スープボウル


 「来たわ ハインツさんよ」

 ハインツがここまで歩いてきた。


 「皆さんここでしたか カインは今日まで例の報告で抜けれないそうです」

 「例の報告? 新層の件ですか?」

 「ええ そうです カインが残念がっていましたよ せっかくケイゴさん達が

 首都に来たのにってね ハハハ とりあえず明日の昼には会えます」

 「そうですか」

 「ところで宿の方はどうなりました? 高かったでしょ?」

 「ええ 少しはずれまで行って金貨一枚と銀貨八枚のところまでは見つけて

 きたんですが……」

 「ここから少し遠くにはなりますが 私の知っている宿屋に行きましょう 金貨

 一枚と銀貨六枚で泊めてくれます 近くに飯屋も雑貨屋もありますし 酒屋もあり

 ましたよ」

 「じゃあ 今日はそこにお願いします」

 「わかりました 行きましょう」


 俺達は町の中心部から少し離れた、ハインツの知っている宿屋に宿泊する事に

 した。宿に向かう途中、一軒の雑貨屋に入った。

 

 「だいたい必要な物は揃っているけど 何買うの?」

 「あれがいいな」

 俺は木で出来たスープボウルを手に取った。


 「何に使うの? スープ飲むなら持ってるわよ あたし」

 「スープ飲むのに使うんじゃないよ」

 「じゃあ何に使うのよ?」

 「……なるほど では次の店はあそこですね?」

 ハインツがニャッとした。

 「…?」

 テレジアはまだわからないようだ。そう、俺は氷を作るのにスープボウルを

 買ったのだ。以前、ゴム製の容器で作った時は劣化が激しくすぐに壊れてしまった

 のだ。木製なら多少、伸び縮みするだろうしキャンプ用にも使える。ちゃんと製氷

 できる物も売っているのだが、鉄製で重たいし分解が出来なくて旅に持ち歩くの

 には邪魔だ。


 すぐに目的の店に着いた。陳列棚にはまだ見た事のない酒がずらりと並んでいた。

 俺は定番の「カーキー」を一本手に取り、もう一本はハインツお勧めの地酒を購入

 した。ここでようやく、テレジアはスープボウルの謎が解けたみたいだ。


 ―― 宿屋に着くとハインツは宿屋の人間と話し俺達の部屋を取った。

 「ケイゴさん 宿は取れました 払いは出る時で良いそうですよ」

 「ハインツさん 宿の手配ありがとうございました」

 「ハインツさん ありがとう!」

 「いえいえ…こんな事しか出来なくて では私は戻ります 明日迎えに

 来ますので」

 ハインツは馬に跨り、俺達は宿の前で別れた。


 宿に入ると部屋番号を知らされ鍵を渡された。知らされた番号から部屋は三階

 らしい。俺達は三階に上ると番号の部屋へ入る。さすが首都の宿屋だ、テーブルや

 椅子はもちろん、女の人が使うドレッサー?と呼ばれる鏡の付いた机のようなもの

 まで設置してある。荷物を置いて椅子に座るとテレジアとケイナの姿が無い。


 「お湯よ! お湯が出るわ!」

 「お湯 お湯!」

 ……女共は、すでに風呂場で『お湯』の虜になっていた。


 恐らく、屋上に大き目のタンクを設置して、いくつものセーブストーン

「ファイア」を投入し、屋上からの落差で部屋に配管されている給湯管からお湯が

 出る仕組みなんだろう。間違いなく人件費が馬鹿にならないだろうな。客が使えば

 使った分を補給していくのだから。

 

 テレジアが風呂場から出てきて俺に言う。

 「ねえ! ケイゴ 凄いわよ お湯が出るのよ さすが首都ね!」

 「ああ 色々と凄いよな首都は…とりあえず お湯溜めて入れば良いだろ 風呂」

 「そうね!」

 テレジアは風呂場へ戻り湯を溜める準備をはじめた、代わりに風呂場から出て

 きたケイナが、俺の隣に座って頭の中の会話をしてきた。


 〈…凄いのう 人間とは……〉

 〈どうした? 久し振りだな頭の中の会話は…〉

 〈……わらわが小さい時 町を見に行った話をした事あったじゃろ…〉

 〈…ああ もちろん覚えてるよ 俺とケイナがはじめて会った森でな〉

 〈この町はこんな町ではなかった…本当に何も無い町だったんじゃ…〉

 〈この町って 『スガーク』に行ったんじゃなかったのか?〉

 〈『スガーク』なんぞ まだ無かった頃じゃ〉

 〈そうだったのか 変わっててびっくりしたのか?〉

 〈それもそうじゃが……お湯が出るものを作ったり…人間とは凄いのじゃな〉

 〈ああ 馬鹿にしたもんじゃないぜ 人間は…… まだまだ人間は凄い物を作る

 ようになるぞ〉

 〈人間とは か弱き生き物と思っていたんじゃが…〉

 〈一人一人は弱いが 人間は協力する事を知っている生き物だからな オオカミ

 だって同じだろ?〉

 〈うむ……やつらは一匹では到底 歯が立たない相手でも 群れで仕留める事を

 覚えたからのう まあそれも協力じゃな〉

 〈そうだ 弱けりゃ協力したらいいだけの話だ ケイナ…もう少し色々知りたく

 なったか? 人間は色んなやつがいて面白いぜ?〉

 〈……そうじゃのう…〉

 そう言うとケイナは黙ってしまった。

 

 少しすると今度はテレジアが戻ってきてベッドに腰掛けた。

 「ケイナちゃん もう少しだけ待っててね 時期溜まるから」

 「うん」

 テレジアはケイナにそう言うと

 「ケイゴ さっきのスープボウル貸して 氷作っとくわ」

 「ああ サンキュー」

 俺は買ってきたボウルをテレジアに渡した。テレジアはボウルを持って自分の

 リュックから薄い小さな鉄板と『アイス』と『ウォーター』を取り出し風呂場に

 向かった。

 「ケイナちゃん お風呂入るわよー きなさい」

 ケイナは風呂場に走っていった。しばらくすると二人でキャッキャッはしゃぐ声

 が聞こえてきた。俺は買ってきた酒を一本取り、コップに入れてそのままチビリと

 飲む事にした。

 「んーん ストレートは効くわ! でも美味い!」

 (……ふーむ 早く俺も暖かい風呂に入りたいわ……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る