第二十一話〜ジュール
『これは……。出るに出れねぇな』
僕の中に入ったままのアレスがぼやいた。そりゃそうだ。あたりは虫だらけで、口呼吸しようものなら吸い込んでしまうのではないかと思えるほど、視界の殆どが虫で覆われている。
『アレスが出たら、何もしなくても切っちゃいそうだね』
振るうまでもなく、虫のほうから突っ込んできてしまっても、何もおかしくは無い。というか、なんだろう、僕の勝手な思い込みだけれど、虫って逃げるのは早いけれど、割りと自分から危険に飛び入っている気がする。光り物には構わず突っ込む、みたいな。
でも、そういえばだとしたら、銀色で太陽を反射しているアテナに突っ込んできてもおかしくないはずなのに、そんな事態には一度も陥っていない。
「……僕を避けてる……?」
足元を見ると、僕の付近にだけ、花はあれど虫は居なかった。
「認識出来る数は少ないんだけどねー。私が産み出した虫ちゃん達はお利口だから、私の友達には害を加えないんだよねー」
おっとりと言うレヴィーナさん。
『友達でなければ有害なのじゃな』
『やめてアテナ、考えないようにしてたんだから』
そもそもこの蟻。人を運べると認識しているなら、人を運んだと判断しても良い。蟻が他の生物を運ぶ機会なんて、僕にはひとつしか思いつかない。
「一応言っておくけど、ほんとに逆転はしてないからね?」
注釈するレヴィーナさん。まぁ、そこに関しては流石に過信していない。町を包囲していた戦力に比べると少ないとはいえ、今まで小出しだった過解が、今回は全部同時に来る。しかも、強くなって。
芋虫型の過解イーノスは蟻に噛まれ、悲鳴のような音を上げながら黒い液体を撒き散らす。あれは、刃の切れ味を落とすもの。きっと蟻の顎にも有効だ。だが、その液体の被害に遭った蟻は、同時にイーノスにも潰されてしまっていたけれど。
猪型の過解アーバスは突進し、蟻を踏みながら進み、次第に噛まれて横転し、そうなれば最後、蟻に集られ消えていく。そう見ると順調なようだけれど、やはり、アーバス一体に費やす虫の数は多い。
クモのような過解サーチェスは熱線を発する。それはひとたび振るわれれば虫などひとたまりも無いもので、事実、虫たちは容易く葬られていった。一度しか喰らったことの無い熱線だけれど、あれの威力も上がっているのは間違いないだろう。
ゴブリンに似た過解スーザーは、狂戦士が如く突進する。蟻に噛まれようとお構いなしで、棍棒を地面に擦りながら進むため、その後ろには息絶えた虫と、抉れた地面しか残らない。蜂の毒が回ったのか、蟻に脚を潰されたのか、数体居たスーザーは僕らへ到達する前に、地響きを鳴らしながら倒れていく。倒れて尚も足掻き続けていたが、地べたは蟻達の独壇場。瞬く間に食いちぎられていった。
「サーチェスとリュウマンティスは僕が切り込んで殻を破りますので、トドメは虫たちで」
「お、気が利く! よろしく!」
光の加護を発動させながら、大きく飛ぶため身構える。
『我は鈍器では無いのじゃが……』
「ごめんて」
本当にすまないとは思っているのだけど、如何せんこのアテナの使い方を僕に叩き込んだのは、アレスとアテナ本人だ。だから反省するつもりは無くて、僕は遠慮なく、地面を蹴り、飛んだ。
「光よ」
光の剣を一本取り出し、それをその場で砕く。光の粒子は付近の光景を捻じ曲げ、敵には僕の居場所がズレて見えるようになった。おかげで、サーチェスへ向かって真っ直ぐ飛んでいるのに、放たれる熱線が僕に当たる事は無い。
サーチェスの元へ到達すると、飛翔の勢いをそのままにサーチェスを蹴り倒した。一度ではヒビしか入らなかったため、サーチェスが大地へ倒れこもうとしている間に数発の拳を叩き込む。それでやっと甲殻を破る事が出来た頃には、サーチェスは大地へ倒れた。あとは火炎蜂に任せるもして、僕は体勢を整えて次のリュウマンティスへ飛ぶ。
リュウマンティスに鎧の拳を叩き込むが、やはり反発する力が足りない。ほんの小さなヒビが入っただけで、リュウマンティスは倒れる。この程度のヒビでは虫が入り込めないし、勢いを付けなければヒビも入らない。これでは倒しきれない。
本当に強くなっている。単純に底上げされているだけだとはいえ、強くなる前もサーシャさんに手伝ってもらった敵なのだから、一人ではお手上げだ。レヴィーナさんの虫が入り込める隙間を、せめて作らなければならない。
とはいえ、サーチェスならなんとかなるのに、サーチェスとリュウマンティスでは防御力の質が違うのだ。
「…………」
質が違う。
質が違う?
「あ」
付近に居るサーチェスを見る。奴らは僕に熱線を放つのを止めて、虫たちに専念していた。さっきまでは意気揚々と僕を狙っていたのに。
そういえば、兵法には色々な方針がある。
ひとつの部隊は同じ武器で統一したほうがコンビネーションが容易く、武器が
とか。
様々な状況に対応するため、混成部隊こそが相応しい。
とか。
そんな事を思い出した瞬間にはもう動き出していた。僕は、熱線を放つサーチェスへ飛び、脚の一本を折った。体勢を崩したサーチェスの本体へと飛び掛かり、その首が、熱線を放つ瞳のような場所が、倒れているリュウマンティスへ向くように殴った。
熱線はすぐに止まった。仲間を撃たないようにしたのだろうけれど、少なくともその熱線は、リュウマンティスの甲殻に、決して小さくない穴を開けた。
ちなみに。リュウマンティスは他のリュウマンティスと一定の距離を保っており、あまり近くには居ない。そのため、リュウマンティスの甲殻に他のリュウマンティスの甲殻をぶつけるという事は出来ない。
だが、サーチェスならば話は変わる。
そう遠くない場所に他のリュウマンティスが見える。サーチェスを少し突き飛ばして押し倒せば、サーチェスをリュウマンティスに激突させることが出来る距離だ。
僕は空中でサーチェスを蹴り、回り、もう一度蹴る事で僕自身が反対側へ飛ぶ。着地した場所にはイーノスやらアーバスも居たけれど、それらが僕に襲い掛かるより先に、もう一度勢いを付けて飛び、既に体勢は崩れきって倒れようとしているリュウマンティスに、渾身の殴打を見回した。
相手を殴る時、最も攻撃力が高くなるポイントと、相手が最も吹っ飛ぶポイントには少し違いがある。この殴打は後者で、拳がまだ前に来ていない段階で相手に接触し、それから力を込めるようなイメージが近い。加減は難しいけれど、上手くポイントを合わせられれば、面白いくらい簡単に相手は飛ぶ。
しかも光の加護で加速してアテナの重量も乗せているのだ。サーチェスの脚は少しだが地面から浮き、リュウマンティスへ向かった。
例えば。
例えば普通に真上から攻撃しようとすると、上空には勢いを付ける場所が無いため、落下の重量しか乗らない。だから僕は横から攻撃するしか無かった。そのほうが力を込めた突進が出来るからだ。とはいえ横から攻撃しては力に逃げ場があるため、リュウマンティスは横転してしまう。
ならば。
後者で無理ならば前者で。もしもさらなる重量をぶつける事が出来たなら。
──上から襲い来る力に、逃げ場など無いゆえに。全ての力が無駄なく伝わる。
僕は着地しながら、二つの甲殻が豪快に砕け散る様を見届けた。
このやり方なら、リュウマンティスを対処出来る。そう確信に至った達成感故か。気付けば自らの拳を握りしめ、小さく胸元に曲線を描いていた。
しかしだからと言って、なら次に、とはいかない。
次に狙うべきサーチェスとリュウマンティスがどれか判断しようと視線を走らせると、ターゲットよりも先に、凄まじい速度でこちらに向かう飛翔体を目で捉えた。そいつは黒いが天使の翼のようなものを背負い、大剣を振り上げている。
殆ど反射で腕を前に出してガードすると、大剣の重みで後ろに飛ばされた。
数メートル後方で転がってから立ち上がり、何事かと見極めるより先に、アーバスの突進に気付き、まずそちらをいなす。そのやり取りは一瞬のものだが、強敵との戦闘で命取りとなるには充分な隙。僕は、ガードの姿勢を作りながら、さっきの強襲者が居る方向を見る。
しかし。
「!?」
居ない。
追撃が無いはずがない。
なら。
僕は、さっきのアーバスをいなしたのとは逆の方を見た。
そこに既に、大剣を振り下ろしている姿があった。
防御の体勢は既に出来ている。しかし、防御姿勢は出来ていれば良いのではない。敵の攻撃を見極め力の具合や角度を調整しなければ、効果は半減だ。
僕は、直撃こそ免れたものの、無様に突き飛ばされる。またもや何度も地面を転がってから、さっきよりも不格好に立ち上がる。そこへ、待ち構えていたのかそちらに飛ばされたのか、イーノスが僕にのしかかろうとしてきた。
「光よ」
この戦場でアレスは使えない。
そう判断し、僕が取り出したのは光の剣だ。光の剣が具現化する前に回転蹴りでイーノスを突き飛ばす。とはいえ、昨夜よりも大分重くなっていたので、殆どすぐ横に落としたような形だが。
そしてまだ光の剣が物質と言えるほどの硬度を持たないうちに、さっきのやつが大剣を振りかざしているのが見えた。形を成す前に使って本領を発揮する前に壊されたりしたら、本数制限のある光の剣があまりにも勿体無い。一度、後ろへ飛んで距離を取──ろうとして飛んだ所に、アーバスが横から突っ込んできた。僕は既に飛んでいる。今更回避はできない。アテナ頼りでまともに受ける。アーバスのほうがダメージを受けたようだが、やはり突進の威力増している。僕はあらぬ方向へと突き飛ばされた。
そこへ、またもや大剣を携えたそいつが突きの体勢で突っ込んでくる。僕はまだ着地出来ていないが、大剣の角度が良く見えたおかげで、その側面を蹴り押す事で攻撃を免れた。
大剣が横に逸れた事で、今度はそいつに隙が生じる。光の剣は既に形成された。僕は初めての反撃として、空中のまま、切り掛か──ろうとしたところで、そいつの身体から何かが放たれた。透明な波ののようなものだが──純粋な衝撃波だったらしい。僕の反撃は強制終了し、衝撃に呑まれて、大きく後ろへ。
そのダメージの中で見えたのは、大剣から片手を離したそいつが、片手を僕のほうに向けている姿だった。
着地と防御が間に合うか否かという速度で、その手から放たれたのは炎の柱だ。
……これはあまり、乱用したくないのだけれど……。
僕は空中で身体を捻り、回すようにして光の剣を振るう。
別に特殊な力を使ったとか、そういうわけではない。ただ単純に、炎の柱を切った。炎は二つに別れ、僕の身体を、アテナの鎧を僅かに掠めて、後ろへ逸れていく。
間一髪、攻撃を凌ぐことは出来た。……魔法とかの攻撃を斬るって漫画とかだとよく見るけど、あれ、角度とか工夫しないと、斬った後の攻撃が普通に身体に当たる。あまりオススメじゃない、賭けみたいな回避なのだ。だからやりたくなかった。
『強いのぅ』
アテナが言う。
答えるまでも無い言葉だから、僕は着地と同時に身構え、そいつを睨んだ。
天使の翼に聖騎士の鎧。聖剣のような剣にいくつかの魔法のような力。
──ジュール。
おそらく
厄介なのは、こいつは一体ではなく、何体も居るということか。
ゆえに、勇者は選ばれた 根谷つかさ @tukasa26
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