第六話〜力の理由

 アテナの言語チューニングによって、異世界でも僕の認識しているモノと同じであると判断された場合、ソレという事になる。だから、僕を今運んでいるのは馬車で、この世界でソレをなんと呼んでいるか解らないけれど、この車を引いているのは馬ということになっている。


「今更ではあるが、私はクラウディア・アロースミスとう。アロースミス家は、ここ、シオンジーテでは知らぬ者は無い、誇り高き騎士の家系。この防壁南西部を任されている。私はその、アロースミスの現代表である。そなた達は?」


 僕の正面に座る赤髪の女性は、その鋭い瞳で真っ直ぐ僕を見ながら言った。


「僕は太刀川祐誠。日本という場所から来ました」


「アテナじゃ。して、さっきまでオオカミの姿をして、今はゆーせーの中に居るのがアレスじゃ」


「タチカワ……変わった名前と……恐れ多い名だな」


 訝しげに言うクラウディアさん。


「畏まる事は無い。我は今、しがない勇者の防具ゆえな」


 多分クラウディアさんは今、アテナを神様の名前を語る変なの、にしか見えてないんだろうなぁ……。


「屋敷へ着く前に訪ねたいのだが、よろしいか」


 聞かれ、僕は無言で頷く。するとクラウディアさんは、ひとつ深呼吸をして、質問をする。


「何故、あれだけの力がありながら、召喚された城から逃げ出したのか」


「…………」


 困った。というわけでも、恥ずかしいわけでも無い。ただ、あっけらかんと簡単に、易々と語れる事では無いのだ。


 今度は僕が深呼吸して答える。


「僕には、資格が無いんです。……僕は以前にも異世界に召喚されていて、その世界を救い事が出来なかった。……怖いんです。負けて、また世界を失う事が。もしくは、勝って、世界を救う力があったはずなのに、あの世界の大切な人達を守れなかったのだと、思い知ってしまう事が」


「…………」


 今度はクラウディアさんが黙る。こんな唐突な話、信じて貰えないか、とも思ったけれど、そうでは無かったらしい。


「勝っても負けてもそなたに利は無い……成程、それならば、断ろうというのも、仕方ないやもしれぬな……」


 納得されてしまった。


 グランチさんも町の人もだけど、この場所の人は、どうしてこうも寛容なのだろう。


 世界の。自分達の居場所の、命運が掛かっているというのに。


「ではせめて、そなた達の力について──可能であればで良い。聞かせては貰えぬか」


 その質問一つで悟れた事がある。クラウディアさんの真っ直ぐさについてだ。


 僕が手を貸さないというのなら、自分が強くなるしか無いと、今の一瞬で判断したのだと思う。そして、僕の話から、少しでも力になるものを探そう、と。


「少し、複雑ですよ」


「構わん。聞かせて頂けるのなら」


 その真っ直ぐな瞳を誤魔化せる気がしなかったし、別に隠す事でも無い。


「どこから話しましょう……」


「願わくば、最初から」


 間髪入れずに迷いなくそう言われて、少しおかしくなってしまった。力というものに、よほど興味があるらしい。


「えっと……では、なるだけ掻い摘んで」


「うん」


 僕は、伝わり易いよう、出来るだけゆっくり、話し始める。


「──僕は、日本という国で産まれた、何も無い、普通の人間でした」




 ⿴⿻⿸──⿴⿻⿸──⿴⿻⿸




 魔神グラディオスによって、その世界は一度滅びかけた。


 力なく蹂躙される事しか出来ず、逃げ惑うばかりだった人類は、しかし、差し伸べられた救いの手によって、希望を得る。


 神、アテナとアレスが、人類のために立ち上がったのだ。


「ひゃっはー! 誰に叱られることもなく暴れ回れるぜぇぇえええええ!! 殺しても良いやつってのはどいつだぁぁあ!!」


 と、神アレスは仰った。


 その力は戦乱を好み、しかしその力をひとたび振るえば戦乱は止む。


 グラディオス率いる軍勢を退かせる刃として、アレスは幾度も、その身体を返り血で染めた。


「処女神とか言って周りの神から見下されるの悔しいのでちょっとここいらで功績立てる」


 と、神アテナは仰った。


 戦いの神でありがら攻撃の術を持たず。しかし何者にも敗北し得ない鉄壁の防御を誇る。


 グラディオス率いる魔物達から人類を守り、その有り様は命だけでなく、人類の心さえも癒してみせた。




「ゼウスのクソ野郎に、これじゃただの魔物虐殺だって叱られたんだが……人間と共に歩まねば救いにならない、とか、言ってる事まじ意味わかんねぇ」


 思わぬ天啓に嘆かれたアレスは、その姿を剣に変えて。


「アプロディーテーに、どんなに戦っても結局処女でしょ? って舐められた。男と心を通わせる事も出来ないなんて哀れ、とか馬鹿にされた」


 ままならぬ試練に嘆かれたアテナは、その姿を鎧に変えて。


 一人の勇者を選別し、彼と共に、グラディオスとの戦いに挑んだ。


 しかし、争いは激化の一途を辿る。


 いよいよこの世も終わりかと、誰もが諦めかけた。


「戦乱の締め括りは俺様がやる! 異論は認めねえ、俺の勇姿、しっかりその目に焼き付けなぁあ!!」


 アレスは、自滅覚悟の特攻をグラディオスに仕掛けた。


「あ、じゃあ永久保存してあげるね。これで男と心を通わせたって事になるよね。なるよね?」


 アテナは、その防御力を内側に働かせるという機転でもって、グラディオスを封印した。


 アレスとアテナの力で、グラディオスは封印されたのだ。


 こうして、世界に平和は取り戻された。




 ⿴⿻⿸──⿴⿻⿸──⿴⿻⿸




「──ある世界に、こういう神話がありました」


「──冗談であろう!?」


 これが本当だから困る。その世界での聖典では、アレスもアテナも、もっと良い神様風に書かれていたけれど、本人達から聞いた話を繋げると、さっきみたいな感じになる。


「念のために言うておくが、どの世界においても、神話はほぼ同じじゃ。じゃが、各々の世界に各々の神が居る。世界の数だけ、我のようなアテナという神が存在するということじゃな。じゃから、お主らの知っているアテナとは、同じであって別物じゃ」


「成程……本物の神であったとは知らず……無礼を働いた」


「硬くなるでない。お主らにとっては他人じゃしのぅ」


「ところで、その神話の勇者というのが、タチカワ殿なのか?」


「いいえ」


 僕は首を横に振る。


「先ほどはあくまで神話の話。僕が召喚されるのは、それから千年後になります」




 ⿴⿻⿸──⿴⿻⿸──⿴⿻⿸




 その世界の人々は、魔法と呼ばれる神秘の力を用いて、裕福に暮らしていました。


 しかしある時、魔神グラディオスが復活。魔物と呼ばれる害悪を率いて、瞬く間に世界を占領。グラディオスには一切の魔法が通じず、しかし魔法以外の攻撃は届く事すら無く、人類は絶望しました。


 しかし、そこへ、アレスとアテナも復活したのです。


 アテナは生きていたので、精神だけ成長。しかしアレスは死んでしまったので、生まれ直すという形での復活でした。産まれ直した際に性別が変わるというハプニングもありましたが、力は健在。


 これでもう一度勇者を選別すれば、世界は救われる。──はずでした。


 しかしそれが、グラディオスの罠でした。


 アレスとアテナは、世界に顕現したその瞬間、開口一番こう言ったのです。


「「くっさ!!」」


 どうされたのですか、と、一人の神父が近付くと、アテナは全力で拒絶しました。


「近付くでない! 魔神の力を頼り生活する愚鈍ぐどんな馬鹿共め! 汚らわしいわ!」


 そうです、魔法とは、封印された魔神グラディオスが世界にばら蒔いていた、自らの力の欠片だったのです。


 その世界の人々は、産まれた瞬間からその魔力に毒され、魔法を使えるのと引き換えに、神の力を受けられないようにされていたのです。


「どうすんだアテナ。こいつら、俺らに触れもしねぇぜ」


「どうも何も無い。グラディオスは滅ぼさんと気持ち悪いし、我の目的が果たせん」


「俺も好きに暴れらんねぇしなぁ……」


 二柱の神は悩みました。


 悩んで、悩んで、一分くらいで思いつきました。


「「異世界から呼ぼう」」


 魔力に毒されていなければ、アレスとアテナを使う事が出来ます。なので、魔力の無い世界から、魔法の使えない者を召喚する事にしました。


 大魔法を用いて異世界から召喚する。


 そして、選別が始まりました。


「まずは、神との適正が高いが、付け入り易いよう無宗教の者を選出じゃ」


「悪用されたらたまんねぇから、善人にはしたほうが良いよな」


「ふむ。戦い方はこちらで教えれば良い。変な癖を覚えておらず、飲み込みの早い素直な者が適切じゃな」


「成長速度が欲しいな。精神も肉体もどうとでも鍛えちまえる若いのが良い」


「しかし、使い物にならんと困るでな、間を取って十四歳くらいにするとしようのぅ」


「あと男だ。俺よー、女に生まれ変わっちまったせいでほら、性欲的なの持て余してんだがよ、この世界の馬鹿共、魔力に毒されてやがっから、触れもしねぇんだ」


「ふむ……じゃが性欲旺盛では我が困る。処女神じゃしのぅ。というか経験豊富なやつだと悔しいから童貞にせんか?」


「お前……気にしすぎだろ……」


「コンプレックスじゃ」


「まぁいい。神への適正が高いが無宗教で、圧倒的善人な思春期でありながら童貞で武術の嗜みもねぇ男な。──なぁこれって大丈夫なのか?」


「さぁのぉ。少なくとも異世界から召喚した勇者を性の捌け口にしようとしてるお主は大丈夫じゃない」


「処女コンプレックス拗らせちゃってるお前が言う?」


「まぁいい、大分絞れた。おい間抜け共、召喚始めろ」




 ⿴⿻⿸──⿴⿻⿸──⿴⿻⿸




「──こうして召喚されたのが、僕だったんだ。こうして僕は、アレスとアテナと、その世界の人達と出会ったんです」


「……な、なるほど……。え、冗談ではないのか!?」


 驚かれてしまった。無理も無い。なにせ、ふざけた話なのは自覚があるからだ。


「事実じゃ。どうせ我ら神の力を振るうのじゃ。選別など、適当で充分じゃった」


「さ、さようか……」


 呆れられてしまった。仕方ない。だって、これを聞かされた時は僕も呆然としてしまったのだから。


「いや、すまない。こう言ってしまうのは不躾だが……そのような選び方をしてしまったから、救世に失敗したのではないか? 我らとて、人々を守るために戦う騎士を選ぶ時は神経を使っている」


 と、クラウディアさんは言う。


 その言い分は正論だと思う。否定のしようが無い。


 けれど、根本を間違えている。


 いいや、と、僕は首を横に振る。


「僕は……僕達は、魔神グラディオスを倒し、その世界を救う事には成功しているんです」


「え……」


 クラウディアさんが目を見開く。


 その間違いも無理はない。


 なにせ、誰がこんな話を信じれる?


 異世界召喚は可能と知っている人だって思いも依らないはずだ。


「アテナやアレスと出会った世界を、アテナやアレスと共に救った僕は、元の世界に帰還しました。それから一年と少しして、もう一度僕は、今度は別の世界に召喚されました」


「そんなっ……まさか!」


 クラウディアさんが立ち上がる。


 僕は思い出す。


 思い出したくなくて。けれど一度だって忘れた事のない日々を。


「僕はここに来る前にも二度、異世界に召喚されています。──今回の異世界召喚は、三回目なんです」

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