第十三話〜選択肢の無い者達

 防壁北東部。


 理法を遠距離攻撃にしやすい炎や雷に変換する能力が低いプラトン家の騎士団は、ウディウム以降の作戦の組み立てが難しい、というのが、当主であるマイケルの率直な感想だ。


 過解という脅威がこの世界に現れてから、敵の性質や侵略方法を元に、知啓の理を持つバインズ家が、作戦を立案。プラトン家の騎士団には、遠距離攻撃を身に付けるよりも容易いという事で、投石器を与えられた。


 はるか昔も過解との戦いで使われ、今でも改良されたものが大型害獣との戦いで活躍しているが、それは高価で生産されている数が少ない。よって、簡単に作れる太古の投石器を大量生産するという選択が取られた。


 種類は二種類で、防壁の上に設置する小型の投石器(といっても、人くらいのサイズはあるのだが)。そして、防壁後方に据えた大型の投石器。数回の使用で壊れてしまうし、下手を打てば自ら壁を壊しかねないが、並々ならぬ威力を発揮する兵器だ。


 最初の芋虫イーノスと猪アーバスを、強力だが機動性が低い大型投石器にて殲滅。その岩を隠れ蓑にしてサーチェスの熱線を牽制し、スーザーの突進を妨害。ウディウムの液体は岩に乗ってやり過ごし、温存していた得意でない理法の変換で炎にて、全員でリュウマンティスを撃破。


 そこまでは順調だった。


 そして、次も順調に行くはず予定だった。


「プラトン様、ご報告です!!」


 一人の騎士が、顔を青くしてマイケルの元へ駆け込んで来る。


「なんだ、どうした」


 問う。が、騎士が来た方向と、その顔色から、まさか、とは思っていた。


 そしてそのまさかは、


「防壁東部が陥落! 過解は町へ向かわず北進し、防壁内部にて、我ら投石隊と交戦中です」


 そのまさかは、想定していた中で最悪の報告だった。


 マイケルは目頭を抑える。


「ばかなっ……。アントン家は弱小じゃなかったはずだぞ……」


 防壁東部はここからすぐ隣。陥落後、敵がすぐこちらへ来たのなら、防壁の内側に隠していた投石隊を直接叩ける。延々と持ち堪え続ければいつかはなった事だが、それにしても早すぎる。


「……自分も、そう記憶しております。しかし敵は現に投石隊を急襲しており、大型投石器の使用が難しい状況です」


「…………そうか」


 くそ、という舌打ちは内心に押しとどめ、マイケルは思考する。


 マイケルは、自分がプラトン家の中で歴代稀に見る落ちこぼれであると自負している。現に、戦力としては息子のケイトのほうが強い。マイケルの父や兄は──つまりケイトの祖父や叔父は、ケイトが殺害した。よってケイトは祖父や叔父よりも強いという事になっているが、それでも身体はひとつ。


 マイケルとケイト。どちらが防壁の守りに残り、どちらが投石隊の援護へ赴くか。


「……選択肢は無い、か……」


 チーギアは空を飛ぶ。マイケルの攻撃は届かない。それでも、一体一ならともかく多勢を相手ではケイトのほうが上手。


「ケイト! 後方の投石隊の救助へ迎え!!」


 下でチーギアとの戦闘に備えていたケイトに呼び掛けると、彼は怪訝な面持ちを浮かべながら振り返った。


「チーギアは」


 その問いに、マイケルは迷わず──と言っても、ケイトに声を掛ける前に散々迷ったのだが──こう答えた。


「奥の手を使う。ジュールまで温存すべきだろうが、今を超えなければ次は無い」


 その奥の手がなんなのか、というのは、ケイトはすぐに見当が着いた。だからこそ、チーギアはなんとかなるだろうと容易に悟る。しかし、その後がジリ貧どころの話では無くなるのもまた、容易に予想出来た。


 数秒迷い、しかしケイトは決断する。


「……すぐに戻る」


「ああ、頼む」


 駆け出すケイトを見届け、そして空を見る。もはや破綻した田園の向こうの空で、憎くて仕方ない敵が、羽ばたきこちらへ向かっているのが見えた。


「……すぐに枯らしてくれるなよ……?」


 そう願いつつ、彼は今を乗り越えるため未来をひとつ切り捨てるような、そんな理法を発動した。




 ⿴⿻⿸──⿴⿻⿸──⿴⿻⿸




 防壁南西部。


 状況は、奇跡という他になかった。とはいえ前提があまりに無残で、奇跡的な確率の悲劇、という他に無いような悲惨なものではあるが。


 クラウディア・アロースミスは生きていた。身動きひとつ取れないが、辛うじて意識があった。自身や周囲の騎士の鎧に限界まで張り詰めた硬化の理法を使い、防壁を一撃で粉砕するエリュマントスの突進から命を守ったのだ。


 防壁が砕かれた瞬間、誰かが、もしくは誰か達が、理法によって爆炎を生じさせた。その爆炎と、爆炎の中にあった飛び散る防壁の破片達に硬化の理法をかけ、エリュマントスを閉じ込める事に成功したのだ。


 防壁が砕けたところで失速していたおかげもあり、エリュマントスを一時的に捕縛出来ている。


「お嬢様!!」


 地面に倒れるクラウディアの元へ、馬で駆け寄り、飛び降り、抱き抱える執事。


「……間に合ったか、フィック」


 エリュマントスを閉じ込めた最初の爆炎は、やけに強力だと思ったらフィックだったらしい。道理で都合良く気が効いたものだと、クラウディアは感心する。


「……最悪の状況……ですな」


「ああ。地獄に落とされた気分だ」


 エリュマントスの捕縛に成功した、といっても、硬化した理法の爆炎の内部は既に壊されている。今、騎士達が絶えず炎を出し続け、クラウディアがそれを外から硬化し続けるという作業を、延々と、気分的には連綿と繰り返している。


 騎士達が溜め続けた理のエネルギー、理力が尽きるのが先か、エリュマントスが突破するのが先か……などという単純なチキンレースでは無い。


 先程倒し損ねたリュウマンティスが、今も進行しているはずだ。


 防壁の外で戦っていた騎士達がどうなっているか解らない。だが、防壁内部の者だけでエリュマントス捕縛が成り立っているとは、到底思えない。


 外に居る騎士達がエリュマントスにやられれば、終わりだ。


「…………どうしたらいい……」


 強烈な痛みで動けない身体。そこに無理矢理力を込めれば、少しは頭か動くのではないかと思った。そんな事は勿論、ありはしないのたが。


「……どうしたら…………」


 エリュマントスだけは自由にしてはいけない。その本能だけが、クラウディアに理法を使わせ続けていた。




 ⿴⿻⿸──⿴⿻⿸──⿴⿻⿸




 アルマの森にて。


 ウディウム討伐に些か手こずったのは、無機物が相手では即効性のある手段が無かったためだ。


 虫ではウディウムの有毒な液体に触れただけで死に、植物では、見つけるのが難しいウディウムの核に当たるまで攻撃しなければならず、効率が悪い。アロースミス家のように、固形に変えてじっくり核を探し、そのまま刺すという事が出来ないならば、遠距離攻撃をしなければならない。


 一度ここで、理の遺伝について説明させて頂く。


 理は一人一つで、例外は無い。しかし、人生の途中で上書きされることが稀にある。男女の交配をした際に、どちらかの理法が消え、どちらかの理法が移る時があるのだ。だから性交渉や結婚は非常に重要で、隔世遺伝かくせいいでんでも起きない限り、その家の理法が途絶えてしまう事も有り得なくはない。


 ラマウェイ家の現当主、トーマ・ラマウェイもとい、その妻ポルト・ラマウェイにそれが発生しているため、トーマ達ほど操れてはいないが、ラマウェイ家特有のに触れている。


 ラマウェイ家はその力の特異性、優位性、利便性故に、他の理法に変換する事が非常に苦手なのだ。つまり、炎や水、雷やらを用いての戦闘はほぼ出来ない。


 ただ、唯一、生産輪廻の理にそこまで深く触れていないポルトだけは、攻撃と言えるレベルの炎か水を出せる。


 ラマウェイ家のウディウム討伐はこうだ。


 ウディウムは、核となる目玉のような本体から無尽蔵に半液体の毒液を出している。よって、お爺さんや子供達が毒液を足止めをしている内にトーマ・ラマウェイが大量のコケを生産し、ウディウムの上に満遍なく蒔く。すると、輪状に苔が無くなる場所が出てくる。そこが核のある場所。あとは、ポルトが遠距離攻撃攻撃を仕掛けて終わり。


 それを地面を覆うウディウムの液体全てに行うのに時間が掛かってしまった。


「よーっし、じゃあじゃあ、リュウマンティスは私がメインでやっつけるね!」


 そう言ったのは快活な、身体だけは少女らしからぬ少女、ラマウェイ家の長女、レヴィーナ・ラマウェイだ。祖父であるジェイス・ラマウェイや実父トーマよりも多彩な虫を使える、と自負しているレヴィーナは、リュウマンティス本体の皮膚が持つ毒を解毒してやろうと企んでいるのだ。


 しかし。


「孫達よーーー、すまんがおつかいを頼まれてくれんかのーーーー!!」


 意気揚々としていたレヴィーナを止めたのはジェイスだった。


「なーーーーにーーーー、おじーーーちゃーーーーーん!!」


 ちなみに遠いから叫んでいるのである。


「ワシの大蜻蛉オオトンボを貸してやるからーーー、ちーと城へ行ってーー、作戦の状況確認やーー、情勢をーー、聞いてきてくれんかーーーー!!」


「大蜻蛉だとーーー、レルラルが落ちちゃうよーーーー!」


つたで縛っておれーーーー!」


「んーーー!」


 レヴィーナは少し考えた。


 戦況は悪くない。ウディウム戦でポルトが消耗したが、彼女は少し休ませれば良い。生産輪廻の理の利便性、応用の多彩さを追求したトーマと、品種改良により虫に高い戦闘力を持たせたジェイス。レヴィーナはこの二人の強さを信じているし、事実、ジェイスはこの町で、一体一の戦闘では最強と言われている。だから、戦力としては、確かに十分なのだろう。


「そのあとはーーーー!?」


 確認すると、シュバッ、という効果音が入りそうなスピード&ストップで、唐突に、レヴィーナの目前に一匹のトンボが現れた。


「大蜻蛉の子供じゃーーー、そいつの脚に報告書でも提げてくれりゃ、あとはちょっぱやでワシの元へ戻ってくるーーーー!」


 品種改良を施された黒いトンボ。見る人が見れば悲鳴を上げそうだが、レヴィーナはその高貴な姿に目を輝かせた。


「レルラとラルラは、そのまま蝶の羽化作戦の本隊に加われーーーー、レヴィーナは、必要な場所に援軍じゃーーーー、バインズにボケナスに従えーーーー!!」


「わかったーーーー!!」


 応えると、再びシュバッ、と、今度は気を抜けば飛ばされそうな風と共に、人が4人は乗れそうなトンボが現れる。


 大蜻蛉(オオトンボ)。


 ジェイスが大事に育てた最高傑作集のひとつ。簡潔に言うと、乗れる早いトンボだ。


「そんじゃ行こっか、レルラ、ラルラ」


「わかった」「のる」


 そうしてあっさりと、三人はその場を後にした。


 ちなみに、大蜻蛉に乗ったレヴィーナが、その背中を必要以上に抱きしめ、撫で回していた事は見なかった事にした。


「おいおい、よかったのか、爺ちゃん。貴重な戦力を他に回して」


 静かなため気付かれにくいが、実は既にリュウマンティスと戦闘を開始していたトーマが言う。


 戦闘方法は、大量の菌を撒き散らすというシンプルなものだった。毒を中和──運が良ければ暴走させて倒そうとしているのだ。


「ワシの全力は子供達には刺激が強すぎるからの。退場が妥当じゃ」


 簡単そうにジェイスは答えたが、それが建前であると、トーマは理由なく理解した。


 その証拠とばかりに、


「アントン家の防壁東部と、アロースミス家の防壁南西部が墜ちた」


 と、ジェイスは自分の手に止まった二匹のトンボを見ながら言う。


「あーあー、やっぱり、さっきの爆音はアロースミス家のメルトアローってやつだったのかな」


「さぁの。話にしか聞いた事が無いから知らん。兎にも角にも防衛は崩れた。蝶の羽化作戦は決行確定じゃ」


 憎々しげなようで、しかしそれは表に出さぬよう抑えて、つまり不自然な淡白さでジェイスは言う。そして、自分が立っている木の幹を撫でる。


「まだここで。願わくば死ぬまでここで暮らせるのでは無いかと、淡い期待もしとったんだがの」


 その言葉に、トーマとポルトも表情を曇らせる。ここアルマの森は、数千年も代々ラマウェイ家の生まれ育ってきた場所。生産輪廻の理を持つ彼等の聖地であり、楽園。それを惜しまない者は、ラマウェイ家には居ない。


「おいおい爺ちゃん、感傷に浸る暇も、無い選択肢に縋る余裕も、まだ無いよ。俺達には、俺達大人には、まだまだやる事がある」


 トーマに言われ、ジェイスは苦笑する。


「…………子孫の生きる未来を作るのが、今を生きる大人の役目」


 悲しみ。悔しさ。それらを綯交ぜにした表情。


 数体のリュウマンティスが地面に倒れた。トーマの菌による攻撃が本領を発揮したためだ。


 入れ替わるようにこちらへ向かってくる影は、翼で羽ばたき空を飛び、禍々しいくちばしから炎のうごめきがチラついている。


 チーギア。


 七番目の脅威。


 その姿を見てジェイスは──苦しげな笑みを、不敵な笑みに変えた。


「さぁ、子供達の未来へ続く道。切り開きに参ろうぞ」

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