第五話〜神造鎧装アテナ

 芋虫達が消えた事で、猪達は怯むどころか興奮しているようだった。


 我先に行くぞとばかりに地面を蹴り、突進の準備をする。


 数は百くらい。剣で捌けば数が足りない。


「アテナ。ちょっと受けてみようか」


『よかろう』


 光の剣を一旦消し、体術の構えを取る。


 敵の数は百を超えている。どこから来るか解らない。目で見て判断する、というのは、愚行だろう。


 だから僕は──目を閉じた。


 別に、心の目、なんてものの修行は積んでいない。だから、これで敵の考えが解るというわけでは、勿論無い。


 しかし、僕は目を閉じたまま──突進してきていた一体の猪を、拳で迎え撃った。


 猪の突進と拳の衝突。しかし、アテナに守られている僕に衝撃は届かない。


 神造鎧装しんぞうがいそうアテナ。


 この鎧は──まさしく神話級のこの鎧は、この程度ではビクともしない。


 芋虫の時は、最初の落下の時点で、殴打による衝撃は無効であると解ったため、剣を使った。しかし、神造鎧装アテナの防御力は、攻撃は最大の防御という言葉を否定する。


 二体目の猪をバックブローで弾き飛ばす。


 その殴打で、ただの殴打の一撃で猪は形を無くし、影に解け消えた。


 後は、突進してくる猪を順番に殴りつけるのみ。


「ふぅ……」


 殴打の数が五十を超えて、攻撃の手が止む。


 閉じていた目を開け、構えを解く。


 猪の数は半分になっていた。が、僕の体力もしっかり削られている。


 それに。


「あの芋虫……返り血なんかじゃなかったみたいだね」


『そのようじゃ。こやつらは出血しておらん』


 猪は血を出さずに消滅した。しかし芋虫は、血糊をべったりと、僕や剣に残していった。けれどあれは血糊なんかではなく、武器の切れ味を落とすための何かだったのだ。


『倒せばオートで発動するデバフじゃの』


「アテナ……俗世に染まったよね……」


 なんにせよ。


 消耗させるための第一陣。


 突破するための第二陣。


 となると次は──


 次はの影は、否、過解は──


 それは、アシナガグモに似ていた。


 脚が六本になったアシナガグモ。


 体長が十メートルに至るアシナガグモ。


 脚の数も、体長も、僕が知るアシナガグモとは違うけれど、しかし。最大の違いは、僕が知るアシナガグモは群れを成さないということだ。十体ほどで列を組み、そいつらは三十メートルほど先で停止した。


「……パンチでも、斬撃でも、一筋縄ではいかなそうだね」


『じゃの。問題なのは猪共が残っているという点じゃ』


「蜘蛛に飛びかかったら、やっぱり猪の狙いは壁に移るよね」


『そう考えるのが妥当じゃろうて』


 けれど、猪も学習したか、僕に突進するのは意味が無いと悟ったらしく、こちらへ来ない。


 しばし停止する。


 僕の狙いは時間稼ぎだ。


 門番であるグランチさん達を、見張りとして無駄死にさせない。そのために僕が、本軍が来るまでを稼ぐ。これが僕の狙い。


 敵の狙いが進行なのか陽動なのか解らないけれど、それは僕には関係のない事だ。


 僕は救世主のなり損ない。救世に失敗し、一度世界を見殺しにした。大切な人達の犠牲を受け入れ、彼ら彼女らの死を無駄にし、自分だけが生き残った。


 そんな人間に、そんな最低な人間に、何をどうこうする資格なんて無い。


 解っている。


 だから、だけど、せめて少しだけ手を貸して、あとは干渉しない。それが僕に与えられた唯一の権利。


 だってそうじゃないか。本当は世界を救えるけど、君たちだけは救えなかったんです、なんて、なんて酷い嫌味だ。そんなんじゃ諦めが着かない。最初から、徹頭徹尾、救世主の器じゃなかったんだとしたら、それは仕方ない事になる。


 諦めが着く。


 諦めて貰える。


『呆けるな! 馬鹿者!!』


「!?」


 アシナガグモのようなそいつの口のような場所から、何かが弾き出された。なんであろうと回避を試みる。


 上空から降り注いだそれを横へ飛んで避ける。


 それは土を弾いて煙を上げる。


 何かを飛ばしたのか、衝撃波か。それによって対処は変わる。弾くか、ガン無視するか。鋭利な物が飛んでくるなら、流石に回避がメインだろう。


『ゆーせーよ、後ろじゃ!』


「っ!!」


 後ろに該当するどこからの攻撃でも回避するため、やや大袈裟に、一度横へステップ。地面に突き刺さって煙を上げる。


「──音が無い……?」


 無い事は無い。しかし、軽い。早さの割に、土に当たった衝撃音が弱い。


 土煙のせいで、それを食らった地面がどうなっているのかまだ見えない。


 土煙が晴れるのを待ってくれる連中なら、人類の敵になったりは、きっとしないだろう。僕は目を閉じて、光の加護で攻撃を読む。


 マシンガンのような乱発は出来ないみたいだけれど、それなりには撃てるらしい。十体が変わる変わるで攻撃を繰り出すため、コンマの隙も無く回避が続いた。


 だが、それもいつまでもは続かない。


 ずる、と、足元が崩れた。いや、滑ったのだろうか。そんなぬかるんだ地面では無かったはずなのに、いきなり足元が泥のようになり、踏み込んだ際にバランス感覚が狂う。


「!?」


 その間も敵が攻撃を緩める事など無い。倒れて回避。横に回避。転がって回避。


 それがマズいと知って、咄嗟に飛び跳ねる。


 地面はぬかるんだのではなく溶けていたのだ。


 赤く、溶けていた。


 上がっていたのは土煙ではなく煙だった。


『……喰らったのう』


「……攻撃の正体は熱線か……」


 溶けるほどの温度を直接浴びるわけではなく、アテナの防御があるけれど、猪の突進とは違って、少なからずダメージが入った。軽い火傷だ。


 なら、仕方ない。


 攻撃の回避を続けながら光の剣を一本取り出す。


 そしてそれをすぐに、砕いて空気中にばら蒔いた。


 その途端に、敵の攻撃が僕に向かなくなる。全ての攻撃が、回避するまでもなく、程よく外れていく。


 現在いま、空気中に光の屈折を作り出し、僕の居る場所を偽造しているのだ。あのアシナガグモ達には、僕が違う場所に立っているように見えている。


 数少ない夜の剣。貴重だから減らしたくなかったのだけれど、これで残りは二本となった。


『来るぞ』


「わかってる」


 遠距離攻撃が当たらなくなれば、敵の取れる手段はひとつ。近距離攻撃だ。


 熱線の砲撃を掻い潜り、数体の猪が突進してきた。


 迎え打とうと構えを直した、その時。


「放てええええええええ!!!!」


 凛と突き抜ける、真っ直ぐな声。


 その直後に、いくつかの閃光がほとばしる。


 爆発。氷結。雷撃。衝撃波。色々なものが混じり、アシナガグモに直撃する。


「……………………魔法……?」


『そんな汚らわしい気配は感じぬがのう』


 呆然としてしまった。猪の突進が大した事は無いというのと、援軍の数に驚いたのだ。


 どこにこんな数が、と言いたくなるほど、壁の上には兵士が敷き詰められていた。


 そして、その内の一人が、僕の横に降り立つ。


 燃えるような赤い髪。機動性を重視しているらしい軽そうな鎧も赤を基調としていて、その随所からはみ出た細い身体は、戦場に相応しくない(僕が言えたことではない)華奢な印象さえあった。睨むだけで攻撃力を伴いそうな鋭い目。その赤い瞳は、しっかりと僕を見据えている。


「ご助力感謝致す、異邦の者よ。待機せよ、と神格の獣に命じられていたが、訳あって横入りさせて頂いた所存」


 見ただけではあやふやだったが、喋れば確定する。若い──僕と同い年付近の女の人だ。


「構いません。訳とは?」


 突進してきた猪を弾き飛ばしながら問う。


「イーノスを……否、幼虫に似た姿の敵を一撃で消し去ったという技をもう一度使えるだろうか。それを最大火力で、次の敵にぶつけて欲しいのだ」


 猪を回避し、すれ違いざまに細剣で切りつけながら、その人が言う。


「二度までなら使えます。温存しろと?」


 敵の遠距離攻撃は、壁の上に居る兵士達の攻撃と相殺されている。


「さよう。助力を頂けるのなら、我々が動きを止めるゆえ、敵の心臓部へ、その攻撃を放って頂きたい」


「それが終われば僕は撤退します。構いませんか」


「それが終われば一時休戦ゆえ、モテなしを受けて欲しいくらいだ」


「城にはまだ戻りたくありません」


「ならば、私の屋敷で。一晩泊まってくれたら、後は好きにして良い」


「…………解りました。では、美味しい食べ物を期待します」


「一流のシェフが居る」


 さて、猪の数も減った。


「アシナガグモは普通に倒して良いんですよね?」


 あの巨大なやつは、どうやら魔法……じゃないんだっけ。魔法のような攻撃達では倒し切れないらしく、止めを刺しかねていた。


「あしな……? サーチェスか……? 五体ずつ、というのが、妥当と思うが──競走、というのは如何いかがであろうか」


「解りました」


 光の剣は使わない。なら、アテナによる殴打しか選択肢に無い。


『我は鈍器ではないのじゃが……』


「ごめんて」


 言いながらも躊躇いはしない。光の加護による加速で、高速でアシナガグモ──サーチェスの眼前へと飛ぶ。


 アテナの防御力はまさしく神話級。


 光の加護による加速は、光速から重さや空気抵抗等、様々な要因を差し引いた高速。


 その硬さで。


 その速さで。


 殴る。


 というより、助走付きなのは初撃のみだからタックルに近い。


 単純だが、威力だけなら光の剣で切るよりも強力だ。


 サーチェスと呼ばれた巨大な虫は、その甲殻のような何かを砕け散らせながら、ゆっくり後ろへ倒れていく。その倒れていくそいつの上に着地し、次の獲物を睨む前に、援軍で来た女の人のほうを見た。


『飛んでおるのう』


「というより、空中を走ってる……?」


 何も無い空気の上を走りサーチェスの目前へ迫ったかと思うと、まるで空気でも切るかのように軽い振りで、さも当然のようにサーチェスを切り刻んでいく。


 しかも、空中では自由の効かない僕と違い、どうやらその人は好きなように走り回れるらしく、まさしく縦横無尽に敵を切る。


 僕のやる事は単純に、構えて、飛んで、殴って、着地して、飛んで助走付けてまた殴ってを繰り返すだけの単純作業。


 胴体の甲殻を割るか切るかすればあとは魔法のような何かが有効になるようで、留めは刺さずに次へ行く。


 最終的に、倒した(?)数は僕が六で女の人が四だった。


「万全で挑めると、こうも容易い相手だったのか……」


 どこか嬉しそうに呟きながらも、その人は前方から目を逸らさない。


 前方から走ってくるそいつを──ゴブリンのような姿をして、巨大な棍棒のようなものを持って、大地を揺らしながら、不格好なスタイルで全力疾走してくる、全長十五m級の化け物。


「あれが、壊し屋スーザー」


 女の人が言う。


「今まで制圧された国や街町まちまちの防壁を幾度も破壊してきた、敵の特攻隊のようなやつだ」


 壁の上から、魔法や弓矢での攻撃が始まる。


 しかし。


 爆発しても怯まず。


 燃えても構わず。


 凍っても砕き。


 雷撃をも無視して。


 そいつは進む。


 矢が刺さろうとも気付いてるかすら危うい。


 口を開け、涎を垂らして、走って進んで、棍棒を振り上げる。


 なるほど、確かにこれは、明らかに厄介だ。


 雄叫びを上げ、奇声を上げ、気勢を上げ、進む。進む。進む。


 しかし。


「硬化!!」


 たった一言だった。


 爆発が敵の両手足四箇所で同時に起きた瞬間、隣りの女の人がそう叫んだ。


 すると、爆発が固まった。凝固した。


 それが固形だったかのように、爆発を模したオブジェクトのように、爆発は爆発のまま、時間を止めたかのように、硬化した。


 初めて、その化け物が止まる。


 涎を垂らして、雄叫びを上げ、奇声を上げ、気勢を上げる化け物が、足掻きつつも、動けないでいる。


 なるほど、これで外したら、とんだ大恥だ。


 僕は光の剣を二本出し、それをそれぞれ、胸と首へ飛ばし、突き刺す。


 剣が刺さった程度では痛くないようだ。痛覚が無いのか、本当に強いのか。


 なんにせよ。


「光よ、魔を討ち滅ぼす聖なる陣となれ──サンクトルクス」


 これで終わりだ。


 まばゆい光が、スーザーの首と胸に咲く。


 しばらく光の陣は闇夜を照らし続けて、それが終わった頃には、光が消えた頃には、スーザーの胸には風穴が空き、首も頭も無くなっていた。


 爆発の硬化が解けて、身動きを封じていたかせが無くなると、スーザーは、その巨大な化け物は、たた、その場に崩れ落ちる。


 夜空の中に静寂が流れる。


 敵の続きは無い。


 この女の人が言った通り、大一波は終わったようだ。


 一区切りの勝利。


 見ると、女の人の鋭い瞳とばっちり視線がランデブーする。


「さぁ、美味しい食事をご馳走しよう、異邦の者よ」


 今更かと言いたくなるタイミングで、つまり今更、壁の上から勝利の歓声が響いた。

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