!」


 そう言うと俺は巨大なオオカミを解放しテレジアのところに向かった。


 (まだ、伸びてる……もう、朝まで寝てろ……)

 

 〈人間……聞かせてくれ 何故、殺さなかった? 貴様なら殺せたろ?〉

 「ん? 何かお前は他の『魔獣』と違って殺意を感じなかったからかな…… 

 言葉が通じるんだから話せば分かると思ったからな それだけだ あと人間て

 呼ぶな!」

 〈……変わっておるな お主……〉

 「変わってる? ハハハ そりゃそうだ 俺は『異世界』人だしな ハハハハ」

 〈異世界人……よくわからんが…〉

 「俺はこの世界の住人じゃないのさ 別の世界からこの世界にきたんだ『異世界』

 人だろ? 俺から見たら ここは『異世界』なんだが もう大抵の事じゃ驚かなく

 なってるよ そういえば お前 名前はあるのか?」

 〈……名前? そんなもの無いわ……生まれて気がつけば何百年も独りだった

 しの……名前など必要もなかろう……話す相手もおらんのだし ただ、人間は

 『フェンリル』と呼んでいた気がする……〉

 「…そっか フェンリルか なんかのアニメで聞いたような……まあ いっか」


 俺とフェンリルは、しばらく話をした。俺は『異世界』で話せなかった事や、

 何故『異世界』にきたのか、何故この『隠遁の森』に入ったか、どうしてここに

 歩いてきたのか等。

 フェンリルは幼い時、町を見に行った事、昔のオオカミ達の事、はじめから脅か

 して俺達を追い払うだけのつもりだった事、それぞれが吐き出すように語った。

 お互い、通じるものがあったのだろう。少なくとも俺にはあった。


 (…こいつにも色々なもの 見せてやりたいな……)


 〈……色々見せてくれるのか?〉

 「え? なんで俺の思った事がわかんだ? おい やめろ!」

 〈ふふふ……ケイゴ お前は頭の中に入ってくる言葉と会話してるのだろ? 

 思った事はこっちにも伝わるのだ ふふふ〉

 「マジかよ……早く言えよ なんか照れくさいだろうが!」


 フェンリルは、しばらく沈黙し尻尾を地面にペタン…ペタンと叩きつける事を

 繰り返すとモジモジしながら話しだした。


 〈……あと…どれくらい森に居れるのだ?〉

 〈予定じゃ あと二日かな〉

 

 〈なあ……ケイゴ…… 一緒に居てはくれぬか?…… もう独りは嫌じゃ…〉

 「フェンリル さっき話したろ? あっちの世界に家族がいる……ここに居続け

 る事は出来ない……すまないな…」

 〈だったら旅に! 旅について行っても良いか? 良いだろ?……〉

 「俺はかまわんが……その なりではな……町に入ったら大パニックだぞ? 

 もう少し小さくとかならないか? って無理だよな…」

 

 〈小さくなったら良いのか!? 連れて行ってくれるのか!?〉

 「ああ 俺はかまわないよ 嘘じゃない」

 〈…ああ……ありがとう…… ケイゴ……〉


 大きく紅い瞳から大粒の涙がにじみ出ていた……ただ、独りでいるのが、辛くて

 苦しかったのだろう……すると、フェンリルは大きな遠吠えを上げた。


 ウオオンォォォォッッー! ウオンオォォォォッッー!


 すると、真っ白い全身が光を放ち縮んでいく……そこには真っ白く透き通るよう

 な肌で瞳が紅く、長い銀髪の八歳前後の裸の幼女の姿があった。

 フェンリルは俺にしがみつき涙を流しながら尋ねる。


 「……ケイゴ…これでいいか? 連れて行ってくれるんじゃろ?」

 「…あ…いや……フェンリルお前……女かよ」

 「わらわは雌じゃ この姿は昔 町で見たわらしの姿を思い変化へんげさせとる」

 「まあ……変に同じ歳くらいだと気まずい時もあるだろうし かと言って八十歳

 くらいの婆さんの姿になられてもなあ……うん 大丈夫だろ かえって子供の方が

 安心感あるしな 約束だ 一緒に旅をしよう!」

 「…ケイゴ! ありがとう!……」


 フェンリルは震える小さな腕で俺をギュっと抱きしめる。

 俺も、そっと抱きしめ返した。

 ……反則級の可愛さだった。


 「とりあえず何か服を着ないとな マッパじゃ表歩けないからな」

 「…マッパ?」

 「そうだ マッパだ いやそれは気にするな」

 「うん?」

 「それといいか? フェンリル お前がフェンリルだって事も知られては駄目

 だからな? 隠し通すんだ 俺とお前の秘密だぞ? 守れるな?」

 「うむ 守る」

 「よし それじゃ 名前をつけないとな さすがにフェンリルとは呼べないだろ」

 「名前! ケイゴの名前を一つで良い! わらわにくれぬか?」

 「俺の名前から? 例えば…… ケ…ケメコ とかか?」

 「そう!そうじゃ! ケメコで良い!」

 「いや……俺が嫌だわ ケ……ケイ……ケ……ケイナ…ケイナってどうだ?」

 「ケイナ…ケイナがわらわの名前……うん…ケイナで良い…」

 

 名前をつけてもらったのが余程、嬉しかったのかフェンリルはまたベソを

 かきだした。


「うん お前は今から『ケイナ』だ 一緒に行こうケイナ …もう 泣くな…」

 「うん ケイゴ!」


 ケイナは満面の笑みでケイゴに微笑んだ。


 俺は、こうしてフェンリルである『ケイナ』を連れて旅をする事になった。

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