第三話〜この世界の脅威
町中の光景は、木造、石造など材質は様々だが、殆どの建物が、細いが背は高い。そんな家々が並んでいて、僕の知る限りでは中世ヨーロッパ後期が近い。
人口が密集しているのか、人の流れは多い。
「エルフやドワーフの
「衣類からして、文明は発展途上かな」
「服装だけでは解らんじゃろう」
「そうでもないよ、アテナ。服装は一枚の布をどう羽織るか、みたいなところから始まっていて、ラインが直線的になるか大量の重ね着になるかしわくちゃになるかっていうところをさ迷う。丸みを帯びたラインを少ない枚数で、シワにならずに着る。これは凄い技術なんだよ」
「ほ、ほぅ……そうなのか」
「細かい裁縫ありきの服装っていうのは、細くて糸を通せる針が作られていなきゃいけやい。この針を作るのが、すごいんだよ」
「か、語るのう」
「それと、さっきから川が沢山ある。さっき居た森から別のラインもあって、その殆どが石材によって人口的に作られた川。──これは下水だ。衛生面も配慮されている世界みたいだね」
下水が無かったらその時点でこの世界からおさらばする事を望んだだろうけれど……。
「流石日本──地球の産まれじゃのう。発展した世界からすると、この程度の世界は見ただけで分析可能、と?」
「ん……高慢かな」
「にはは、当然の権利じゃ。先人達に感謝せいよ?」
愉快げに笑うアテナ。釣られて僕も苦笑する。
「思うに、人類以外の知的生命体が居ないから、常に人類同士の争いをしていたから、あの世界は発展したんだと思うんだ」
「ほぉ、面白い解釈じゃ。アレスが好みそうだのう」
『ああ、俺好みだ。許可する、語れ』
流石にオオカミの姿で町中には居れない。僕の中に隠れていたアレスが退屈そうに促す。
「魔神みたいな、いわゆる解りやすい敵が居ると、人間同士での争いはあまり産まれない。でも、そういう解りやすい敵は、特別な事情でもない限り滅ぼしても良いものだ。少なくとも、当人達にとっては。そうやって片一方が滅びる戦争をすると、滅んだほうが培った技術は無かったも同然になる。もしくは、上辺だけ真似たものだ。でも、双方が滅びない争いをすれば、互いが得たものがそのまま世界の財産となる」
別に僕は、戦争を肯定しているわけでも、魔神や魔王の存在を認めているわけでもない。けれどこれは、僕が思う一つの真実。
「争いこそが最も技術を進化させる。なら、同じ種族で競い合うという悲劇を今も繰り返すあの世界こそ、僕が思う、最も発展しやすい世界だ。──まぁ、戦争だけしていたら、偏った世界になっちゃうけどね」
「ご高説すまぬのじゃが、時間はあまり無いぞ。記憶喪失の旅人よ」
「あっ!」
語るのが気持ち良くなってしまった。しかし、川辺で目覚めた時から観察するに、日没が近付いている。
僕は、自分が旅をしていたが、何かに襲われた事をきっかけに、記憶と所持金を無くしてしまった、という
「魔獣や悪魔のような存在は居らず、それに当たるのは
聞き込みによって得た情報はこんな具合だ。夜の治安は悪いらしいから、暗くならない内に防壁まで移動したい。というのも、
なので、今日中に自分で稼ぐのは諦めて、さっさと野宿場所は逃げ込もうという算段だ。
「もう一つ解った事があるじゃろう?」
「?」
見ると、アテナはボロボロの布袋を僕に見せつけて、にやりと笑った。
「人が優しいということじゃ」
その袋の中には、いくつかの果物が入っている。無一文の僕はそれでも、町の人から施しを受けて、今晩を過ごせる。
「……そうだね」
まだ集めたい情報は沢山ある。が、日没までの速度と、目的地までの距離を考えると、少し急ぐ必要がある。防壁と呼ばれるそれがかなり大きいため、遠くからでも見えるのだ。
いや、本気で急げば問題なく間に合うのだけれど、なにせ僕は普通の人間。普通の人間は、すごい早さで走ったりしないし、金色のオオカミにも乗っていない。
だからゆっくり進む。
「そういえば、この世界を占領する力はなんなのじゃろうな」
ふと、アテナが呟く。それは僕も知りたい事で、しかし、記憶喪失だからと言っても自然な流れでは聞く事が出来なかった事だ。
「世界には必ず、一つ以上の『根本たる力』が存在している、だよね」
「そうじゃ。地球の人間が科学を拠り所にしており、それ以前も魔法やら錬金術やらの力を頼りにしていたように、世界には拠り所にする力が存在し、人間はそれを頼りに生活する」
「なんの拠り所も無く生き続ける事は、知的生命体には不可能、なんだっけ?」
「そうじゃ。故にこの世界にも、何かが存在しているはずじゃ」
言われて、歩きながら考えるわ
アテナやアレス曰く、魔法が無い世界なのは確からしい。科学の発展が無いのは見て解る。僕が前の世界で手に入れた『加護の力』は使えたけれど、だからと言って前の世界と同じとは考えるのは早計だ。
「理法師」
ふと、思い出した単語を呟いてみた。
「なんじゃと?」
「いや、召喚された時に、最初に話しかけてきた男の人が、そんな感じの事を言っていたんだ。理法師によって僕を召喚した、みたいな事を」
恥ずかしながらあまり集中して聞いていなかったためうろ覚えだけれも、確かにそんな事を言った。
「でも駄目だ、やっぱり言葉だけじゃ解らない……」
考える内に、防壁と呼ばれる場所へと辿り着いた。
町を外敵から守るための壁。高さが十五mから二十mほど。それがどこまでも続いていて、高めの万里の長城というか、進○の巨人の壁をイメージしてくれればそれが正解だ。
所々に階段がある。上に登れるし、どうやら壁の中にスペースがあるようで、入り口みたいなのもいくつかあった。確かに、どこかのスペースを借りれば、雨風は凌げそうだ。
「今日は疲れたな……考えるのは明日で良い?」
「我は構わぬが。テストを受けたばかりじゃしのぅ」
「…………あ」
すっかり忘れていた。僕は工藤先生の呼び出しから逃げた事になっている。これは辛い……。
「城へ戻れば、暖かい環境で眠れるかもしれんのにのぅ」
「……城?」
「ゆーせーが教会教会言うとる最初の場所じゃ。抜け出した時に意識を手放しとったお主は知らぬじゃろうが、あれはこの町の中心にある、とてつもなく広い建物じゃった」
「城……巫女……巫女様……? もしかして、
ちぐはぐだ。中世ヨーロッパ風な町。城に居た、権力を持ってそうな少女は巫女と呼ばれていた。
「ゆーせーよ、知らぬ者の詮索は無意味と思うが」
「…………そうだね、無意味だ」
諦めて、階段を登ろうとした時に、しかし、アテナが言った。
「そも、知る必要があるのかのう」
「…………あはは、どうなんだろうね」
核心を突かれて、胸が痛む。僕は本当は、普通に帰れるかもしれないのだ。
城へ戻り、この世界で暮らす気は無いと告げれば、帰らせてくれる可能性もある。話し合いもせずに逃げ出したのだから、可能性は未知数。もし帰れるなら、知る必要は微塵も無い。
そのはずなのに。
「とぼけるな、ゆーせーよ」
アテナは
「──期待しておったのでは無いのか。
その瞳が僕を見据える。透き通った銀色は、何もかもを見透かしているようだった。
「……まさか。もう懲り懲りだよ、救世主なんて」
命懸けで戦って、勝つために努力して、仲間の死体を足場にするような進み方で這いずり回って、その結果負ける。世界は僕に期待していて、その期待を裏切って、そして僕だけが生き延びた。
「罪悪感を紛らわす、良い機会だとは、思わなかったのか?」
「…………」
答えれなかった。
図星とか、そういうのではなく、僕の中に答えが無かったから。
なんて言おう、そう考えて、考えて、時間だけが過ぎていく。
「ゆーせー、お主は」
「おーい、お前らぁ!!」
アテナが何かを言いかけたのを遮って、遠くから、頭上から、野太い男の声がした。
見上げると、鎧を装着した男がこちらへ手を振っている。
「もしや野宿か!? ならこっちへ来い! 夜食を恵んでやろう!!」
謎の提案に、僕はアテナと目を合わせる。
なぜ? という疑問は勿論あったけれど、ここは異世界で、僕の中にある常識は通用しない。ならばアレコレと考えても時間の無駄で、疑問に感じたなら、答えが出るよう行動しなければならない。
だから、アイコンタクトもせず、僕達は鎧の男の元へ、階段を登っていった。
壁の上は、長い廊下になっていた。綺麗な万里の長城という表現が正解だったらしい。
適当な木材を椅子にして僕達を座らせたのは、四十歳くらいのおじさんだ。
「いやぁ、今日も野宿無しかと、心配だったんだ」
と、おじさんは言う。
「野宿者が居ないのは、良いことなのでは?」
と聞くと、おじさんはしかめっ面をしてみせた。
「壁番なんてやってるとなぁ、退屈なんだわ。兵隊の少ない夜なんざ一人だから、喋る相手も居ねぇ」
「なるほど。だから、夜食を報酬に話し相手になれ、ということですか?」
「お? ちげぇちげぇ。この世は
快活に、さも当然のようにその人は言うが、僕は全く理解出来なかった。
「
物事の根拠。起きた現象を、現象たらしめる要因。理由。
「おいおいマジか、
「…………え、どうして」
「わりぃな少年、俺は城にも精通した兵士でね。あんたが逃げたって事も、見た目も聞かされてる。それに、そんな服装、目立つしな」
「あ」
僕は学生服のブレザーだし、アテナは白のワンピース。聞き込みをしている時は、外から来た人間だと言えば、むしろ大喜びで信じてくれたけれど、知ってる人は知っていたらしい。
「えっと……捕まえますか?」
「試してみても良いか? 異世界の人間の力ってのを試してみたい気持ちがあるのは確かだ」
「駄目ですと言ったら?」
「手荒な真似はしないさ」
「どうして?」
聞くと、そのおじさんはしたり顔でこう言った。
「理は間違えない。この世界を救える可能性がある者を、つって召喚されたのがあんただ。この世界を救えるかもしれないっつーあんたに、一介の兵士が勝てるかよ」
「…………」
多分、そうなんだと思う。この人はきっと僕に勝てない。でも、その理屈は理解できない。理とは、この世界の宗教的な価値観なのだろうか。
「ところでよ、その果物は、どう手に入れたんだ?」
「ふむ、これかのう」
突然話を振られたアテナは、何故かドヤ顔を浮かべた。
「この世界の人間は優しいのぅ。職も金も無いと言ったら、何人かが恵んでくれたわい」
「職も金もって……お前ら城から出た後になにやってたんだ……」
「聞き込みじゃよ。外から来たのじゃが、途中で何かに襲われ、金と記憶を無くして困っている、と言うたら、くれたんじゃ」
ちなみにアテナはこれでも神様なので、お供え物に弱い。
「あー、はは、そりゃくれるわな」
意味深に苦笑する男の人。
「どういうことですか?」
聞くと、男の人は壁の向こう側、つまり町の外を指差した。
「…………………………………………は?」
そこにあったのは、闇だった。
夜だからとか、暗いからとかではなく。
草原の向こうに、巨大な闇があった。
「……敵意は無いが、敵じゃのう」
悟らざるを得ない。
それは、見ただけで解るほどに解りやすい、この世界の敵だった。
「
凝視すると、それが闇などではなく、大量に蠢く黒い生物である事が解った。
「外から来たっつーことは、あんた達はあれを越えてきたって言ったも同然」
何万、いや、何十万も蠢く影。いや、過解。その倍ある、こちらを見据える不気味な瞳。
「この町、シオンジーテは、まさに今、奴らに包囲されているんだ」
その大量の過解の中心で、全長百メートルは超えるであろう、猪のような黒い生物が佇んでいた。
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