第四話〜光の剣

「えっと、その……勝てるん……ですか?」


「この町には巫女様が居る。なんとしても守らなきゃいけねぇってのが理想論。この町には元々の名家も多い上、異世界から救世主を召喚するってために、優秀な理法師も集まってる。……これで勝てなきゃ、やべぇ」


「巫女様……というのは?」


「詳しくは知らん。が、世界で一人だけ、最も清らかで、美しい乙女を巫女に据え、丁重に扱え、ていう伝統があるんだ。言わば、世界で一番偉くて大切な人間だな」


「なぜそんな伝統が?」


「詳しくは知らねぇんだ。わりぃな」


 苦笑して、男の人は木材に腰を降ろす。


「腹減ったな。食おうぜ。その果物、どうせ貰いもんなら分けてくれよ」


「ふむよかろう。我は寛容故な」


「はっはっは! 生意気なべっぴんさんだなぁ!! そうだ、俺の名前はグランチ・ヒューストンってんだ、そっちは?」


「こやつは太刀川祐誠。我はアテナじゃ」


「アテナ。随分と恐れ多い名前してんなぁ!」


「じゃろう? しかし恐れる事は無い。食べ物を供えてくれた人間には寛容故な」


「がっはっは! 気に入ったぜ嬢ちゃん! この一番良い肉を挟んだサンドイッチをくれてやる!」


 言って、二人して食べ物をその場に広げ始める。僕は慌ててそれを止めた。


「そんな……あんな近くに敵が居るのに!?」


「あの状態で数日経ってる。いつ来るかの保証はねぇ。攻めてきたら俺が、警鐘を鳴らして時間を稼ぐ。あんたらは……えー、難しい名前だな……タチカワとアテナは、その間に逃げな」


「いやっ、それではあなたが──」


「落ち着け、ゆーせー」


 サンドイッチを美味しそうに頬張りながら、僕にスコーンを差し出してくるアテナ。


「そんな……アテナ、だけど……」


「それが、この世界の運命ということじゃ」


「!?」


 別に、この世界を理解しているわけではない。


 理。


 弱い者は強い者には勝てないのは、全ての世界での理だ。


 僕が「救わない」と突っぱねて見捨てるならば、僕がとやかく言う資格は無いのだ。


「…………」


 反論出来ずに黙り込む。


 すると、快活だったグランチさんが、深く、柔らかい声で僕に言った。


「そのスコーンな、娘が焼いてくれたんだ」


「娘さんが?」


「ああ。ったく、年頃の良い娘なんだが、ちっと馬鹿でなスコーンも上手く作れねぇんだ。挙げ句、いつ死ぬかも解らん、夜の壁番へ出向く俺にこう言うんだぜ、『次はもっと美味しく焼くから』って。可愛いだろ」


「……素敵な娘さんですね」


「最愛の娘だ。……父親として、守ってやりてぇだろ、命賭けてでも」


 その声は、心臓を揺らすほどに深い響きをしていた。もしかしたらこれが、心に響くというやつなのかもしれない。


「そのついでさ、あんたらを守るのは。だから気にすんな」


 目尻に深いシワをつけて、グランチさんが笑う。アテナからスコーンをひょいと取り上げ、そのまま僕に差し出してきた。無言で、食え、と言う。


 受け取った僕は、ゆっくりとそれを口に運ぶ。


 美味しくはない。甘みは少ないし、硬いし、パサパサとして喉が渇く。


 これが、この世界にあるもの。


 スコーンを食べ終わると、途端に空腹を覚えた。もっと食べたい。足りない。果物で喉を潤して、サンドイッチを貰って、しょっぱくて喉が乾いて、馬鹿みたいに苦いコーヒーを貰った。


 味覚を刺激される度に反応していた僕を見て、グランチさんが何度も笑った。最後にもうひとつスコーンを貰って、果物と一緒に食べた。


 これが、この世界にあるもの。


 これが、この世界のどこかで、奪われた日常。




 完食し、片付けをした時だった。


 少し離れた壁のどこからか、けたたましい爆発音と、鈍い光がほとばしる。それが何かの合図であることは、明確だった。


「……いま、か……」


 グランチさんが呟き、そして立ち上がった。


「あれが警鐘だ。向こうで過解が攻めてきたらしい。今から増援に向かうが、ここもじき戦場になる。あんたらは、今の内に逃げな」


「ふむ。……達者で、というのは、皮肉かのう」


「がっはっは! ひでぇ皮肉だ!」


 豪快に笑うグランチさん。


 そして、その笑顔を残したままこう言う。


「皮肉を言いやがった罪滅ぼしをしてくんねぇか。娘の名前はアイナ・ヒューストン。妻の名前はキリシア・ヒューストン。……次の夫は、兵士以外にしとけって、伝言を頼む」


「……………………」


 アテナが僕を見た。


 決めろ、と。


 お前が選べ、と。


 だから僕は答える。


「グランチさん…………そのお願いは、聞けません」


 そらくらいはしてくれると思われていたからか、グランチさんは目を見開いて、しかしすぐに、取り繕って笑う。


「そっか……。残念だ」


渋々と。諦めて。しかし、決して笑みは絶やさないまま、グランチさんは警鐘の鳴ったほうに身体を向けた。その悠然とした背中に、僕は答える。


「自分で伝えて下さい。罪滅ぼしは、違う形でさせてもらいます」


 そう告げると、グランチさんは驚いて振り返り、変わりにアテナが笑った。


 警鐘が鳴った場所は、結構離れている。でも、向こうで戦っている人が居るかもしれないなら。


「アレス、出て」


『承った』


「うお!! なんだぁあ!?」


 僕の中から現れるアレス。金色のオオカミ。その瞳は、嬉嬉として輝いている。グランチさんは驚いて尻餅を着いていた。


「光の加護を使って移動する。アレスはこの人を運んで、僕を追って。アテナは入って」


「承った」


 そしてアテナの姿が消える。


「…………あんたら、いったい」


 呆然と呟くグランチさんに、僕は答える。


「──救世主のなり損ないだよ」


 一歩。


 その踏み込みで、グランチさんの声はもう届かなくなる。


 もしくは


 これは、僕が救えなかった世界に存在した力。


 


 その加護の力の中でも特殊な光の加護の使い方のひとつに、高速移動がある。


 光の早さで移動する、というのは流石に無理だが、僕の重さや空気抵抗、その他いくつかの都合を差し引いた、光速には程遠い高速。


 真っ直ぐにしか進めないため不憫な所も多いが、急ぐのには最適だ。


 壁が曲がっているため、何度か発動と停止を繰り返し、十五秒程度で、警鐘を鳴らした騎士の元へ辿り着いた。


「状況は!?」


「はっ!? き、君は……!?」


「説明は後です、敵は!」


「真下だ!」


 言われ、壁の下を見る。


 人と同じくらいの大きさをした黒い芋虫が、壁をよじ登っている。


「闇に紛れて、少数で接近してたらしく、気付くのが遅れてしまった……」


「解りました。ではあなたはここで、やつらが壁を越えないようにだけ気を付けて下さい」


「き、君はどうするんだい!?」


「戦うんです、やつらと」


 言って、壁の縁に立ち、芋虫のような過解達と睨み合う。数は百といったところか。


「アテナの封印を解除」


『承った。世界との同調を開始──完了』


 白銀の光が僕を包む。


「アテナの神格化を確認。長期戦を想定し、出力は五割。我を守る力として、ここに顕現せよ!!」


『出力指定の要請を受諾──神造鎧装しんぞうがいそうアテナ、展開』


 全ての光が僕の元へ集い、そして、鎧へと姿を変える。


 全身を白銀に輝く鎧で包み、壁から落下する。


「着火」


 その工程で、身体を鈍く光らせる。効果はあまり保証出来ない微々たる物だが、多くの生物は光にたかる。その特性を光の加護で具象化して、敵が僕をターゲットにするよう仕向けた。


 そうしている内に、最初の芋虫が目と鼻の先にあった──そのまま殴った。


 鎧の重さと落下の勢いが乗ったタックルだ。雪崩込むようにして、続いていた三匹の芋虫も巻き添えにする。


 これだけで倒せたら、という淡い期待は、少しはしていたけれど、そこまで甘くは無い。芋虫は四匹とも無事だ。


「光よ。闇を切り裂く刃となりて、我が道を示せ」


 光の加護で、光の剣を具象化する。その刃で芋虫を串刺しにする。数匹を同時に貫けるほどの長さは無い。一匹一秒。計四秒。


 壁を見ると、大半は僕のほうを向いていたのだけれど、十匹ほどが順調に壁を登り続けていた。


「駄目だったか……」


 回数制限のある遠距離攻撃をするか、高速移動で駆けつけるかを悩む。が、それは杞憂きゆうだった。先程の騎士が、なんらかの法則を用いて、芋虫の何匹かを凍らせた。そのまま氷の槍をどこからともなく取り出して、残りと戦闘に入る。


『流石はこの町を守る者。ただ守られるだけの弱者では無かったようじゃのぅ』


「そうだね……傲慢ごうまんだったかな」


『いいや、当然の権利じゃ』


 気休めでしか無いけれど、アテナの言葉に安堵する。


「ありがとう」


 なんとなく告げて、光の剣をもう一本出す。敵の数が多いため、強い一撃よりも手数を増やすためだ。光の剣は軽いため、片手でも振り回せる。


 しかし、欠点もある。しっかりと、刃こぼれを起こす事だ。


 ただ、それを除いても不自然な点がひとつあった。


「消耗が早い……?」


『お主の腕が落ちたのか、加護の力が弱くなったのか』


「解らない」


 十五匹を倒した辺りから切れ味が落ち始め、黒い返り血が刃にべっとりと着いているため、変に滑る。


 剣を新しい物に変えるか、節約するかと悩んだ一瞬、それは油断となった。真後ろから糸を吐いてきた芋虫への反応が遅れ、剣を一本取れたのだ。


「捕まったら、まずそうだな……」


 抜け出すのには苦労しそうな糸だ。


『あの芋虫……』


 アテナが熟考しながら呟く。


「どうしたの、何か弱点でも見つけた?」


 問うと、アテナは『いいや』と否定し、あたかも世紀の発明でもしたかのようにこう言った。


『この世界にエルフが居たら、エルフを陵辱してそうじゃのぅ』


「真剣に戦ってる時にやめてくれない!?」


 余裕は無い。どれだけ敵が来るか、いつ援軍が来るか解らない以上、やはり武器の無駄遣いは避けたい。


 光の剣は、平均すると、昼なら十五本、夜は五本まで出す事が出来る。数は昼のほうが出せるが、切れ味は夜のほうが鋭い。


 一本を奪われた。二本目は切れ味が心もとない。仕方なく三本目を取り出す。


「俺を使うか」


 壁の上から降って来たアレスが、ついでとばかりに芋虫を踏みつける。


「…………」


 どうすべきか。というのは、あまり考える意味が無い。


「アレスはまだ出し惜しみしたい。上でグランチさん達と、壁を登ってきた芋虫を」


「承った。……グランチが言ってたが、この芋虫は消耗させるための盾変わりらしい。次からが本番だ」


 言いながら、アレスは上へと飛ぶ。


「ああ、だから消耗が激しいのかな」


 納得した。そして、納得したその瞬間。


 ガゴンッ! と、石の砕ける音がした。


 見ると、石材で出来た壁の一箇所が崩れている。


『なかなかの威力じゃのう』


「……そうだね」


 遠距離攻撃では無い事は、さっき、見えていたため解る。


 ──ただの体当たり。


 それが攻撃の正体。


 そいつは、黒い猪だった。人と同じ大きさの猪。


 芋虫達に囲まれ、それを囲うように、突進の準備をする猪達。今の刃の消耗速度からして、全ての芋虫を倒した頃には光の剣も無くなっているだろう。


「……光よ」


 切れ味が落ちていた光の剣を、地面に突き刺す。


「魔を討ち滅ぼす聖なる陣となれ」


 剣を刺した場所を中心に、幾何学模様の陣が広がる。それは瞬く間に芋虫達を囲う。


「──天花光葬サンクトルクス


 陣の中に、幾色もの輝きが灯る。


 虹色の全てが、各々の効果を持つ、小さな光の爆発。


 その現象は一瞬で終わる。


 光であるため物質は破壊せず、しかし、陣内部に居る僕以外の生物を攻撃する光。


 五本しかない光の剣を一本消費してしまったけれど、その一撃で、芋虫は全て片付いた。

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