第七話〜理
加護の力と呼ばれる物がその世界にあった。魔法のような利便性は無く、原則として一人一つの加護を得る。一つも持ってない人も沢山居た。それが諸悪の根源を産んだ。
加護が神に与えられる力だと言うなら、神は人類を差別し優劣を付ける不平等主義者だ。愚劣で卑劣で卑怯で狭量な偶像に過ぎない。ならば、そのような神ならば不要であると。排除すべきであると。神を否定するために作られた概念。最悪の宗教。
その悪魔崇拝の信者達とそうでない者たちとの争いは絶えず続いた。
長らく続いた戦争は、兵器開発技術だけで言えば地球を上回っている分野まである。
人体実験や薬品投与による
死体に寄生して、死にながらも動く魔物へと変貌させる
呪術。
あらゆる悪逆を尽くし、彼らはついに、その者の召喚に成功した。
──魔王。
それは概念に近い存在だった。
神に仇なすあらゆる害悪の集大成であった。
魔王はその力で、悪魔と呼ばれる眷属達を創造。
悪魔。魔物。サイボーグ、パラサイト。魔王。これらが人類の敵。
その現状を嘆き、彼女は祈った。
若くして戦争で親を亡くし、王位を継承した王女ヴィクトリアは、祈る事しか出来なかった。
──神よ。どうか我らをお救い下さい。
しかし、その願いが聞き届けられる事は無かった。
神々は、その世界を見捨てたのだ。
魔王の力は神をも超えた。
魔王を作り上げた悪魔崇拝の信者達は既に、全員がサイボーグと化して、人と言える姿では無くなっていた。
戦争が続き死者が出れば、その死者達は敵となって復活する。
その状況下でようやく、二柱の神の元に、ヴィクトリアの願いが届いた。
アレスと、アテナ。
二度目の召喚はそうして、僕ではなく、神に救いを求め続けた結果、僕と共にある神のほうに成されたのだ。
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「後はさっき話した通り、結局敗北した僕は、むざむざと自分の世界へ逃げ仰せた……というわけです」
見ると、クラウディアさんは目を見開いて、しばらく動揺を隠さずに居た。
「人が……人を……? ありえん……ありえるわけが……」
「……この世界では、人が人を殺すのは、珍しいんですか?」
「当然だ!」
ガタン、と立ち上がって、しかし揺れた馬車は、クラウディアさんをすぐに座らせた。
「……いや、これもまた、
本当に動揺している。ということは、この世界では人間同士の争いどころか、
「すみません、僕からも聞いて良いですか?」
「……すまない、取り乱したな……。なんだ?」
「その……理についてを聞いても?」
「ああ、勿論構わないが……屋敷に着いた。続きはリビングで、ということにしよう」
言われ、案内されるがままに馬車から降りる。……本当にすごい豪邸だ。
クラウディアさんに案内されて中に入ると、外観よりも凄かった。
大理石の廊下。壁の至る所には宝石の宝飾が埋め込まれている。
「ようこそ、アロースミスの屋敷であり、我がアトリエへ」
──アトリエ。
作業場?
言葉に引っ掛かりを覚える。
「
歩きながらクラウディアさんは続ける。
「我が理はこれだ」
鎧の内側から取り出された、いくつかの石。
石? そんな安いものじゃない。
ダイヤモンドだ。
「生物や物質は、そこに存在しているだけで、
少し、魔法に似ていると思った。
空気中、もしくは体内にある魔力を利用して、能力を発動するのが魔法。
リビングらしい、長いテーブルが用意された部屋へ案内される。
「私は炭素の理を持っている。高濃度の炭素であるダイヤモンドから理を頂く事で、能力を発動している。その際、関係ない術を放つ事は可能だが、自身の理に準じた能力のほうが、効率よく術を使えるのだ」
「ま、待って下さい! た、炭素って……」
「ん? ああ、知らぬのも無理は無い。これは、炭素の理に触れている私にしか解らないもの故な」
「い、いえ、そうではなく……何故、知っているんですか……?」
炭素。元素。
物質の構成要素をそこまで暴ける化学力では無いと思うのだけれど……。
しかし、クラウディアさんは応える。
「──
「……………………」
「では、着替えてくる。座って待っていて頂きたい」
僕の返事を待たず出ていくクラウディアさん。僕は呆然としながらも、長テーブルの下座へと腰掛ける。その横へアテナが座る。
「……すごい」
加護の力も凄かったけれど、魔法も凄かったけれど、なんだろう、どう言ったら良いのか解らないけれど、優しいな、と思った。
人を選別する加護。
魔神の罠だった魔法。
それらに比べて、あたかも力と共生するかのように、全ての人が使えるという、理。
「……効果は、見てしかるべき、じゃのう」
クラウディアさんは、爆発を固まらせてみせた。
細い剣で、刃こぼれも起こさず、スーザーを切り裂いてみせた。
そういえば、見るからに軽装で戦場の最前線に立っていた。
「……理」
謎の感動に包まれて呆けていたら、いつの間にかクラウディアさんが戻ってきた。
「じきに料理が出てくる。それまで、話を続けよう」
「では、聞いても……?」
「なんだ?」
「アロースミスの家長と言いましたよね。……おいくつですか?」
「……疑問に思うのも無理は無い。我が父は、隣町が
「…………すみません、この世界での礼節を知らないのですが……お悔やみ申し上げます」
「知らぬ者なのだから、悔やむも何もなかろう」
クラウディアさんは何の気なしに言うけれど、僕の心には深く刺さった。
そうだ。僕は知らない。
この世界で失われた物の価値も、これから失われていくであろう物が何かも、知らない。なにせ、僕には関係ないのだから。
「クラウディアさん、強かったですね」
「そなたもな」
「クラウディアさんは、この町で……この世界で、どれくらいの強さなんですか?」
「うん、世界では解らぬが、この町での単純な戦闘力で、一体一なら三位に当たる。自前の騎士団含めれば二位になる」
「敵の強さは?」
「…………計り知れない。数は無尽蔵。先程倒した巨人のようなやつは何体も居る。奥に居た巨大なやつ。あれが親玉なのだが、文献によると、十三体。その内三体は討伐されており、あれは四体目になる。これも文献にしか書かれていないが、あの親玉を倒せば次の親玉が現れ、徐々に力を増していくそうだ」
そして、と、クラウディアさんは重たげにこう付け足す。
「既に、この世界にある半分の町が制圧された現状だ」
と。
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