ご機嫌
オヤッサンの「あがりぃー!」という声を受けて、俺はからあげ定食を持ち、カウンターの上から宮田ちゃんへとトレイを差し出す。
「からあげ定食です」
テーブルに置こうと思ったのだが、宮田ちゃんは両手を伸ばし受け取ろうとしていた。ラーメン屋なんかでは当たり前なのかもしれないが、定食屋でそんな事をするのは、時々来るお婆ちゃんくらいのもの。大抵の人はただただ置かれるのを見届けるだけ。
本当に、いい子だ。よく出来た子過ぎる。
「ありがとー工藤さん」
宮田ちゃんはトレイを受取り、ニコニコと微笑んだ。そしてからあげ定食を目の前にして「美味しそうですね」と、さらに微笑む。
悪意の無い、とても綺麗な微笑みという印象。
なんと表現すればいいのだろう。
微笑みたくて、微笑んでいるように、見える。
「これって工藤さんが下処理したお肉ですね?」
「うん、そうだよ」
俺がそう言うと、宮田ちゃんは「ふはは」と声を漏らし、両手を合わせ軽く頭を下げる。
「いただきます」
箸立てから箸を取り出して、宮田ちゃんは早速からあげをひとつつまみ、小さいが形の良い口へと運び、小さくかじる。
口をムズムズと動かし、目を細め、口角をあげた。
「うわ、うまっ……うぁー、こんな美味しいの、久々……」
宮田ちゃんは独り言のように小声で呟き、一度唇をペロリと舐め、チラリと俺のほうを見る。そして口元を手で隠して、眉毛を垂れ下げた。
「ふはは……あんまり見ないでくださいよー。なんか照れるじゃないですか」
そう言われるまで俺は、宮田ちゃんの事を直視していた事に気づかなかった。途端に罪悪感が、俺の中で湧き上がる。
年頃の女の子なんだ、異性に食べる所を見られるのが、恥ずかしいと感じるのかもしれない。
これが、デリカシーというものか……女性と付き合った事の無い俺には、それらが欠如しているのだろう。
「すみません……ごゆっくりどうぞ」
そう言って俺はまた視線を鶏肉へと向け、包丁で開いた鶏肉をタレへと漬け込んでいく。
「下味がちゃんとしてて、すごく美味しいですねー。肉体労働してる人とかが好んで食べそうです」
「重くない?」
俺が何気なくそう聞くと、宮田ちゃんは「うーん」と、口ごもってしまった。
「見ての通りの体型で、少食ですからねぇ……レディースセットがあれば、そっちにしますかねー」
「……そうだよね。オススメしてごめん。魚系とか、もっと軽いのもあったんだけど」
俺がそう言うと宮田ちゃんは「あっ! いやっ!」という大きな声を上げた。
「ああああー……そういうつもりで、言ったんじゃないんですけど……あの、味は凄く美味しいですよ! 本当に! ボリュームが男性向けってだけで! リーズナブルな値段で美味しくてボリューミーなんて、いい事じゃないですか! 絶対に喜ばれる事ですよ!」
宮田ちゃんは突然、焦ったかのような声で弁解をしてくる。
俺は思わず宮田ちゃんへと視線を移すと、表情で「マズったー」と言っているかのように、眉毛を垂れ下げながら口をギュッと結んでいた。
「いや、そうなんだよ。ウチの店は男の客ばっかりでさ、一番人気がそのからあげ定食で、俺もつい、それをオススメしちゃってさ」
「オススメするだけの事はありますよ。本当に美味しいです」
宮田ちゃんはそう言いながら、再びからあげを箸でつまみあげ、口へと持っていった。
幸せそうな表情で咀嚼をしている宮田ちゃんを見ていると、心が洗われて行くのを感じる。寝不足で不機嫌で多少イラついていた俺の気分は、すっかりとご機嫌になっていた。
また来て欲しい……この笑顔を、また見たい……脳が自然と、そんな事を考えてしまっている。
「食べ残したやつをお持ち帰り出来るパックもあるから、食べきれなかったらそれで持って帰って」
「えっ? 本当ですか? それは、凄く助かります」
宮田ちゃんは弾む声で、返事をした。
宮田ちゃんも、機嫌が良くなってくれていると、そう思った。
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