幻術


 ―― ケイゴが数時間消えた、あの日から三週間が過ぎていた……

 

 ケイナは以前の様に、ケイゴの後追いをするようになっていた。何処に行くにも

 ケイゴの後ろを着いて歩く。

 ケイゴが、目に届く範囲だとテレジアにも甘えたが少しだけ以前とは反応が違う。

 何かに夢中になっていてもケイゴが動くと目で追いかけていた、恐らく無意識で

 追っているのだろう……


 〈ケイナ……〉

 〈なんじゃ……〉

 〈この前 説明したろう 元の世界には三十日に一度戻って報告書やら書かない

 と駄目なんだよ……〉

 〈……うん〉

 〈お前達を置いて俺が何処に行くんだよ? そんなに信用無いのか?〉

 〈ううん そうじゃないんじゃ……急に黙って居なくなられると……どうしたら

 いいかわからなくなる……次行く時は…先に教えて欲しい……〉

 〈ああ……ちゃん教えてから行ってくる またグルグル持ってくるからな〉

 〈……着いて行っちゃ駄目なのか?〉

 〈……それは向こうとの契約だからな ごめんなケイナ〉

 〈……〉


 もちろんケイゴも連れていってやりたいだろう、しかし契約で『他言無用』と

 なっている以上連れて行く訳にも行かない。


 ケイゴは今、馬小屋を建てている最中だった。ケイナとケイゴは魔力を使い頭の

 中、意識を飛ばし合い会話をする事が出来ていた。『隠遁の森』で最初に出会った

 時からだ。どうして意識を飛ばし合い会話が出来るのか……二人にとって、それは

 些細な事だった。単に魔力があるからだろう、とお互いが認識してる程度。


 「ケイゴ お茶入ったわよ ケイナちゃんも来なさい」

 「……今行くよ」


 あの日の事は、一切口にしないテレジア……

 普段は何時もと変わらない様子でケイナの面倒を見たり、家事全般をこなす。


 「おっコロッケか」

 「ロコッケ! ロコッケ!」

 「コロッケよ ケイナちゃん! フフ」


 ケイゴが教えたコロッケは大好評だ、たまに行くサポーターのハインツの家でも

 子供達に大好評らしい。

 皆で居間にいると馬の音が聞こえた。


 「やあ みなさんお揃いで」

 「いらっしゃい ハインツさん あがって」

 テレジアが声をかけハインツが居間に上がってくる。


 「小屋 形になってきましたね 何か足りない物あります?」

 「いや 今のところ足りてるよ 安いところを紹介してくれて助かりましたよ」

 「私はそれくらいしか出来ませんからね おっコロッケですか」

 「ああ 食ってよハインツさん まだあるから遠慮しないで」

 「では一つ ご馳走になります」

 

 ハインツはコロッケを一口、パクリと齧った。

 「うん 美味い! テレジアさん腕をあげましたね! コロッケは家でも大評判

 です」

 「ありがとうハインツさん あたしコロッケ屋でもやろうかしら へへっ」

 「この味なら商売になりますよ! 本気で考えてみては?」

 「いやね 冗談に決まっているじゃない フフ」


 「ちょっと いいです?」

 ハインツはケイゴと何やら話があるらしい。玄関を出て表で話をしている。

 話はすぐに終わったようだ、ハインツが居間にいるテレジアに声をかけた。


 「テレジアさん ご馳走様でした 私はこれで」

 「あら もう帰るの? 気をつけてね」

 「ケイナちゃんも またね」

 「……うむ またのう」

 ケイナは、ほっぺたにコロッケのかすを付けて答えた。


 「何の話?」

 「うん いい話だ 家庭教師見つかりそうだ」

 「ほんと? 良かったわ!」


 ケイゴとテレジアはケイナの学校の件で、ハインツに相談をしていたのだ。

 ケイナに、いきなり学校は難易度が高いだろうと家庭教師をつける話を進めて

 いたのだった。この日、ハインツが持ってきた話は考古学者カインの助手を勤める

 政府から派遣されている『アルマ』さんの紹介だという。週に三日ほど来てくれる

 らしい。自宅に居て勉強できるなら願ってもない話だ。


 「明日 昼過ぎに来るらしい 一度会ってから話を決めたいらしい」

 「そうかあ……そうよね 一度会ってから決めてもらいましょう」


 ケイゴ達は『メザーレイク』の探索の後、カインに合って話をしたのだが次の

 探索予定地『東風洞』は是非、動向させて欲しいと頼まれたのだった。もちろん、

 政府の依頼という形で条件は『タウマス遺跡』の時と同じだ。ケイゴ達にとっても

 悪い話ではなかった。今回はハインツもサポーターとして着いてくる。

 そのおかげで、多少の暇が出来たので家庭教師の話は調度良かったのだ。

 

 ―― 次の日


 ケイゴは、今日も馬小屋を作る作業をしていた。ケイナはテレジアに言われ

 花壇に水を撒いていた。


 「ケイナ うまいな水撒き」

 ケイナは少しテレながら、ケイゴお手製の如雨露で水を撒く。その時、ケイナの

 耳がわずかに動いた。


 「チッ……ここか アルマさんに頼まれたから来たけど払いは大丈夫なのかね?

 なんか貧乏臭いわ……」


 ケイナにはハッキリ聞こえていたが、ケイゴは釘打ちやらでガンガン音を立てて

 聞こえる訳もなかった。

 ケイナは道の先にある角をじっと見つめていた。すると一人の女性が角を曲がり

 家に向かってきた。歳は、まだ二十五~二十六だろう。


 「こんにちは」

 その女性はニコニコしながらケイナに挨拶をすると、気づいたケイゴにも挨拶を

 した、ケイゴは作業を止めて家の中に案内した。

 女性が挨拶した声は、さっきケイナが聞いた声だった。


 アルマの紹介で来たという『ナタリア』と名乗った女性にケイゴとテレジアに

 どうして学校に行かず家庭教師を頼んだか説明をした。それに納得したのか、

 ナタリアは時給の話をしだした。希望は一時間、銀貨六枚だった。ケイゴ達は

 納得して頭を下げてお願いした。


 次に、ケイゴ達が提案をしたのが週三回、一日二時間~三時間と時間内で

「言葉使い」も教えて欲しいとお願いした。ナタリアは顔を渋らせ困った素振りを

 見せ始め、腕を組んで考え込んだりしだした。

 ナタリアが言うには「言葉使い」は簡単にみえるが繊細な部分も多くあり教えて

 いくのは難しいというのだ。ケイゴとテレジアは常識の範囲で教えてくれれば良い

 とお願いするが首を縦に振らないのだった。

 テレジアは、お茶を入れると言い台所へ向かった。少し遅れてケイゴも台所に

 向かう。


 「なあ どう思う? 言葉を教えるってそんなに難しいのか?」

 「……なんかあの人 おかしいよね? 確かめてみる?」

 「どうやって?」

 「時給を上げたら 教えるって言うと思うのよ」

 「アルマさんの知り合いだろ? そんな事あるのか?……」

 二人がそんな相談している間に居間では……


 小声で声を漏らすナタリア……

 「チッ……上手く時給を釣り上げようとしたけど 感づかれたかね…」

 「そうじゃのう わらわはとっくに気づいておったがのう…」

 何時の間にかケイナがナタリアの後ろに立っていた。慌てたナタリアはケイナに

 返した。


 「あ あなた 何時の間に……たっ 確かに言葉使いが良くないようですね…」

 「お主も口癖のようじゃのう チッ とか…… ここは貧乏臭いか? 答えろ」

 「……あ あなた何なの一体……」

 「…わらわの目を見ろ!」


 ナタリアはケイナの目を見た瞬間、紅い瞳にどんどん引き寄せられていく錯覚に

 落ちていく……ナタリアの視界には、紅く光った瞳だけしか見えなくなっていた。

 気が遠のいていく……


 「……リアさん ……ナタリアさん ナタリアさん! しっかりして!」

 「はああぁ!」


 ナタリアは飛び起きた。ケイゴ達の話によると台所から戻るとナタリアは気を

 失っていたという。ナタリアは気がつくと全身に汗をびっしょりかいていた。

 ナタリアは体調が優れないので帰ると言い出した。家庭教師の件も無かった事に

 してくれと頭を下げて帰っていった。


 「……一体なんだったんだ?」

 「さあ?…でも良かったんじゃない? あたしはこれでいいと思うわ」

 「そっか……」


 ケイナはニコニコしながら花に水を撒いていた。ケイゴお手製の如雨露で……


 ―― 後日、ハインツがカインに会った時アルマが居たので家庭教師の件を聞く

 と、ナタリアはその時の事を良く覚えておらず数日後、急に田舎に帰ったという…

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