転送


 ―― 家庭教師が来た日から一週間が過ぎた……


 前回のケイゴの不可思議な行動から一ケ月。テレジアの監視は続いていた。

 ケイゴからグルグルと呼んでいた包みを見ようとしたが失敗に終わったテレジア

 だったが、包みを隠滅した事で疑惑が確信に変わっていた……


 何故、隠滅する必要があるのか?それは見せられないからだろう。誰もがそう

 答えるだろう。ここ数日テレジアは家事をすると居間で軽い睡眠を取っている、夜

 行動するであろうケイゴの監視をしているからだ。そんなテレジアを心配そうに

 見ていたケイナ、テレジアが寝ている時はなるべく声をかけないでいた。


 ケイナは表に出て花に水を撒きはじめる。ケイゴは相変わらず馬小屋を作って

 いた。一体、何時になったら完成するのだろう……


 ケイゴは、作業を止めてケイナに近づき

 「今晩 帰るから…… すぐ戻ってくるからな」

 「……すぐ帰ってくるのか?」

 「ああ ケイナが寝てる間に行って帰ってくる 起きたらちゃんと俺は居るよ」

 「……」


 ケイナは黙った。恐らく着いて行きたいのだろう……


 ―― 晩飯

 「ケイナちゃん ケイゴ ご飯よ」

 「ああ 今行く」

 

 ケイナは井戸から汲んである水で手を洗ってから椅子に座って皆が揃うのを

 待っていた。すぐにでも食べたいのだろうがケイゴとテレジアがそうしてるのを

 見て覚えたのだった。ケイゴが来ないと食べれない……

 ケイナは玄関まで行き大きな声で叫ぶ


 「ケイゴ! ご飯だよ 早く!」


 テレジアは、椅子に座り笑ってみている。

 ケイゴが玄関に来るとケイナは文句を言う。


 「ケイゴ遅い! 早く!」


 ケイゴの手を引っ張り台所に連れて行こうとする。ケイゴもケイナの行動の意味

 がわかるので笑いそうになっていた。


 「はいはい 手を洗うから待っててな」

 ケイゴは手を洗い、ようやく椅子に座った。


 「いただきます!」

 「はい いただきます」

 「いただきます」


 ケイナが一番にコロッケを食べる。それを見ながらケイゴとテレジアも食事を

 はじめた。


 「おいしい?」

 「うん! テレジア上手!」

 

 黙々と食べているケイナに時折、テレジアは話しかけてはニッコリしている。

 

 食事を終えるとテレジアとケイナは風呂に入る。ケイナはほとんどケイゴとは

 風呂に入らなくなっていた……

 理由は簡単、ケイゴは念入りに綺麗にしてくれないからだ。風呂から出ると

 テレジアが髪を乾かし櫛でとかしてくれる、ケイナのお気に入りだ。


 ケイゴは風呂から上がると氷を割ってカーキーをロックで二~三杯飲んでから

 寝るようになっていた。テレジアも普段は水割り一~二杯ケイナの話を二人で

 しながら飲んでいた。

 しかし、今夜のケイゴは一杯しか飲まず寝るという……

 

 (…今夜ね……)


 「おやすみ ケイナ… 早く寝ろよ」

 「おやすみ……」

 「……おやすみなさい」

 ケイゴはそう言うと自分の部屋に入っていった。テレジアとケイナは部屋に入り

 ベッドに潜る。


 「ケイナちゃん おやすみ」

 「……おやすみなさい」

 テレジアはケイナが何時もより元気が無いのに気がついた。


 「どうしたの?ケイナちゃん…… 何があったの?」

 テレジアはやさしくケイナに尋ねた。ケイナは首を振るだけで何も言わない。

 その目は涙を我慢して、テレジアにバレないように必死に目を瞑る。


 「……ケイゴが出掛けるのね?」

 「……なんで知ってるの? テレジアは知ってるの?」

 「……ケイナちゃん 知っているのね? ケイゴは何処に向かうの?」


 ケイナはケイゴが何処に行くのかは知らないと言う……ただ、『異世界』に行く

 とだけ聞いているというのだ。


 「……『異世界』何処なの一体……ケイゴは何者なの?……」

 しばらく黙るテレジア……考えがまとまったのか

 

 「ケイナちゃん ケイゴの行き先知りたい?」

 「……うん」

 「……着いて行きましょう 行く?」

 「行く!」


 二人は寝たふりをしてケイゴが動くのを待った。深夜二時頃だろう……ケイゴの

 部屋から微かに物音がする。部屋からこっそり出て行き玄関から靴を持って部屋に

 戻った。

 

 「……今よ 部屋の前で隠れてるのよ」


 気づかれないように部屋を抜け出した二人は、ケイゴの部屋から見えない壁際に

 へばり付き顔だけ出してケイゴの部屋を覗いた。

 何時の間にか元に戻されていた、薄い鉄板をずらしてケイゴは指輪と同じ模様の

 壁に、左手に嵌めた指輪を翳した。

 その時、指輪を二つ嵌めているのに気がついた。


 次の瞬間、指輪と指輪の模様から眩しい光が出はじめた。続けてケイゴの体も

 光りはじめてきた。

 

 「今よ! ケイナちゃん ケイゴに抱きついて!」

 

 二人は、ケイゴの部屋に押し入りケイゴの腕にしがみついた。


 「ちょ!? お前らどうして! こら離れろ!」

 「ケイナちゃん! 絶対離しちゃ駄目よ!」

 「う うん!」


 光はそのまま二人の体も包むと、目の前が真っ暗になった……

 どれくらい経ったのだろう……テレジアは一瞬、気を失っていたようだ。


 「ケイナちゃん! いる?」

 「うん! ケイゴの腕にぎってるよ!」

 「ケイゴ! ケイゴいるの?」

 「……いるよ ……やる事が無茶苦茶だな……」

 「ここは何処よ?」

 「……『ロッカー』だよ…」

 「『ロッカー』?」

 「おーい! 長島さん! 開けてくれー! 緊急事態だ…」

 

 「……なんだ 今日は騒がしいな 開かんのか?」

 「ああ! 大変な事になっている……」

 「何が大変じゃ? ほれっ」


 ガチャ

 ガタガタドタン!


 「……なっ なんじゃこりゃ!? ケイゴ!」

 「……はあ… 長島さん……煙草くれ…」

 「……あっ ああ…」

 「ちょっとケイゴ! どういう事かきちんと説明しなさいよ!」

 「……ちょっと待ってくれ どうしたらいいか考えるわって…寒っ」

 「ケイゴ 表見てみろ……」

 「ああ…… 雪か…寒いわな」

 「…雪?」

 「…ゆき?」


 表を見ると、暗い空から真っ白い雪が降っていた……そして、用務員室は

 可笑しな空気になっていた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る