テレジア回顧録


 テレジアはケイゴの隣、助手席で窓の外を眺めながら用務員、長島とのやり取り

 を思い出していた……

 

 ―― 十二月二十三日 ケイゴとケイナが用務員室の窓で雪を触っている時……


 長島はケイゴが何の為にテレジアの住む世界に転移して何をしているのかを説明

 し始めた。


 「ケイゴはこの中学の 歳で言うと十二歳から十五歳の子供が通う中学校の

 卒業生だ…… ケイゴはここを卒業して高校生となったが喧嘩で退学 学校を辞め

 させられた 高等学校といい十五歳から十八歳の子供が通う学校じゃ」


 長島はテーブルに置いてた煙草を一本取り出し、ライターで火を点け大きく

 吸った。続けて長島が話し出す。


 「学校を辞めたケイゴは仕事を探し 家庭の足しになるよう働き 家に金を入れ

 とったようじゃ しばらくは上司や同僚と喧嘩をしては首になり 職を転々として

 いたが やっと最近一箇所に落ち着いたようじゃった」


 「……先日 表でケイゴがわしを見かけて懐かしくなったんだろうな 酒を

 買ってここに来たんじゃ 昔話でもしたかっただけだったんだろう だが、元気が

 無いケイゴに聞いてみたんじゃ 何かあったのか?とな あいつは何かあると

 良くここに来てコーヒーを飲んでいったからのう……」


 「ケイゴには妹がおる 今 この中学校に通っている 今年受験で金が要ると

 ケイゴは言ったんじゃ 最近一人になるとよく考えるらしい…… 母親も具合が

 悪かったりして寝込んだりするそうじゃ ケイゴには父親がいたんだが博打打ちで

 中学に上がる前に離婚したそうじゃ」


 「今の稼ぎじゃ もし妹が高等学校の上の学校 大学とやらに行きたいと言った

 ら そらもう金がかかる…… 

 親と自分の稼ぎでは生活が逼迫ひっぱくするのが 目に見えとったんじゃな

 不憫ふびんになってのう…… ケイゴは『お袋もいるしなんとかやるさ!』とも

 言っておったわ」


 「わしは話だけでも という事で話を進めた…… 報酬と仕事の内容を聞いた

 ケイゴは『転んで頭打って死ぬ時は死ぬんだし』やるだけやってみるとな……

 わしもケイゴには頑張って欲しいし出来る限りのサポートはするつもりじゃ」 


 長島は、ケイゴが泣いているケイナを抱きかかえている様子を見ると 


 「ケイゴ そこの おチビさんを連れて買い物行って来い その子とこちらの

 レディに靴とジャンパーをな」

 「ああ……そうだな 『ウニシロ』ならまだ開いてるな 行くか?ケイナ」

 「うん!」

 「長島さん、一万貸しといてくれ 家によって金は持ってくるよ 

 あとチャリ借りるぜ」

 「うむ……ほれ一万 鍵はついておる 転ぶなよ!」


 ケイゴとケイナは自転車を二人乗りで買い物に出掛けた。


 「さて……テレジアさんと言ったな 何処まで説明したかのう」

 「ケイゴがお金必要ってところまで……なんであたしも連れて行って

 くれないのかしら……ケイゴったら」

 「ああ そうじゃったな……そこでわしがこの仕事を紹介したという訳だ」

 「とにかく全部話して! ケイゴは面倒臭がってしてくれないだろから」

 「……まいったのう 長くなるぞ?」

 「ええ! 元からそのつもりよ」

 「まあ……酒でも飲みながら話すかのう……」


 長島は酒を作り再び説明しだした……


 「ケイゴにはうちで用意した『契約書』にサインして貰う事になった ケイゴに

 契約の中身や報酬の話もその時したが 細かい事は『契約書』に書いてあるから

 読めとな……はじめの契約期間は半年だったんじゃ 普通は最低一年なんじゃが

 わしの権限で半年の契約をした 何があるか分からんし それくらいの期間で仕事

 を見定めてくれればいいと思っておった」


 「契約の中に『他言無用』というのがある 他の人間にベラベラしゃべるなと

 いう事じゃ ケイゴは今まで言った事はあるか?」

 「無いわ だから怪しいったら無かったわ コソコソして」

 「ガハハハ あいつらしいのう ああ 後な ……『記憶喪失』の振りをしろと

 アドバイスしたのは わしじゃ ケイゴも辛そうじゃった 嘘を付くのは

 嫌だとな」


 「あなただったのね! 『記憶喪失』なんて心配するじゃない!」

 「あっ いや……それもケイゴの為じゃ そっちの世界の事をまったく知らない

 んじゃ 話も合わせられないだろう だったら記憶が無くなった振りをして情報を

 聞いて対策していくのが一番じゃ それに変にこっちの世界の事を知られて 

 そっちのゴタゴタに巻き込まれてもまずいしのう」


 「……そうかもね この世界の事なんか話しても 誰も信じないわ きっと……

『フラッシュ』も無く明かりが点くとか 変な乗り物はあるわで 魔法が使えない

 のが信じられないわ……」

 「ああ そうじゃろうな お互いの常識は通じない世界なんじゃ…… 何が

 あるか分からん 備えは何事も必要なんじゃ」


 「……それで ケイゴは何をしにあっちに行ってるの?」

 「ある物をこっちに持ってきて貰っているんじゃ この間 一緒に見つけたろ?

 遺跡調査で……」

 「あっ あれだったの? ケイゴが見つけて売ったって言ってたやつ!」

 「……そうじゃ あれに刻まれた模様と同じ物を こっちの世界に持ってきて

 もらっているんじゃよ」

 「……あれは何なの?」

 「あれは『ケリュケイオン』と わしらは呼んでおる」

 「……『ケリュケイオン』」

 「うむ テレジア嬢ちゃん達の世界には必要ない物じゃ」


 「どうして そう言いきれるの?」

 「戦争も何も無いんじゃろ?」

 「……戦争? 国同士の戦争って事? 大きな物は無いけどイザコザくらいは

 あるわよ」

 「……テレジア嬢ちゃんの世界では 魔法で一辺に人を何人殺せる?」

 「……そんなの知らないわよ! 人を殺すなんて……」

 「……こっちの世界では『ミサイル』と呼ばれるもの一発で二十万から三十万人

 なんて一瞬で殺せてしまうものがゴロゴロあるんじゃよ……」


 「……なんて世界なの 何の為にそんな事してるの?」

 「……利権じゃよ 各国が開発して利権 または国益と言い方を変え物事を有利

 に進める為の道具にしておる」

 「……ここもあるの?」

 「無い」

 「無いの?」

 「ああ 無いのう… この国は戦争に敗れ武器を持たせてもらえぬ国になった」

 「……負けたの?」

 「うむ たった七十年前の話じゃ……」


 テレジアは恐ろしくなった……たった一発の『ミサイル』で人が何十万人と一瞬

 で殺せるなんて……


 「……まあ そんなに怖がりなさんな 今すぐどうこうなる話じゃないが 

 あまり時間もないようじゃ……わしらも『抑止力』を持たないと大変な事に

 なるんじゃ その辺の話はまだケイゴにはしとらんがな……」

 「その『ケリュケイオン』がどうして『抑止力』になるの?」

 「……わからん もし わかっても言えんな……」


 「ケイゴに危険は無いの?」

 「ああ 『ケリュケイオン』単体では意味を持たないらしい まだまだ足りない

 らしいがな ケイゴが心配なら無茶せんように頼みたいんだが駄目かね?」

 「もちろん ケイゴに無茶なんかさせないわ!」

 「……ケイゴが好きか?」

 「なっ! 何を言ってるの! ねえ ちょっとおかしいんですか? ねえ!」

 「ガハハハ そうか わかったテレジア嬢ちゃん お前さんにケイゴを任す」

 「え?」

 「……これを託す」


 長島はケイゴがしている同じ指輪をテレジアに渡した。


 「これ ケイゴがしている……」

 「そうだ それは『無印』と言って新しい指輪だ まだ何処の場所も記憶して

 ない指輪なんじゃ ここから戻るとき指輪をめるんじゃ そうすればあっちの

 世界で指輪の模様をした魔法陣にかざすと此処に来れる ケイゴになんか

 あった時に頼みたいんじゃ 何かに巻き込まれたら 知らせて欲しいんじゃ」


 「……」

 「嫌か? 嫌なら無理にとは言わん 返してもらうだけじゃ」

 「ううん 何かあったらケイゴを助けてくれるのよね?」

 「ああ もちろんじゃ その為に テレジア嬢ちゃんに預けたんじゃ」

 「わかった……あたし持っとくわ」

 「すまんのう 余計な事を頼んで」

 「いいの あたしはケイゴの側にいるから」

 「……そうか あっ それも三十日に一度しか使えんからな 魔法陣を

 見つけたら一度 指輪を翳してみろ あと何日で戻れると教えてくれる」

 「わかったわ 任せといて!」

 「わしの話は そんなもんじゃ……」


 「ケイゴはいつ戻るの?」

 「おっ そうじゃった 電話してみるかのう あっ 携帯ここにあるのか 

 その前に 今日泊まるところ手配してやるか」


 長島は隣の部屋に行き何処かに電話している。宿の手配だろうか……


 「宿は取ったから安心しろ 今からケイゴに連絡してみるからのう あいつ家に

 戻っているのう……」


 長島はそう言うとケイゴの自宅へ電話した。


 《もしもし》

 《おっ やっぱりおったか わしじゃ》

 《すまん! 連絡するの忘れていたよ》

 《いや かまわん こっちもテレジア嬢ちゃんに説明終わったところだ……》

 《悪いな……説明までさせて》

 《でだっケイゴ 二~三日こっちに泊まっていかんか? わしがホテルは予約を

 入れといたから駅前のビジネスホテルじゃ 》 

 《わかった ケイナ風呂入れたらそっち行くよ じゃあ》


 「連絡ついたぞ おチビさんを風呂に入れてからこっちに向かうそうじゃ」

 「もう……」

 「なあ わしにも教えてくれんか あっちでケイゴはどんな生活しておる?」

 「あっちで? 馬小屋作っているわ 何時までたっても完成しない馬小屋」

 「ガハハハハ そうか 完成しないか ガハハハ 他には?」

 「んー 最近だとコロッケを教えてくれたことかな」

 「ほほう そっちでコロッケは無かったのか?」

 「ええ 芋をあんなすり潰す発想は あっちじゃなかったのよ!」

 「そうか……」


 テレジアはケイゴが『異世界』で何をしてきたかを長島に話した。その話に長島

 は、一喜一憂して聞いていた。



 ―― 十二月二十五日 クリスマス ケイゴの実家へ帰路の中……


 ケイゴの助手席に座るテレジアは用務員、長島とのやり取りを思い出していた。


 「どうした? テレジア 眠くなったか?」

 「ん ううん ちょっと色々と思い出していただけよ」

 「ふーん そっか おっ 懐かしいな この曲」


 ケイゴはラジオで流れる曲を聴きながら鼻歌を歌う。ケイナは後部座席で

『お寝むタイム』だった……

 

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